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オーケストラ・アンサンブル金沢定期公演フィルハーモニー・シリーズ(2024年7月6日)

2024年7月6日(土)14:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール
アイブズ/答えのない質問
コープランド/「アパラチアの春」組曲
ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調, op.95「新世界から」
(アンコール)ヴァン・デル・ロースト/カンタベリー・コラール
●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)

7月最初の土曜日の午後、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)2023/24 フィルハーモニー定期公演シリーズのトリとなる公演を石川県立音楽堂で聴いてきました。今シーズンからこの最終公演については,「シーズン・フィナーレ」と銘打って定期公演3シリーズとも通常のOEKの編成よりも増強された編成で演奏されます。「7月は大編成」という方針は2024/25シーズンも同様で、今後どうなるか見守りたいと思いますが、シーズンの最後が大きく盛り上がるというスタイルは、分かりやすくお祭り感が醸し出されるので、悪くはないのではと思います。

指揮はOEKパーマネント・コンダクターの川瀬賢太郎さんで、前半はアメリカ人作曲家の音楽,後半はドヴォルザークがアメリカで書いた新世界交響曲。ソリストはなし、ということで、川瀬さんこだわりの「アメリカ・プログラム」を存分に味わうことができました。

前半は、アイブズの「答えのない質問」で始まりました。弦楽合奏による本当に静か~な持続音(ピアニシモより一段小さな音)が続く中、上手の舞台裏からトランペットによる何かを問いかけるようなフレーズが時折聞こえてきます。ただし標題どおり誰も答えを返しまません。さらにはオルガン・ステージで演奏する4人の木管楽器奏者(フルート2本、クラリネット、オーボエ)が全く別のモードで結構無遠慮な感じのフレーズを演奏します。弦楽器・木管・トランペットがそれぞれ別行動という曲で、オーケストラ音楽の常識を無視したような作りの曲なのですが、曲全体としては何とも神秘的で美しい作品となっていました。実演では初めて聴く曲でしたが大変独創的で面白い曲だと思いました。

ちなみにこの曲ですが、これまで私自身聞いたことがあったのは、冨田勲の「宇宙幻想」というアルバムに収録されたシンセサイザー用に編曲された版のみでした。1978年のアルバムで、当時流行していたSF映画(「未知との遭遇」「スター・ウォーズ」の時代)に出てくるような音楽だなと思ったのですが、いまいちピンと来ませんでした。今回初めて、コンサートホールという広い空間の中で聞いて、初めて面白さが分かった気がしました。広大な風景が目に浮かぶようで、静かだけれどもドラマ性のある音楽だなと思いました。というわけで、アイブズの音楽は実演向きと言えそうです。

2曲目のコープランド「アパラチアの春」の方は、OEKも過去何回か演奏しています。曲の最初は、1曲目のアイブズの余韻のような感じで、静かな雰囲気で始まります。清澄さのある空気感の中にクラリネットやハープや独奏ヴァイオリンが入ってくると、気分は朝といった感じ。大好きな部分です。丁寧な演奏が続いた後、パッとはじけるような弦楽器の音で2曲目「アレグロ」に。この鮮やかな切り替え、お見事でした。川瀬さんの若々しい指揮ぶりそのものの音楽でした。

その後もアーリーアメリカンな素朴さとモダンな透明感が融合したような感じで進んでいきます。まず新郎新婦を中心としたダンスが続きます。温かみのあるムードになったり、野性的だけれども軽快な気分になったり、どっしりとした心地よいリズム感が出てきたり、変化に富んだ音楽を楽しむことができました。この日のOEKは、上述のとおり低音を中心に編成を増強しており(コントラバス4台)、さらにはピアノも隠し味的にリズムをかっちりと支えていたので、いかにも20世紀のアメリカのバレエ音楽だなぁという生き生きとした感じの音楽が続きました。バーンスタインの音楽にも通じる感じだと思いました。

