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オーケストラ・アンサンブル金沢第472回定期公演フィルハーモニー・シリーズ(2023年9月21日)

2023年9月21日(木)19:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール
1) ベートーヴェン/ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調, 作品56
2) (アンコール)ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲, op.1-2~第4楽章
3) ビゼー(シチェドリン編)/カルメン組曲
4) ウィリアム・J・シンスタイン/Rock Trap
5) ビゼー(シチェドリン編)/カルメン組曲~闘牛士
●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1,3-5
葵トリオ(小川響子(ヴァイオリン),秋元孝介(ピアノ),伊藤裕(チェロ))*1-2

木曜日の夜,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニーシリーズを石川県立音楽堂で聞いてきました。

指揮はマイスター・シリーズに続いて、アーティスティック・リーダー(AL)の広上淳一さん指揮で、メインプログラムとして「岩城&OEKの十八番」だった,シチェドリン版カルメン組曲が演奏されました。広上さんは、AL就任時に「岩城さんが夢枕に立った」ということを何度も語られていますが、この曲はまさに広上さんの岩城さんへの敬意を感じさせる選曲と言えます。この曲を実演で聴くのは,結構久しぶりですが(井上道義さん指揮で聴いて以来),OEKのリーダー就任のための試金石のような曲といえるのかもしれません。

プログラム前半では、葵トリオが登場し、ベートーヴェンの三重協奏曲を演奏しました。これが見事な演奏でした。協奏曲といえば,独奏者との共演が当たり前なので,団体との共演というのはかなり珍しいことです(といいつ...先月8月31日、OEKは(定期公演ではありませんが)栗コーダーカルテットと共演をしていましたが…)。葵トリオは,第67回ミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で優勝(日本人団体初)した,今最も注目されているピアノ三重奏団の一つです。メンバーは,秋元孝介(ピアノ),小川響子(ヴァイオリン),伊藤裕(チェロ)の3名。このAOIのネーミングは「あきもと」「おがわ」「いとう」の頭文字を組み合わせたもの。母音が並んでいるので発音しやすいですね。

ピアノ三重奏団とオーケストラの共演といえば,ほぼベートーヴェンの三重協奏曲に限られてしまうのですが、個人的にはこれまで実演で聞いたこの曲の演奏の中で最高だったと思いました。常設トリオとの共演は格別でした。

第1楽章は,OEKの充実した深い響きで開始。広上さん指揮OEKのサウンドには,このところますます巨匠的な風格のようなものが出てきていると感じます。その一方,悠然とした構えの中で,広上さんがビシッと指揮棒を振ると,音もビシッと決まる反応の良さも魅力です。

その後,ピアノ三重奏による提示部になります。葵トリオの男性メンバーは揃いのベスト,小川さんは黒のドレスで演奏。この曲はチェロの見せ場が特に多いのですが,伊藤さんの美しい音から始まった後,小川さんのヴァイオリンに受け継ぎ,ハモり,秋元さんのピアノが加わってさらに充実…といった一連の流れに密度の高さが合って素晴らしいと思いました。この曲は大物奏者たち(カラヤン指揮,オイストラフ+ロストロポーヴィチ+リヒテルの演奏が有名ですが)による大柄な演奏も良いのですが,この日の演奏は3つの楽器が緻密に対話をしながら,しなやかに音楽が流れていくような演奏で,3人の合奏による迫力が存分に味わえる,聴き応え十分の演奏でした。

その一方,各奏者のソリスティックな聴かせ方に華やかさもありました。楽章の後半,3人が順番に上向するフレーズを演奏する部分がありますが,その颯爽とした雰囲気の応酬が良いなぁと思いました。こういった部分を聴いていると,「結構,ピアノ協奏曲第5番「皇帝」と似た気分があるかも」と思いました。楽章の最後は,広上さんの作るどっしりとした音楽と堂々と渡り合うように力強く締めてくれました。まだ若い皆さんですが,非常に頼もしいなぁと思いました。

第2楽章は静かで平和な音楽。その点でも「皇帝」と構成的に似ているかもしれません。ここでも伊藤さんのチェロの美しいメロディで開始。オーケストラとのバランスを取りながら,すっと浮き上がってくる感じが良いなと思いました。さらに,ピアノ,ヴァイオリンと絡み合いながら,静かで誠実さの溢れる世界が続いていきました。

第3楽章は,第2楽章の後,ほとんど休みなく連続的に演奏されました。ここでも美しく優雅なチェロで開始。じっくりとしたポーランド風の音楽が続きましたが,3人のソリストの演奏には切れ味の良い快活さと精妙さとのメリハリの効いた音楽になっており全く退屈しませんでした。楽章の最後の部分でテンポが「倍速モード」みたくなりますが,この部分でのキビキビとしたワクワク感も良かったですね。3人の気力にOEKの迫力も加わっての充実感溢れるフィナーレとなっていました。

