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和洋の響Ⅳ 能舞とオーケストラ(2024年2月12日)

2024年2月12日(月祝)14:00~石川県立音楽堂 コンサートホール

1) 山本菜摘/「加賀・金沢〜記憶の彼方へ」箏とオーケストラのための(新曲初演,2023年度和洋の響作品募集優秀作品)
2) シューベルト/劇付随音楽「ロザムンデ」op.26, D 797
●演奏等
垣内悠希指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)
鵜澤久,鵜澤光(能舞*1),藤間寿(踊り*1),日原暢子(箏*1),谷本健吾,安藤貴康(地謡*1),江野泉(笛*1),村上湛(能舞監修*1)
前澤歌穂(メゾソプラノ*2),OEK合唱団*2
池辺晋一郎(公演監修、案内役)

2月中旬恒例の「和洋の響Ⅳ」公演を石川県立音楽堂で聞いてきました。このシリーズは、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の伝統の一つである,和洋が共演する演奏会で今回で4回目。毎回公募で選ばれた「能舞とオーケストラ」のための作品が演奏されることになっています。

今回は、観世流能楽師の鵜澤久さんの能舞,藤間寿さんの日本舞踊,日原暢子さんの箏と垣内悠希さん指揮OEKとの共演で、前半まず山本菜摘さん作曲の「加賀・金沢:記憶の彼方へ」という新作が初演されました。

前半まず,この公演の監修者でもある作曲家の池辺晋一郎と山本菜摘さんによるトークがありました。今回は伝統的な能舞の間に山本さんの新曲が挟まる構成になっていたのですが,山本さん自身,どんな能がくっつくのか知らずに曲を作ったとのことです。能楽部分の監修は村上湛さんで,天照大神が登場する「岩戸隠れ」の物語を描いた能「絵馬」の一部が舞われたのですが,能とオーケストラの対比が明暗の対比にもなっており,見事にマッチしていました。

舞台全体が真っ暗な状態から明転すると,舞台真ん中には岩戸をイメージするような作り物(簡単なセット)がありました。染み渡るような鵜澤久さんの深い声に続き,この「岩戸」の中に入ります。その後,鈴の音や笛が入ってきたので,荘重な神事のような感じになりました。その後,江野泉さんの笛,藤間寿さんが天鈿女命(あめのうずめのみこと)に扮して踊る…という感じだったと思います。

この部分が序奏のような感じになり,山本さんの音楽が始まりました。上述のようにこの推移の部分がとてもスムーズで,暗いところに光が差してくるような開放感を感じました。山本さんの曲では,日野暢子さんの箏も活躍するのですが,非常に華麗で艶やか。荘重な能の気分を受けるのにもぴったりでした。OEKの演奏では,加納さんが演奏するイングリッシュホルンが印象的でした。渡辺俊幸さん作曲の大河ドラマ「利家とまつ」の音楽に通じるような優美な気分がありました。

山本さんの曲はプレトークやプログラムノートによると初めて金沢を訪れた時の印象を表現したとのこと。和風のメロディが出てきたり,ちょっと華やかなお祭り的な気分になったり,生き生きと音楽が進んでいきました。

中間部はゆったり静かな雰囲気になり,日野さんの箏がエキゾティックな気分を醸し出します。そうこうしているうちに,パイプオルガンのステージに藤間寿さんが登場。これまで舞台前方だけを使っていたのが一気にホール全体に広がりました。布のようなものを振っていたので「天女」といった感じでした。箏によるカデンツァ風の部分のしっとり,くっきりした感じも良いなぁt思いました。最後の方では,舞台上方での動きのある日本舞踊と舞台前方での静かな能舞。この対比も面白く,曲の盛り上がりと連動して舞台全体の雰囲気もスケールアップしていきました。

ここで拍手…と思ったのですが,その後,能のパートが戻ってきました。そして鵜澤久さん,鵜澤光さん,藤間寿さんの3人による舞があって締められました。ここで拍手…と思ったのですが,能が終わった後に拍手を入れるタイミングがよく分からずしばらく様子見。しかも鵜澤さんは非常にゆっくりとした動作で退場したので,どういう感じで拍手をしていいのか難しいなと思いました。今回の和洋共演は見事なコラボレーションだったのですが,実は拍手の入れ方がいちばん難しいかもと思いました。最後皆さんが引っ込んだ後,盛大な拍手となり,皆さん呼び戻されていました。

今回は,観世流の鵜澤久さんの能舞,藤間寿さんの日本舞踊,日野暢子さんの箏,そして,このまま大河ドラマの音楽に使えそうな山本菜摘さんの音楽が非常にうまくマッチしており,「意図せずに別々に作られた」とは思えない充実感を感じました。能の間に和洋コラボの曲を入れるという構成はとても面白いと思いました。また機会があれば,この構成によるパフォーマンスを見てみたいと思いました。

後半はこんな感じのレイアウト

後半はシューベルトの劇付随音楽「ロザムンデ」の全曲が演奏されました。間奏曲第3番は「OEK十八番の一つ」といっても良いアンコール曲の定番ですが,全曲が演奏される機会は全国的に見てもかなり珍しいと思います。劇の台本が稚拙だったため初演は不評(2日で打ち切り)だったと言われていますが,シューベルトの音楽自体についての評価は高く,今回は指揮者の垣内さんの判断で原曲とは曲順を変えて演奏されました。

