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木米真理恵ピアノリサイタル:令和6年能登半島地震復興支援チャリティコンサート(2024年4月6日)

2024年4月6日(土)14:00~ 石川県立音楽堂邦楽ホール
1) ショパン/24の前奏曲~第1~7番、第15番「雨だれ」
2) ショパン/舟歌 嬰ヘ長調, op.60
3) メシアン/幼子イエスに注ぐ20のまなざし~第15曲「幼子イエスの口づけ」
4) ショパン/ポロネーズ変イ長調, op.53「英雄」
5) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調, op.73「皇帝」(弦楽四重奏伴奏版)
6) (アンコール)菅野よう子(編曲者不明)/花は咲く
●演奏
木米真理恵(ピアノ),竹田樹莉果,中川紗優梨(ヴァイオリン5-6),般若佳子(ヴィオラ5),大澤明(チェロ*5)

絶好の花見日和だった4月の土曜日の午後,石川県立音楽堂邦楽ホールで行われた,金沢市出身の木米真理恵さんのピアノリサイタルを聞いてきました。この公演は,元々は金沢市アートホールで行う予定だったのですが,1月の能登半島地震の影響で会場が変更となり,協賛企業や地元の政治家の支援を受け,復興支援チャリティコンサートとして行われることになったものです。この日のチケット売り上げは全額義援金として石川県を通じて被災地に送られるとのことでした。プログラムは,前半は木米さんの独奏によるショパンとメシアン,後半は弦楽四重奏との共演によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」という,とても魅力的なものでした。

コンサートホール側から入った後…
邦楽ホール方面に向かうと,自由席だったこともあり既に長蛇の列
こちらは邦楽ホール前のポスターです

最初にショパンの24の前奏曲から7番までが演奏されました。それぞれ独立した曲というよりは,一気に流れよく演奏していたので,7曲セットで演奏会全体の前奏曲といった感じになっていました。邦楽ホールで木米さんのピアノを聴くの初めて(だと思います)でしたが,充実感と透明感が両立したような響きがとても美しく,バランスの良いボリューム感と余裕を感じました。この曲集は長調と短調の曲が交互に出てくるのですが,特定の曲だけを強調するというよりは,曲に応じて,気持ちが揺れ動いていくような流動性を感じました。

その後一度拍手が入った後,いちばん有名な「雨だれ」が演奏されました。こちらも,大げさになり過ぎることなく,独立した1曲としてじっくりと聴かせてくれました。磨かれた音がスーッと耳に入ってくるような心地よい演奏でした。

今回の演奏会にあたってお世話になった方々を紹介するトークがあった後,ショパンの舟歌が演奏されました。こちらもバランスの良い音で,重苦しくなり過ぎることなく,船遊びを楽しませてくれるような演奏でした。最後のキラキラとした音の輝きも印象的でした。

続いてメシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」の中の第15曲「幼子イエスの口づけ」が演奏されました。個人的にこの曲集(の一部でも)を一度実演で聞いてみたいと思っていたので,特に注目していたのですが,その柔らかく,静かな世界がとても印象的でした。同じ音型が繰り返されているような感じでしたが,その中に不思議な「暖かみ」があり,いつまでもその中にたたずんでいたいという気分になりました。ただし,心地よい音ばかりでなく,時々濁ったような和音も出てくるのがメシアンらしいところでしょうか。この「苦み」も耳に残りました。この曲でも最後の方は硬質な音がキラキラと降ってくるような感じになりました。地震の被災者や復興への祈りの気持ちが伝わってくるような演奏でした。

前半最後は,おなじみショパンの「英雄ポロネーズ」でした。祈りの後,復興に向けて立ち上がるといった構成なのかなと思いました。美しく整った感じで始まった後(途中少々違和感を感じる部分があったのですが),中間部の同じ音型が繰り返されて盛り上がっていく部分などはとてもテンポが速く,率直にエネルギーが発散されていくようでした。