盛大な拍手に応え,ピアノ三重奏のアンコールが演奏されました。ベートーヴェンの初期のピアノ三重奏曲の第4楽章でしたが,こちらはより技巧的でスピード感のある作品。緻密かつ軽やかに音が動き回る,上機嫌なユーモアを持った音楽を楽しませてくれました。こういう演奏を聴くと,ピアノ三重奏団としての葵トリオの演奏会も聴いてみたいなと思いました。それにしても...「葵」といえば,どうしても徳川家の紋を連想してしまいます。対抗して,金沢発の「梅鉢トリオ」とか期待してしまいますが...これは聞き流しておいてください。

後半は上述のとおり,「OEK十八番の一つ」である,シチェドリン編曲による「カルメン」組曲が演奏されました。冒頭静かに鐘の音が鳴り,コントラバスの深い音が始まると,岩城さん時代のOEKを回顧したくなりました。次々登場する打楽器の活躍を聴きながら「やっぱり面白い曲だ」と思いました。広上さんの指揮は岩城さんに比べると,もっと熱い演奏だったと思いました。個人的には岩城さんの剛性感のあるクールな演奏に馴染んでいたので,ちょっと雄弁過ぎるかなとも思いましたが,楽しさが炸裂していましたね。

後ろ半分は全部打楽器といったステージでした。

それにしても打楽器は大活躍。マラカスとかギロとかラテン系の楽器が出てきて,オッと思わせたり,小太鼓が切れよくロールを聞かせたり,木魚の音が突然出てきて「お呼びでない?」というユーモラスな雰囲気になったり,ムチの音がバチッと飛び込んできて鮮烈な印象を残したり…本当に面白い作品です。楽しさもあるけれども,実はかなりブラックな雰囲気もあるあたり,同時代のショスタコーヴィチの音楽に通じる音楽だと思いました。

その一方OEKメンバーの個人技も素晴らしく,まるで人の声のようなグリシンさんのヴィオラ,それを引き継ぐ植木さんのチェロのしなやかさ…弦楽合奏には陶酔的な美しさを持つ部分もありました。曲の後半,「花の歌」のメロディが出てくる部分では,マリンバやヴィブラフォン(多分)も加わり,しっかりとした歌を楽しませてくれました。

最後の方で,有名な前奏曲の「闘牛士」のメロディをマリンバ連弾(?)で演奏する部分が出てきますが,渡邉昭夫さんと加藤恭子さんが演奏している姿を見て,「岩城さん時代と変わらない。懐かしい」と思いました。この部分,素朴な楽しさがあって,昔から好きな部分です。曲の最後は冒頭に戻るような感じで鐘の音が響いて終了。

久しぶりにこの曲を聴いて,超満員の金沢市観光会館でこの曲が演奏された伝説の(?)定期公演を思い出しました。超満員だったのは,諏訪内晶子さんがソリストと登場したからで,想定外の大入りだったのですが(座席指定でなかった時代ですね),その熱気を思い出しました。

アンコールを演奏するなら,この時と同じ「アレ」かな…と予想していたら,やはり「アレ」が演奏されました。そのとき同様,5人の打楽器奏者がステージ前方に出てきて,何となく手拍子を開始。一緒に手拍子をしたそうな人もいましたが,それを制して,手拍子+ボディパーカッションだけで演奏される「あの曲」が演奏されました。オーケストラの洗練された響きはもちろん素晴らしいのですが,楽器なしでのパフォーマンスは音楽の原点ともいえますね。一度聴けば忘れられない楽しいパフォーマンス。今回も存分に楽しませてくれました。

その後,「カルメン」組曲の中の闘牛士がもう1曲アンコールで演奏されてお開きとなりました。

終演後は,葵トリオ+広上さん+OEKの打楽器奏者のお2人という,豪華メンバーによるサイン会が行われました。

サイン会に備えて,懐かしの岩城さん指揮のCDを持参
岩城さん,ダウスさん,ボガチュさんのサインが既に入っていましたが…
今回さらに打楽器の渡邉さんが追加されました
望月さんにはプログラムにサインをいただきましたが…
うっかり9月24日のページにもらってしまいました。
葵トリオの3人にはマルティヌーとドヴォルザークのピアノ三重奏曲のCDにいただきました。
広上さんには,持参した伊福部昭作品集(日本フィル)のCD
(何故か所蔵しているのがよく覚えていないのですが)にいただきました

9月末にかけて,OEKは名古屋,大阪でも同様の公演を行いましたが,大阪公演では,プロ野球セ・リーグで阪神が優勝したことにちなみ,これもまたOEK名物の「アレ」が演奏されたようです。9月は毎年「岩城メモリアル公演」で始まりますが,今でも岩城さんらしさをちりばめての活動が定着しているのが,昔からのOEKファンにとっては嬉しいですね。

PS.もう一つ情報ですが,本日の公演は,北陸朝日放送(石川県のみ)で10月9日に放送されるようです。


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