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牛田智大ピアノ・リサイタル2024金沢公演(2024年3月10日)

2024年3月10日(日)14:00~北國新聞赤羽ホール
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第4番変ホ長調, K.282
シューマン/クライスレリアーナ, op.16
ショパン/即興曲第1番変イ長調, op.29
ショパン/即興曲第2番嬰ヘ長調, op.36
ショパン/即興曲第3番変ト長調, op.51
ショパン/ピアノ・ソナタ第3番ロ短調, op.58
(アンコール)ショパン/前奏曲第4番 
(アンコール)ショパン/前奏曲第7番 
(アンコール)シューマン/トロイメライ 
●演奏
牛田智大(ピアノ)

北國新聞赤羽ホールで行われた牛田智大ピアノリサイタル2024を聴いてきました。

金沢では毎年この時期に牛田さんのリサイタルが行われるのが恒例になってきています。毎回聞き応えがある曲が並んでいますので,私も行くのが楽しみになってきて,2020年,2023年に続き,3回目です。今年はシューマンのクライスレリアーナとショパンのピアノ・ソナタ第3番という2つの大曲を中心とした堂々たるプログラム。じっくり練られた表現を堪能してきました。

プログラムはモーツァルトピアノ・ソナタ第4番で始まりました。赤羽ホールでのモーツァルトといえば,藤田真央さんによる全曲演奏会シリーズを思い出します。その自然体の演奏の残像が何となく残っていたので,今回もプログラム全体の「前菜」のように軽やかな演奏かなと予想していたのですが…じっくりとしたテンポによる磨かれた演奏。凄いと思いました。

まず最初の一音を出すまでの集中力が素晴らしかったですね。いつも「スッと」といつの間にか弾き始めていた藤田さんとは対照的に,じっくりと間を取った後,くっきりとした音で一音一音磨かれたタッチで演奏が始まりました。モーツァルトの初期の作品なので軽く聞き流す感じかなと想っていたのですが,牛田さんのピアノの音自体にはまろやかなボリューム感があり,きっちり楷書で書かれた古典的なソナタといった感じで演奏されていました。

ただしこの曲の構成は変則的で,第1楽章はゆっくりとした楽章,第2楽章がメヌエットでした。メヌエットの方もじっくりとしたテンポで慈しむような味わいがありました。トリオの部分で少し遠くから聞こえてくるような遠近感も良いなと想いました。第3楽章アレグロは,歯切れの良い演奏。こちらも慌てずくっきりと聞かせてくれました。全曲を通じて,乱れるところが全くない,とても形の良い演奏だなと想いました。

続いて,シューマンクライスレリアーナが演奏されました。激しく揺れ動くような曲と静かに沈むような曲が交互に来る構成ですが,その各曲の中にも色々な要素が入っているので,一筋縄にはいかないような作品です。第1曲はいかにもシューマンらしく「ちょっと引っかるな」といった感じで,やや不自然に音がうねるような感じで開始。牛田さんはこのもがき苦しむような曲想をクリアに表現していました。同じフレーズが再現して出てくる時,最初とは違って声部がぐっと浮き上がって聞こえてきたり,細部まで考えられた演奏だと思いました。

第2曲は全曲中最も長い部分で,静かで瞑想的な部分と動きのある部分とが交互に出てきました。牛田さんは,芯はあるけれどもたっぷりとした響きで静かな部分を演奏する一方,動きのある部分では良く鳴る深い音を聞かせてくれ,起伏のある曲想を多彩な音で楽しませてくれました。

第3曲には,ゴツゴツとした動きの中に少し狂気が混ざったような独特のムードがありました。中間部では反対にロマンティックな気分が静かに広がっていくようなしっとりとした味わいがありました。その対比が鮮やかに感じられました。第4曲は,音楽が内向していく優しさを持った歌曲のような雰囲気。低音でつぶやくような部分の深さも印象的でした。第5曲でも動静のコントラストが鮮やかに描き分けられていました。第6曲も第4曲同様,優しい歌がしみじみと広がるような音楽でした。第7曲は勢いのある音楽で開始。力強いアクセントがびしっと決まるシリアスな部分の後,静かな祈りのような音楽で閉じられました。