後半の配置。弦楽四重奏のメンバーは結構前の方で演奏していました。

後半は,お馴染みのベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」が弦楽四重奏+ピアノによる版で演奏されました。この編成で聞くのは,私自身初めてだったこともあり(誰の編曲なのか気になりました),今回はこの曲がいちばんの目当てでした。音の響きも見た目のバランスも邦楽ホールぐらいのサイズのホールにぴったりの雰囲気があり,とても楽しめました。

まず第1楽章冒頭の和音が新鮮でした。打楽器や管楽器抜きの弦楽器だけだと,何かとても荘厳で,聞き手の方も背筋がスッと伸びてしまう感じでした。全曲を通じても,オーケストラ版とかなり違った印象になっている部分があるのが面白かったですね。

木米さんのピアノもとてもクリアでした。十分な華やかさと爽やかさを持ちながら,推進力のあるピアノと弦楽四重奏とが対話をするように進んで行くのが良いなと思いました。この日の弦楽四重奏のメンバーは,「金沢での室内楽」ではお馴染みのヴィオラの般若佳子さんとチェロの大澤明さんに,竹田樹莉果さん,中川紗優梨さんという若手ヴァイオリニストが加わった編成で熟練の安心感と新鮮さとが共存したような雰囲気がありました。改めて「皇帝」をこの編成で聴くと「ピアノ抜き」の部分も結構長く,純粋な室内楽としても聞き応えがあるなと思いました。その一方,音楽が進むにつれて,木米さんのピアノは力強さを増していくように感じました。冒頭のカデンツァのメロディが戻ってくる部分などもとても華麗でした。

第2楽章は,まず最初の大澤さんのチェロのピチカートの音を聞いて,「ベートーヴェンの弦楽四重奏の世界だなぁ」と思いました。弦楽四重奏内でのハモリも美しかったし,木米さんのピアノと一体になった清らかさのあるハモリも美しいなと思いました。「くっきり」かつ「しっとり」とした絶妙の音の絡み合いが素晴らしいと思いました。竹田さんの繊細さのあるヴァイオリンが特に素晴らしいなと思いました。

第2楽章から第3楽章にかけては,オーケストラ版で聴くと,ホルンがずっと音を伸ばしているので,聴いていても何となく息苦しく感じ,ヒヤヒヤすることがあるのですが,この編成だととてもすっきりと推移。ただし,そうなるとかえって息苦しい感じも懐かしくなり,その点でいうと少々物足りない感じもありましたが(ぜいたく申してすみません),第3楽章最初の木米さんのパンチ力のピアノの音で気合いが入りました。その音に導かれた弦楽四重奏の音もエネルギッシュ。ピアノと弦楽四重奏による軽快で華麗な絡み合いが心地よく続いていきました。曲の最後のピアノの速い動きも鮮やかで,ビシッと全曲を締めてくれました。

その後,アンコールが演奏されました。演奏されたのは,弦楽重奏のメンバーの竹田樹莉果さんと中川紗優梨さんの2本のヴァイオリンとピアノによる「花は咲く」。美しいアレンジによる美しい演奏で,耳が洗われるようでした。この日の金沢は桜が満開に近づいている,まさに「花が咲く」状態。地震の被災者や復興への祈りと同時に美しい花に包まれたこの日の街中の空気にぴったりの気分に浸ることができました。

アンコールの時の編成はこんな感じ

今回は前半も後半も印象的でしたが,特に後半のような木米さんのピアノと地元アーティストとの共演による室内楽については,是非機会があればまた聴いてみたいと思いました。

PS. この日の翌日,実は「ピアノ協奏曲の午後」と題して,北陸地方の若手奏者とOEKが共演する公演が行われ,そのポスターも掲示されていました。さすがに連日の公演で,「皇帝」をはじめとした,協奏曲の大曲3つを一気に聴くのは大変そうだったので,今回はパスしました。

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