田島睦子ピアノ・リサイタル: 変装曲(2024年3月4日)
金沢出身の田島睦子さんのピアノリサイタルを聴いてきました。この公演は当初,金沢市アートホールで行われるはずでしたが,能登半島地震の影響で当面使えなくなってしまったため,会場は石川県立音楽堂交流ホールに変更になりました。開催日も3月2日(土)からの変更ということで,困難を乗り越えての開催となりました。
田島さんのリサイタルでは、毎回サブタイトルのような感じで「テーマ」が付けられていますが、今回のテーマは「変装曲」でした。この「造語」は田島さんの発想だと思います。変奏曲的な作品がずらっと並んだ大変個性的なプログラムとなりました。前半・後半のそれぞれの核となっていたのは,ショパンの24の前奏曲の中の第7番と第20番を主題とした,モンポウとラフマニノフの変奏曲でした。この2曲を中心に、各曲のテーマが次々と違った衣装をまとって、”変装”していくような楽しさを味わえました。
田島さんのピアノには気風の良さ,思い切りの良さがあり,毎回大変気持ち良く音楽そのものを楽しむことができます。今回の演奏会でも「好きな曲、弾きたい曲だけを集めた」という自由さと充実感、そして演奏会を開ける喜びに溢れていました。
前半はフランクの前奏曲,フーガと変奏曲で始まりました。この曲は元々はオルガン曲で,そちらの版を石川県立音楽堂で聴いたことはありますが,ピアノ版で聞くのは今回が初めてでした。この曲は3つのパートからなっていましたが,実質的には「変奏曲」部分は「前奏曲」を少し変奏した再現部といった感じでしたので,ABA’の3部形式と言えると思います。
この前奏曲の部分のメランコリックなメロディが非常に美しく,平静さと暖かみのある音楽がしっかりとホールに広がっていました。ちなみにこの日は照明を暗めにし,ピアノ周辺だけがクローズアップされる形になっていました。その雰囲気にもぴったりでした。中間部では音楽が力強く立ち上がり,ドラマティックな気分が出てきます。その後の「変奏」の部分では,「前奏曲」の部分に音が少し追加されて複雑な表情になっており,田島さんの意図どおり「変装」といった感じになっていました。最後ほのかに明るくなって落ち着く感じもフランクらしいな,と思いました。
続くモンポウのショパンの主題による変奏曲は,今回初めて聴く作品でした。が,主題を聞いて「太田胃散か(イ長調なので胃腸薬という説のある曲)」とホッとした方も多かったと思います。この部分はショパンのオリジナルのままだったと思います。すっきりと胃腸の調子がよくなるような心地良さで始まった後,12の変奏が続きました。
この変奏には色々とひねりがあってとても面白かったですね。モンポウは20世紀に活躍した作曲家ということで,微妙に濁った和音になったり,リズムが崩れていったり,跳ね回ったり…正統派ショパンを色々と「いじっている」感じがありました。途中,幻想即興曲のようなメロディが出てきたり,印象派の音楽のような感じになったり,この変奏曲全体として「24の前奏曲」を思わせる多彩さがあると思いました。曲の最後の部分で華麗かつダイナミックに盛り上がった後,静かに終了。充実感のある演奏でした。
前半最後はカプースチンのトッカティーナと変奏曲。この作曲家の名前は,最近よく目にするのですが(辻井伸行さんがよく取り上げていますね),私自身実際に聞くのは今回が初めてでした。トッカティーナの方は,田島さんの曲目解説に書かれていたとおり,「ジャズロック」といった感じの激しさと動きのある音楽。田島さんはのびのびと演奏しており,聞いていて大変気持ちの良い演奏でした。
変奏曲の方は(実はトッカティーナとの切れ目がよく分からなかったのですが),もっと粋でスウィング感のある音楽。この主題がテンポアップし,バリバリ弾きまくるといった感じで盛り上がっていくのが爽快でした。「スウィングの女王」から「ブギの女王へ」に変装といった感じでしょうか(NHK朝ドラの見過ぎ…)。