途中、最初の「Very Slowly」の部分を回想するようなノスタルジックな雰囲気になり、クールな空気感が戻った後、「シンプル・ギフト」という有名な聖歌をもとにした変奏曲になります。この主題がクラリネットで演奏された後、素朴な雰囲気を持ったまま大きく盛り上がっていきました。そして、最後の部分は夜が更けていく感じの静けさに。八木さんのフルート、ヤングさんのヴァイオリン、遠藤さんのクラリネット…とつないで静かに終わる感じは、映画のエンディングのようでした。昔のアメリカの日常生活を人間を取り囲む自然とともにクリアに描く独特の美しさを感じました。川瀬さん指揮OEKは、素朴さだけでなく,モダンな雰囲気もある美しい演奏。やはりこの曲はOEK向けの曲だなと思いました。

後半はドヴォルザーク「新世界」交響曲。何回も聞いてきたおなじみの曲ですが、今回の演奏からは、川瀬さんのこだわりが強く感じられました。プレトーク(途中からしか聞けなかったのですが)の中で川瀬さんは、コロナ禍中にこの曲の自筆譜を取り寄せて研究し、OEKと演奏できることを心待ちにしていたそうです(OEKの「新世界」といえば、前回は2019年10月ミンコフスキさん指揮で演奏されましたが…川瀬さんによると「ミンコフスキさんに取られてしまった」とのことでした)。

プレトークの様子

この日の「新世界」ですが、川瀬さんの研究の成果とこだわりとが合わさった「シン新世界」といった趣きがありました。弦楽器を増強していたOEKの剛性感のある響きにまずひかれました。至る所に「こんなメロディあったかな?」という「新世界」ならぬ「新発見」といった部分もあって聞いていてワクワクしました。演奏後の拍手も大変盛大でした。

第1楽章は序奏部からくすんだ響き。じっくりとしたテンポによる念入りの演奏でした。この日のティンパニはマイケル・イスラエリヴィチさんでしたが、今回も要所要所で重めの音でビシッと音楽を引き締めていました。この序奏部から、どこか「いつもとフレージングやバランスが違うな」といった部分があり、隠れていたメロディを浮き上がらせるような面白さがありました。

主部に入り、次々とキャッチーなメロディが出てくるのがドヴォルザークらしさ。橋爪さんのオーボエ、八木さんのフルートなど鮮やかだけども落ち着きのある雰囲気じで音楽が進んでいきました。提示部の繰り返しも行っていたので、総演奏時間は45分ぐらいかかっていたかもしれません。その後も色々なフレーズが明快に絡み合い、自信たっぷりの音楽が展開していきました。

ちなみにこの楽章での管楽器ですが、「みんなが活躍」という感じになっているのが面白いですね。いかにもカッコよく始まるホルンによる第1主題は3番4番のホルン奏者が担当、黒人霊歌っぽい親しみやすさのあるフルートが演奏するメロディは1回目が1番奏者、2回目が2番奏者という感じ。この辺を見て楽しめるのも実演ならではですね。

第2楽章もかなり遅めのテンポでじっくりと演奏されました。このメロディは日本では「家路」としてずっと親しまれていますが(小学校の下校時の音楽といったイメージ)、子供の頃からあれこれ刷り込まれているせいか「日本人の琴線に触れる」といった趣きがありますね。今回の川瀬さん指揮による演奏にもそういう気分があり、どっぷりと浸かって聞いてしまいました。また能登半島地震の被災者の故郷を思う気持ちなどとも重ね合せてしまいました。

今回の演奏のいちばんの特徴ですが、何と楽章の序奏部と終結部に出てくる印象的な和音の中にテューバが入っていませんでした。このことについても、川瀬さんがプレトークで語っており、「テューバはあとから書き加えられたもので(その後の説明は聞き逃してしまいました)…決して経費節減のためではありません」といった説明をされていました。この部分でテューバの音(+見た目)が入ってくると安心感が出てくるので、少々寂しい気もしましたが、正直なところ「言われないと分からない」部分かもしれません。トロンボーン3本だけによる和音だとまとまりの良さがあり、宗教音楽を聴くような印象だったかもしれません。

