見出し画像

オーケストラ・アンサンブル金沢第479回定期公演フィルハーモニー・シリーズ(2024年3月15日)

2024年3月15日(金) 19:00~石川県立音楽堂コンサートホール
1) バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番~アリア
2) ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱付き」
●出演
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),中江早希(ソプラノ*2),中島郁子(メゾ・ソプラノ*2),小堀勇介(テノール*2),妻屋秀和(バス*2),合唱:東京混声合唱団*2

マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による,待望のベートーヴェンの第九を石川県立音楽堂で聴いてきました。ミンコフスキさんとOEKはベートーヴェン生誕250年の年だった2020年から2021年にかけ,定期公演シリーズの中でベートーヴェンの全交響曲を演奏するはずでしたが,コロナ禍による渡航制限の影響を受け,すっかり予定が狂ってしまいました。それでも4公演(8曲)は実現しており,第九だけが未演奏で残されていました。それが今回の公演でついに完結しました。それに相応しい,晴れやかな興奮に包まれた演奏会となりました。

ミンコフスキさんの新刊本とサイン会のお知らせも出ていました

第九に先だって能登半島地震の犠牲者と先日亡くなられた小澤征爾さんを追悼して(英語でスピーチをされていたので内容は完全には分からなかったのですが,マイクなしでもとてもよく通る声でした),バッハのアリアが演奏されました。どっしりとしたテンポによる誠実さあふれる演奏でした。コントラバスの低音がしっかりと効いており,飾り気なく追悼の思いが伝わってきました。曲の後半段々と音が優しくなり,静かに消えていく感じも大変美しかったですね。

曲の後拍手は入りませんでした。ミンコフスキさんは舞台袖に引っ込むことなく,そのままベートーヴェンの第九が始まりました。これには驚きましたが,その流れが非常に自然でした。後で調べてみると,アリアが二長調,第九もニ短調でしたので,自然につながって当然だったのかもしれません。

ミンコフスキさんのテンポ設定は,第1楽章からかなり速めで,全曲で1時間ぐらいしかかかっていなかった印象でした。インテンポで率直に音楽が進んで行きましたが,このシリーズの他の曲同様「おやっと」と思わせるように聞き慣れない声部がパッと浮き上がって聞こえてくるなど,スリリングな瞬間も沢山ありました。曲の冒頭部分の弦楽器の刻みなどもクリアに聞こえとても新鮮でした。ティンパニはバロックティンパニを使っていましたが,力強さと同時に,どこか暖かみがあり,オーケストラ全体にぴったり馴染んでいました。

展開部になると音楽の推進力や躍動感が高まり,木管楽器など各パートが雄弁に対話を行う感じでした。再現部では力強いティンパニの音,トランペットの鋭い音なども加わり,ビッグ・バン(?)といった感じの大爆発。色々な楽器の音が浮かびあがりながら,非常に線の太いたくましい音楽になっていました。

この日何よりも特徴的だったのがコントラバスの位置で,対向配置になっていた第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの後ろ辺りに,2つに分かれて配置していました(通常は2人なので倍の4人)。こういう配置はこれまで観たことがありませんでしたが,この威力が素晴らしかったですね。特に第1楽章最後のオスティナート部分でのじわじわ盛り上がる迫力がオーケストラの背後からぐっと盛り上がって伝わってくるようで,大変聞き応えがありました。楽章の最後は大げさになりすぎず,率直に締められていました。

第2楽章も速めのテンポで,全体に大らかさがありました。大活躍するティンパニについては,上述のとおり刺激的な感じになることなく,オーケストラとしっかり溶け合ったバランスの良い響きを聞かせてくれました。その一方,アクセントがくっきりと付けられており,乗り良く曲が進んでいきました。呈示部の繰り返しも行っており,2回目は,「ますます,ノリノリ」という感じでした。展開部以降もキビキビとした演奏。ミンコフスキさんお得意の手を大きく伸ばすような指揮の動作も随所に出てきました。

この楽章では途中,木管楽器やホルンが次々とメロディをつないでいく部分が楽しみなのですが,この部分もとても速く,滑らかな演奏。オーボエの橋爪さん,ファゴットの金田さんなどによるワクワクさせてくれるような演奏が続きました。楽章の最後の部分も印象的でした。もともとキッパリとしたいた終わり方ですが,どこかユーモラスなぐらい,ビシッと音楽が断ち切られていました。

その後のインターバルで,ミンコフスキさんは一旦袖に退場し,すぐに戻ってきました。合唱団やソリストがこの部分で入っているケースもありますが,この日は全員最初からステージに乗っていましたので,「何があったのだろう?」という感じでした。が,とてもリラックスした感じで戻ってきました。この辺の予測不能な感じもミンコフスキさんらしいところです。

第3楽章も速めのテンポで開始。最初の木管による導入部は「何か音が変?」という感じがありましたが,とても暖かなムードがありました。その後も速めのテンポだけれども,しっかりとまっすぐな歌を歌っている感じがありました。特にアビゲイル・ヤングさんを中心とした瑞々しい弦の響きを存分に楽しめました。途中,テンポが少し変わってからは,木管楽器が室内アンサンブルのように生き生きとした音楽を聴かせてくれました。そういえばミンコフスキさんはファゴット(バソン)奏者だったのだな,ということを思い出させてくれるような部分。ホルンのソロの後から楽章の最後にかけては,色々と聞き慣れない音がふっと断片的に浮かび上がってくる感じが面白いと思いました。

