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ステージアートの世界 Vol.1 身体表現の可能性 Ballet with 金子三勇士(2024年8月14日)

2024年8月14日(水)15:00~ 石川県立音楽堂交流ホール
1) 薔薇の精(ウェーバー/舞踏への勧誘 によるバレエ)
2) シューマン(リスト編曲)/献呈, S.566, R.253
3) シューマン/子供の情景, op.15~トロイメライ
4) ドビュッシー/ベルがマスク組曲~月の光
5) ショパン/バラード第1番ト短調, op.23
6) ポッパー/ハンガリー狂詩曲, op.68
7)シューマン/詩人の恋, op.48(新作バレエ)
8) 瀕死の白鳥(サン=サーンス/組曲「動物の謝肉祭」~白鳥によるバレエ)
●出演
金子三勇士(ピアノ,司会)
本島美和*1,8, 中島瑞生*1, 奥村康祐*7(バレエ)
城宏慶(テノール*7),植木昭雄(チェロ*6,8)

お盆休み期間中の8月14日の午後,石川県立音楽交流ホールで「ステージアートの世界」と題して,金子三勇士さんのピアノとバレエダンサーたち,テノールが共演する初めての試みとなる公演に参加してきました。

登場したダンサーは奥浦康祐さん,中島瑞生さんに加え,本島美和さん。本島さんは元新国立劇場バレエ団のプリンシパルで,音楽堂には,数年前にコンサートホールで行われた「和洋の響」公演以来の登場です。奥村さんのお名前を聞くのは,初めてだったのですが,2016年から新国立劇場バレエ団のプリンシパル。若手の中島さんも新国立劇場で活躍されている方ということで,日本トップクラスのバレエを至近距離で楽しむことができました。

よく見えませんが下手側にピアノがありました。

前半は,まずバレエ「薔薇の精」で始まりました。この演目は,ウェーバーの「舞踏への勧誘」に振りを付けたもので,調べてみると,初演はディアギレフ主宰のロシア・バレエ団によるもので,振付はミハイル・フォーキンとのことでした。今回の振付も恐らく同様だったのではと思います。

まず少女役の本島さんが登場。その後,椅子に座ってまどろんでいると,中島さん演じる薔薇の精が登場し,一緒に踊るという展開です。この薔薇の精なのですが,男性なのか女性なのかはっきりせず(妖精には性別はないのかも),夢の中のシーンといった雰囲気になりました。中島さんのダンスはしなやか。美しかったですね。交流ホールぐらいの広さだとダンサーたちの表情もよく分かり,夢の世界に引き込まれるようでした。最後はウェーバーのオリジナルの曲の構成に合わせたように,「夢から覚めて終わり」という形になっていました。名残惜しいという雰囲気が曲のイメージにもぴったりで,公演の「序曲」的な演目にぴったりの作品でした。

その後はピアノのステージになりました。今回のホスト役の金子三勇士さんによる説明があった後,バレエの演目に合わせた詩的なイメージの溢れる音楽が続きました。まず,後半の「詩人の恋」に合せて,シューマン歌曲「献呈」リストがピアノ独奏用に編曲したものが演奏されました(この曲は近年大人気で,アンコールで聞く機会が非常に多いですね)。そして,おなじみ「トロイメライ」ドビュッシーの「月の光」が演奏されました。金子さんからは「ピアニストが立ち上がったら拍手を入れて下さい」という説明があったのですが,この両曲の間では立ち上がらなかったので,この2曲は続けて演奏されました。照明が落とされた状態で演奏されたので,静かで落ち着いた気分がずっと継続しているようなステージでした。

続いてショパンのバラード第1番が演奏されました。この曲もバレエ音楽((バレエ版の「椿姫」)として使われているとのことでした。堂々とした自信と力感に溢れた演奏で,軽快に進んだ後,最後は大きく見得を切るように締められました。

前半最後は,オーケストラ・アンサンブル金沢の首席チェロ奏者,植木昭雄さんとの共演のステージでした。金子さんは,プログラム中にご自身のルーツの一つであるハンガリー関連の音楽を入れることが多いのですが,今回演奏された曲は,ポッパーハンガリー狂詩曲でした。ハンガリー音楽の特徴である緩急の変化に飛んだ生き生きとした演奏で,水を得た魚といった楽しさがありました。植木さんの緻密なチェロと金子さんのピアノの力強いタッチとか絡まり,最後はスリリングに盛り上がって行きました。