序曲は間奏曲第3番に次いでよく聞かれている曲ですね。序奏部から交響曲第8番「ザ・グレート」を思わせるようなビシッと引き締まった充実の響き。すぐに出てくるオーボエの橋爪さんの演奏するメロディにはロマンティックな気分が溢れ,アビゲイル・ヤングさんのリードするヴァイオリンには透明で繊細な美しさ。ニュアンスの変化をじっくりと味わわせてくれた後,気合い十分の強奏で主部に入っていきました。

その後は軽く,しなやかに流れる音楽。シューベルトならではの弾むリズムも心地よかったですね。曲の最後の部分も「ザ・グレート」を思わせるところがありますが,垣内さん指揮OEKの響きはとてもバランスがよく,強奏部分での音量が音楽堂にぴったりマッチしていると思いました。

その後は,実演で初めて聞く付随音楽が続きます。第1曲は間奏曲第1番。いきなり間奏曲というのは,曲名的にも変ですが,重く充実感のある音楽。ヴァイオリンの訴えかけてくるようなメロディも印象的でしたが,これをしっかりと支えるトロンボーンも充実していました。ちなみにこの曲ですが,全曲を通じてトロンボーンが活躍。シューベルトはこの楽器が好きなのだなと思いました(「未完成」でも「ザ・グレート」でも結構印象的に登場しますね)。

その後は曲順が代わり,第4曲亡霊の合唱「深みの中に光が」。ここで,久し振りに登場したOEK合唱団の男声が活躍。不気味さよりはしみじみとした味わいがあるなと思いました。いかにもドイツの合唱曲といった感じでした。

そして第2曲バレエ音楽第1番。第1曲の冒頭と同じメロディで始まり,「少々しつこいかな」と思ったのですが,それを緩和するために,曲順を変更したのかもしれないですね。ドイツ音楽の伝統を感じさせるような気分の後,後半はとても美しい歌に溢れた感じに。クラリネットやオーボエの音を聞いてほっとしました。

第6曲羊飼いのメロディ,第7曲羊飼いの合唱「この草原で」はセットのような感じ。第6曲では遠藤さんのクラリネットがホルンなどの伴奏に乗ってのどかな味わいを聞かせてくれました。第7曲の合唱曲は「どこかで聞いたことがある」という音楽。こちらもクラリネットによる軽くリズミカルな主題で開始。心地よいボリューム感のある愛唱歌風の音楽でした。素朴な味わいが良いなぁと思って聞いていました。

そして第5曲はおなじみの間奏曲第3番。アンコールで演奏する時は繰り返しをカットすることもよくありますが,今回はじっくりと落ち着いたテンポで,しっかり繰り返しも行っていました。シューベルト自身,このメロディが大好きだったようで,別の曲でも色々使っていますが,その息の長~い歌わせ方が素晴らしいと思いました。中間部はクラリネット,オーボエなどの木管楽器の見せ場。さりげなくしっとりと聞かせてくれました。最後の方でぐっとテンポを落とす辺りにも名残惜しい味わいが溢れており,大変充実感のある音楽になっていました。

そして…ここまで待っているのが大変だったと思いますが,前澤歌穂さんのメゾソプラノを加えての第3曲bロマンス「満月は輝き」。前澤さんの瑞々しい声は少年のよう。前澤さんは,水を思わせるような青いドレスを着ていましたが,そのイメージどおりのすっきりと染み込んでくるような歌を聴かせてくれました(出番がこの1曲だけというのはもったいない感じ)。

第3曲aは狩人の合唱「緑の明るい野山に」。狩人の合唱といえば有名なウェーバーの曲でもホルンが活躍しますが,この曲でもホルン4本で開始。そのいかにもドイツ音楽という気分の中,軽快で生き生きとした歌を聴かせてくれました。

全曲の最後は第9曲バレエ音楽第2番。一般的にはそれほど聞かれていないのかもしれませんが,実は個人的にこの曲が大好きで,いつか実演で聞きたいと思っていた音楽でした。低弦はしっかり効いているのに,重苦しくはならず,絶妙の重量感で音楽が快適に進んでいきました。音楽自体は,最初の部分のメロディもリズムも楽興の時第3番とよく似ているのですが,その後,色々なメロディが沸いて出てくるのが非常に魅力的です。中間部での輝くような明るさ,表情の豊かさ…いつまでも聞いていたい音楽でした。

ただし…軽快なバレエ音楽ということでかなりそっけなく終わります。演奏会全体を締める点では少々物足りなさがあり,拍手も入れにくかったのですが,何と言っても滅多に聞けない全曲を楽しめたのは良かったなと思いました。垣内悠希さん指揮OEK+OEK合唱団は,この曲の持つガッチリした重厚さとシューベルトならではの親しみやすい歌をしっかり表現していたと思いました。

この「和洋の響」シリーズも4回目ということで定着してきました。今回のように,滅多に聞けない劇音楽と組み合わせるというアイデアにはまた期待したいと思います。

この日も「がんばろうNOTO」のボードが出ていました。


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