そしてインターバルはあまり取らずに第4楽章へ。やはりこの楽章がいちばんの聞き物でした。まず序奏部でのコントラバス+チェロによるレティタティーヴォの部分の迫力と雄弁さ!何かイライラとしたベートーヴェンの顔が浮かぶような雰囲気がありました。この部分は,最近刊行されたミンコフスキさんの自伝の中でも触れられているとおり,こだわりの部分だったようです。すこし間をおいて「歓喜の歌」のメロディが出てきますが,こちらの方も弱音から始まった語,自信と威厳のある表現に盛り上がっていきました。ミンコフスキさんの大きな指揮の動作にぴったりの第1ヴァイオリンによる率直な歌わせ方もとても印象的でした。

その後バス独唱と男声合唱の部分になります。この日の合唱は,お馴染みの東京混声合唱団(東混)。各パート10人×4=40人編成で,ステージの最後列に2列で配置していました。

バスは,日本を代表するバス歌手,妻屋秀和さんでした。妻屋さんはNHKニューイヤーオペラコンサートの「常連」で,過去OEKともオペラ公演で共演していた記憶があるので,普通の曲(?)を聴くのは新鮮な気がしました。実は,バス歌手ということでもっと暗めの声を予想していたのですが,最初の一声からとても晴れやかでよく通るのが素晴らしいと思いました。その後も前のめりに自在に歌詞を聴かせてくれるような感じがとても演劇的だなと思いました。

続いて,各ソリストも登場しますが,皆さん落ち着きと晴れやかさを兼ね備えた歌。そして,東混の皆さんの前にどんどん出てくる声の素晴らしさ。個人的に聞き所だと思っている,合唱による「vor Gott」の部分はとても長く,強く伸ばされていました。何か圧倒された感じでした。

その後の行進曲風の部分も快適なテンポ。今回も柳浦さんのコントラ・ファゴットがずしっとした響きを聞かせる上で「鳴り物チーム」が心地よく抑制された音を聞かせてくれました。
# 今年になってから,OEKの公演に限らず,コントラ・ファゴットが出てくる曲を結構よく聴いている気がします(ベートーヴェン:ミサソレムニス,エルガーの交響曲1番,ブラームスの交響曲第1番)。そのすべてに柳浦さんが登場されており,「いい仕事をされているなぁ」と密かに思っています。

そしてテノールの小堀勇介さんが登場。この部分,男声合唱も入るのですが合唱団は座ったままで,小堀さん一人だけ立ち上がって(さらに1段高い場所で歌っていたかも)歌うという演出がされていました。この小堀さんの軽やかでヒロイックな声が素晴らしく,群衆の中のヒーローといった感じが視覚的にも伝わってきました。

続いてのチェックポイントは,ホルンの音に続いて出てくる,「歓喜の合唱」。東混の皆さんは,昨年ミンコフスキさんの代役で登場した鈴木雅明さん指揮による公演でも登場されましたが,その声の輝かしさ,余裕のある響きは同様。歓喜に相応しく,美しく,強い合唱でした。人々を勇気づけるような声でした。

その後,トロンボーンとともに出てくる「Seid umschlungen, Millionen…」の部分以降から二重フーガにかけての部分も美しく壮麗な世界。この最初の「Millionen」の部分は,アマチュアの合唱団だととても苦しそうになることが多いのですが(実はこの頑張っている感も好きなのですが),東混の皆さんの声は余裕たっぷり。とても澄んだ美しい響きで,星の出ている夜空を見上げているような神秘的な気分を醸し出していました。二重フーガの部分でのくっきりとした音の絡みも雄弁で,意味は分からなくても,歌詞からメッセージが伝わってくるようでした。藤原功次郎さんをはじめとしたトロンボーン・チームも生き生きとした音で,音楽を弾ませていました。

ソプラノの中江早希さんは,当初出演予定だったユリア・マリア・ダンさんの代役で登場されたのですが(プログラムの修正は間に合っていなかったので,公演間近に決まったものだと思います),とても可憐で透き通るような声を聴かせてくれました。

メゾ・ソプラノの中島郁子さんは大きなソロはないのですが,終盤のソリスト4人の部分などではじっくりとバランス良いハモリを聴かせてくれました。

曲の最後の部分も速いテンポでしたが,熱狂的というよりは,ビートに乗って踊るような感じのある爽快感を感じました。それ以外の部分でも,前のめりにフレーズをつないでいくような感じの部分が結構あり,その何が出てくるか分からない即興性もスリリングでした。最後の部分は,スピード感を保ちつつ,タイトな感じでビシッとしてくれました。

終演後は,盛大な拍手が続きました。ミンコフスキさんは「演奏者全員でお辞儀」という流儀が好きで,今回も何回か一同礼をしていたのですが…こちらの方は音楽の時のようには揃わないのが微笑ましいなと思いながら拍手を送っていました。最後,オーケストラや合唱団が引っ込んだ後,ミンコフスキさんとソリストのみが呼び戻されていました。その中にコントラバスのダニエリス・ルビナスさんも混ざっていたのですが(コントラバスはいつも引っ込むのが遅くなるからだと思いますが),今回の場合,コントラバス大活躍でしたので,当然と思いました。

この日,会場ではミンコフスキさんの自伝の日本語版の新刊本の先行販売も行っており,終演後のサイン会では長大な列ができていました(通常より安く,しかもカードで払えたのも良かったのかも)。

この書籍のレイアウトは「プロ!」という感じですね。

久し振りにミンコフスキさんの指揮に接し,やはり必ず楽しませてくれる指揮者だなと改めて思いました。ミンコフスキさんの自伝の日本語版には,OEKに関する話題も書かれているのですが(読んでいる途中です),この本を読んでからだと,また違った形でミンコフスキさんの音楽を楽しめるのではと思っています。ミンコフスキさんとOEKの公演については,ベートーヴェン以外にも,コロナ禍の影響で実現しなかった公演があるはずなので,機会があれば是非そのリベンジ公演に期待したいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?