後半はシルヴェストロフの3つのバガテルで開始。シルヴェストロフもカプースチン同様,ウクライナの作曲家。しかも2人とも1937年生まれ。カプースチンは2020年に亡くなっていますが,シルヴェストロフの方は現在も活躍中で,ロシアのウクライナ侵攻の影響で現在ベルリンに避難をしています。
数年前の楽都音楽祭にギドン・クレーメルが登場した時,このシルヴェストロフの曲を演奏したことを思い出しますが,ピアノ独奏曲を聴くのは初めてでした。田島さんによる曲目解説には,作曲家自身,この曲について「音の宝石だ」と語っていると書かれていましたが,まさにそんな感じの曲でした。3曲とも弱音中心によるとても聞きやすい曲で,一度聞いたらその感触が忘れられなくなるような世界でした。
1曲目は静かで可愛らしい曲。透明な高音が染みました。2曲目は少し暗い感じ。無言歌などを思わせる親しみやすさがありました(聞きながら,上述のクレーメルがシューベルトの「ミューズの子」をシルヴェストロフの編曲版で演奏したのを思い出しました)。3曲目は半音の美しさが特徴的でした。シンプルな美しさに溢れた作品を聞きながら,すこしでも早く,この作曲家が故郷ウクライナに戻ることのできる日が来て欲しいと思いました。
プログラムの最後では,ラフマニノフのショパンの主題による変奏曲が演奏されました。こちらは24の前奏曲の第20番ハ短調がテーマ。堂々とした重みのある和音が続く音楽で,この主題を聞くだけで充実感を感じました。モンポウ同様,テーマ自体はショパンの原曲と同じだったと思います。
その後22回も変奏されるので,演奏時間的には30分ぐらいかかっていました(多分)。変奏の方はいきなり速い音の動きで始まったので,バッハの曲のようだと思いました。力強くなったり,詩的な音の連なりが出てきたり,「ラフマニノフは実演で映えるなぁ」と改めて思いました。
田島さんの演奏は,何より力強い打鍵が素晴らしかったのですが,静かな部分での余裕のある落ち着いた表情も良いなぁと思いました。ラフマニノフの作った変奏曲といえば,「パガニーニの主題による狂詩曲(実質は変奏曲ですね)」を思い出すのですが,その中でいちばん有名な第18変奏のようなロマンティックな部分も出てきました。田島さんの演奏には,冷静さもあり,こういった多彩な音楽をバランス良く鮮やかに描き分けていたと思いました。
音楽の方は最後に向けてどんどん巨大化し,キラキラとした光が見えてくる「勝利の音楽」といった感じになるのですが,その後,現実に戻されるように峻厳な主題が回帰。それでも再度力強く立ち上がっていくような感じが感動的でした。
盛大な拍手に応え,アンコールで演奏されたのは,キース・ジャレットの小品(「いとしの…」と言っていたと思うのですが,正確な曲名を聞き損なってしまいました)。田島さんはトークの中で,変奏曲には各作曲家が病からの回復する際に書かれた曲が多いと語っていましたが,この曲もそういう作品とのこと。シルヴェストロフの曲と響き合うような素直な美しさ,単音の美しさを感じました。「病からの回復」ということで1月に起きた能登半島地震から復旧と重ね合わせて聞いてしまいました。今後は物理的な施設・設備の復旧に加え,精神面での「復旧」が大切になるのではと思います。そういう時,こういった音楽はいくらかは支えになってくれるのではと思います。
毎回毎回,田島さんはリサイタルのたびに新しいレパートリーを切り開いていっていますが,その幅広さ,多彩さには感服しています。2つの変奏曲の聞き応えも素晴らしかったのですが,その間をつなぐ,小品的な作品はどれもセンス抜群の選曲。次回はどういう切り口で聞かせてくれるのか,ますます楽しみになってきました。
PS.それにしても...今回の「変装」ポスター,こちらの遊び心も楽しいですね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?