イングリッシュホルンが演奏する「家路」のメロディですが、この日は加納さんが担当。しっとりとしたテンポで落ち着いた歌を聞かせてくれました。中間部になるとテンポはさらに一段と遅くなり、佳境に入っていくような趣き。この辺の濃厚な音楽も素晴らしかったですね。楽章の最後の部分は、弦楽器の首席奏者たちによる室内楽のようになりますが、ここではとても長い「間」を取って深い世界を感じさせてくれました。特にチェロの植木さんの音が切ないなぁと思いました。

第3楽章は前の楽章から一転して、エネルギーにあふれた音楽。威力のあるティンパニの響き、トライアングルを交えて軽快に弾む音楽。やや速めのテンポによる若々しい音楽となっていました。中間部に出てくるフルートも瑞々しかったですね。レガートで美しく歌っていましたが、この辺の解釈は以前井上道義さん指揮で聞いた時も同様だったなと思い出しました。

第4楽章はやや速めのテンポで力強く開始。ティンパニの強い音を核とした増強された編成ならではの余裕のある響きを楽しむことができました。この楽章では、全曲中1回だけ出てくるシンバルの奏法にこだわりがありました。通常は結構「シャーン」という感じでサラっと過ぎるのですが,この日の渡邉さんの演奏は、何というか2枚の金属がこすり合うような不思議な音。どうみても「こだわり」が感じられたので、終演後のサイン会の時に川瀬さんにお尋ねしてみたところ,「鉄道の音を意識した」とのことでした。この日のプログラム解説で飯尾洋一さんは「一か所のみ鳴るシンバルは、機関車のブレーキ音、あるいは列車の連結音かもしれない」と書かれていましたが、まさにそのとおり描写的に演奏していたようです。指揮者からの「無茶ぶり(?)」に応えた渡邉さんの技が冴えていた部分と言えそうです。個人的にはサラッとしたシンバルも好きなのですが、この「鉄道にこだわった新世界」というのも大変面白いですね。飯尾さんの解説には「第1楽章からすでに機関車が走っているとする見方もある」と書かれていましたが、確かに第1楽章の序奏部の「ポッポー」というホルンの音は、出発の合図の汽笛のようにも聞こえます。

4楽章の途中からは、ここまでの楽章に出てきた主題が色々とよみがえってきます。それらも大変鮮やかでした。ここまで存分に演奏してきたなぁという充実感が溢れているようでした。楽章後半に出てくるホルンの高音も美しく決まっていました。終結部も遅めのテンポでじっくりとかみしめるような感じがありました。そして最後の長く延ばされた木管楽器を中心とした和音も美しかったですね。

演奏後はブラーヴォの掛け声が飛び交う熱い拍手が続きました。まさにシーズン・フィナーレに相応しい演奏でした。アンコールに応え、弦楽合奏のみで、感動がじわじわと高まってくるような美しい曲が演奏されました。何という曲か気になったのですが…掲示によると「カンタベリーコラール」という作品でした。アンコールの選曲も素晴らしいと思いました。

この作曲者の「ロースト」ですが、ここは「ヴァン・デル・ロースト」と書いてもらった方が分かりやすいですね。吹奏楽の世界で有名な作曲家ということで、今回は編曲版だったようです。

フィルハーモニーシリーズに続いて、翌土曜日のマイスター定期はラフマニノフとシベリウス,月末のファンタジー定期は広上さん指揮による「サンダーバード」。2024年の7月の土曜日は,OEKとしては大きめの曲を次々と楽しめる,贅沢な一ヶ月になりそうです。

終演後のサイン会では曲目リストのページにいただきました。

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