最後の第8曲は全曲中特に不思議な雰囲気の音楽です。ゆったりとしたテンポでトボトボと歩いて行くような部分で始まった後,色々な曲想が交錯していきます。牛田さんは,色々な音を強調したり,対旋律を浮き上がらせたり,ダイナミックに力強い音を響かせたり,捉えどころのないような部分のある音楽を大胆かつドラマティックに聴かせてくれました。曲の最後は少しずつフェイドアウトしていき,最後それがパタッと止まって終了。時が止まったような不気味さが印象的でした。

後半はショパン即興曲3曲で開まりました。即興曲は4曲あるのですが,超名曲の幻想即興曲(第4番)だけ入れないあたりに牛田さんの「こだわり」を感じました。この曲は,有名過ぎることもあり,お客さんが聞いた瞬間,どうしても「あっこの曲か」と緊張感が緩む可能性がありますね。その辺を避けたいという意図があったのかもしれません。今回の演奏は,即興というよりは,じっくりと考えられた演奏で,味わい深さを感じさせる音楽の連続でした。

第1番は私のイメージでは「子犬のワルツ」のような軽く流れる曲…という感じだったのですが,牛田さんの演奏は,あまり走らず音のニュアンスの変化を味わい深く聞かせるような演奏。結構こってりとした感じの演奏で,聞き流せない感じの演奏でした。

第2番もまたじっくりとした深さを感じさせる演奏で,どこかまどろむような気分。「昼のノクターン」(?)といった感じがありました。中間部は逆に力強い音楽さのある,スケールの大きな表現を聞かせてくれました。

第3番は抑制された内向的な歌でした。さりげなく,かつしっかりとした歌は人間の声のようでした。最後,大きめの間を取って,ハッとさせた後,堂々と音楽を締めてくれました。

最後のショパンピアノ・ソナタ第3番はシューマン以上にこなれた演奏だったと思いました。第1楽章は大げさになり過ぎず,比較的ストレートにスッと始まった後,曲が進むにつれて音楽の濃密さが増していくような設計がされている感じでした。その一方,第2主題での少し甘みが加わったような歌わせ方が素晴らしく,若々しさを感じました。

展開部以降は音楽の複雑さが増し,聞き応えもさらに増してきます。再現部は,ソナタ形式のセオリーとは違い,第2主題がまず出てくるのですが,その自然で伸びやかな歌が素晴らしいと想いました。それでも楽章全体を通じてみると,しっかり抑制されており,大げさ過ぎない端正な曲作りになっていると想いました。第2楽章スケルツォも走りすぎることなく,音楽がクリアに聞こえました。中間部もしっかりと歌われていました。

今回の演奏では,第3楽章ラルゴ以降に曲全体のクライマックスがあったと思いました。しっかりコントロールされた強打で始まった後,「待ってました」という感じで,息の長い歌がゆったりと開始。音楽の盛り上げ方も堂々としており,だんだんと異次元の世界に入っていく,豊かでデリケートな時間に浸り,「いつまでも続いて欲しいな」と思いつつ聞いていました。

第4楽章は,華麗かつじっくりとした序奏で開始。第1主題は抑え気味に始まった後,どんどん音の輝きが増していきました。キラキラした音の連なりが,ニュアンスの変化を交えて,どんどんスケールアップしていくワクワク感がありました。楽章の最後の方は,渾身の強奏という感じで,演奏会全体のクライマックスになっていました。しっかりと構成された中から熱さが吹き出てくるような素晴らしい演奏でした。

アンコールはショパンの前奏曲集から2曲とシューマンのトロイメライということで,両作曲家に敬意を表していました。

前奏曲第4番は淡い哀しみと深い余韻が漂う演奏。第7番は太田胃散のCMで使われている曲(今も?)として有名ですね。静かにクールダウンするような演奏。非常に短い曲なので,その点でも演奏後,会場からはフッと笑いが起きていました。最後,しっかりと歌い込まれたトロイメライで充実した演奏会全体を締めてくれました。

全曲を通じて,牛田さんは年々スケールの大きなピアニストに成長してきているなと実感しました。どの曲にも強い表現意欲とシリアスな迫力が溢れる一方,どのコーナーについても念入りの構成感があり,集中して音楽に浸ることができました。この公演,来年以降,どういった曲を取り上げていくのか,また楽しみになりました。

赤羽ホールの隣の北國新聞社ビル。青空が時々見える天候でした。

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