その後休憩になりました。舞台設定の関連もあるのか休憩時間は25分とやや長目でしたが,この日はホール内の入口付近で飲み物販売もしており,いつもよりもゆったりとした雰囲気で過ごすことができました。お客さんの層もバレエ関係者が多かったようで,いつもよりも華やいだ感じ。夏休み中の昼公演ということでコンサートホールでのクラシック音楽の公演とは違った空気感があるのが面白いと思いました。

さて,後半はこの日のハイライトと言って良い,シューマンの歌曲集「詩人の恋」のバレエ版が上演されました。私自身,この曲を実演で聞くのは実は初めてのことで,その意味でも大変楽しみな公演でした。

プログラムによると,このバレエの振付は奥村康介さん自身で「新作」とのことでした。曲が始まると,奥村さんがスッと入って来て,詩のイメージを表現するようなダンスが始まりました。ダンスは全16曲の全てに出てくるわけではなく,1~2曲おきぐらいに登場している感じでした(約30分の曲なので,出ずっぱりというわけにはいかないですね)

今回の公演でもう一つ特徴的だったのが,テノールによる歌唱だった点です。この曲についてはバリトンが歌う印象を持っていたので,少し意外だったのですが,城宏憲さんの歌には軽やかで叙情的な気分が漂い,奥村さんの若々しいバレエと合せて,瑞々しくも切ない「恋の歌」の世界が描かれていました。ハイネの詩の世界のイメージがさらに広がっていた感じでした。

曲の前半は「恋愛が上手くいっている」時期。躍動感のあるダンスだけではく,心の動きまで伝わってくるようでした。テノールで聞くとどこかシューベルトの歌曲集「美しい水車屋の娘」に通じるようなナイーブな雰囲気も出てくるなぁと思いました。

6~7曲目辺りからは,恋愛の状況が変わって来て,突き刺さるような声で苦悩を歌い上げるような部分も出てきます。照明の方も変化しており,音・言葉・ダンス・照明による総合芸術になっていました。この歌曲集はピアノも大活躍し,途中,同じシューマンの「パピヨン」のような流れるような感じになったり,次々と音楽が湧き出てくる感じでした。

終盤の13曲「僕は夢の中で泣いた」辺りになると,完全に失恋モードになり,シューベルトの「冬の旅」と共通するような思い詰めたムードになります。それを振り切るようなダンスが出てきたり,音とダンスのコラボレーションの面白さがありました。

最後の第16曲は金子さんの力強いピアノで開始。奥村さんの気迫溢れるダンスと一緒に最後に大きく盛り上げた後,最後はピアノ独奏による優しく美しい音楽に。金子さんはトークの中で「ピアノはダンスや歌のような具体的な表現ができない」といった事を語っていましたが,こういった部分を聞くと,音楽にも歌やダンスにはない雄弁さがあるなと思いました。

というわけで,シューマンの歌曲をバレエ化する試みはとても面白いと思いました。思いつきですが「女の愛と生涯」のバレエ版もどうでしょうか。期待しています。

公演の締めに演じられたのが,本島さんのバレエ,植木さんのチェロ,金子さんのピアノによる「瀕死の白鳥」でした。サン=サーンスの「白鳥」をバレエ化したもので,こちらもフォーキン振付で初演後,アンナ・パブロワやマイヤ・プリセツカヤなど多くのバレリーナが踊ってきた作品です。

私自身,映像では観たことがあったのですが,実演で観るのは今回が初めてでした。まず白鳥の動作で下手側からスーッと入ってくる本島さんの後ろ姿を観ただけで,空気感が変わったのに感服しました。美しいだけでなく,リアリティがあり見ていて「鳥肌(言葉のアヤではなく)」が立ちそうでした。「瀕死の...」ということで最後は前屈みに伏せって終わるのですが,その描写が素晴らしく,泣けてきそうでした。終演後は良いものを観たなぁという満足感が広がりました。

会場のお客さんも大いに盛り上がっていました。この臨場感たっぷりの室内バレエ企画,是非恒例化欲しいと思いました。

PS. カーテンコールの時の本島さんの出入りの動作も素晴らしかったですね。軽く,風がスッと吹き抜けるような優雅な動作で,「おーっ,これがバレエか」という動きでした。その後,金子さんと城さんが袖に引っ込みましたが…少々歩きづらかったかもしれないですね。


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