見出し画像

アビゲイル・ヤング・アンド・フレンズ2023 第3夜,第4夜(2023年5月12日,5月18日)

(第3夜)2023年5月12日(金) 19:00~ 金沢市アートホール
1) モーツァルト/オーボエ四重奏曲へ長調,K.370(368b)
2) ブリテン/幻想四重奏曲(1932年)
3) フィンジ(クリスチャン・アレクサンダー編曲)/弦楽四重奏のためのエレジー(1940年)
4) フランセ/コールアングレ四重奏曲(1970年)
5) メンデルスゾーン/弦楽五重奏曲第2番変ロ長調, op.87
6) (アンコール)メンデルスゾーン(編曲者不明)/歌の翼に
●演奏
アビゲイル・ヤング,江原千絵*3,5-6(ヴァイオリン),ダニイル・グリシン,般若佳子*6-7(ヴィオラ),ソンジュン・キム(チェロ),加納律子(オーボエ*1-2,コールアングレ*4)
吉田誠(クラリネット),シモン・アダレイス(ピアノ)

(第4夜)2023年5月18日 (木) 19:00~ 金沢市アートホール
1) メシアン/幻想曲(1933年)
2) マレ/古いフランス舞曲集
3) フィンジ(クリスチャン・アレクサンダー編曲)/5つのバガテル(クラリネットと弦楽四重奏のための)(1942年)
4) メシアン/ヴォカリーズ練習曲(1935年)
5) メシアン/モーツァルトの様式による歌(1986年)
6) メシアン/世の終わりのための四重奏曲(1941年)
●演奏
アビゲイル・ヤング*1,3,6,江原千絵*3(ヴァイオリン),ダニイル・グリシン(ヴィオラ*2,3,6),ソンジュン・キム(チェロ*3,6),加納律子(オーボエ*4),吉田誠(クラリネット*3,5-6),シモン・アダレイス(ピアノ*1-2,4-6)

Review

大型連休明けで,長~く感じた週末(5月12日)の夜,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の大黒柱アビゲイル・ヤングさんを中心とした室内楽公演「アビゲイル・ヤング・アンド・フレンズ」を金沢市アートホールで聴いてきました。昨年(第1夜,第2夜)に続いての開催で,5月12日の公演が第3夜,5月18日の公演が第4夜。この2公演の内容についてご紹介しましょう。どちらも,一般的によく演奏される定番的な室内楽曲というよりは,ヤングさんこだわりの知られざる傑作を共感してくれる仲間と一緒に取り上げたという公演になっていました。このコンセプトは素晴らしく,是非,次年度以降も継続して欲しいと思いました。

第3夜

第3夜は,OEKのオーボエ奏者,加納律子さんをゲストに招いての公演でした。

前半は加納さんをフィーチャーしてのモーツァルトのオーボエ四重奏曲からスタート。加納さんの安定感抜群のしっかりとした音は大変心地よく,充実のモーツァルトがホールいっぱいに広がっていました。第2楽章はメランコリックな気分。その中から一筋の光のように,オーボエの冴えた音が差し込んで来るのが素晴らしかったですね。

第3楽章は,ヤングさんの艶やかなヴァイオリンと相俟って,楽しげな気分がどんどん湧き出てくるような演奏。途中,複数の拍子が並行して進む「大胆な作り」の部分が出てきましたが,こういったチャレンジングな部分のスリリングな楽しさが,曲全体をさらに華やかな気分へと曲を盛り上げていました。

続く,ブリテンの幻想四重奏曲は初めて聴く作品でした。この日の公演は,比較的穏やかな感じの曲が多かったので,プログラム全体をピリッと締めるようなスパイスになっていました。曲の最初の部分は,ショスタコーヴィチのようでもあるけれども,それとも少し違う独特の行進曲が近づいてくる感じ(曲の最後は反対に遠ざかる感じ)。加納さんのオーボエは,多彩な表現を聴かせてくれました。この辺が「幻想的」な部分だったのではと思いました。ヤングさん,グリシンさん,ソンジュン・キムさん,加納さんが激しく絡み合うような部分も印象的。特に間近で聴く,グリシンさんヴィオラの迫力が素晴らしいと思いました。

フィンジのエレジーは,クリスチャン・アレクサンダーという人が編曲した弦楽四重奏版での演奏。疲れた週末にぴったりの安らぎの世界が広がっていました。やさしいメロディが絡み合って,段々と厚く,豊かな雰囲気になっていく辺りは,まさに「ヤング・アンド・フレンズ」といった感じでした。

前半最後はフランセのコールアングレ(イングリッシュ・ホルン)四重奏でした。コールアングレという楽器は,オーケストラ曲の中でも独奏楽器として結構印象的に出てきますが,この楽器名を冠した曲名を見るのは...初めてです。曲は,ヤングさんのプログラム解説(簡潔で深い内容)どおり,ラグタイムを思わせる快活な部分とまろやかでゆったりとした部分が交錯するウィットの効いた作品でした。

全体を通じて,自由でダイナミックな演奏,「まじめに遊んでいる」といった趣きがありました。加納さんの演奏するコールアングレは,この楽しいアンサンブルをまろやかに受けとめていました。この楽器が入ると,癒やしのムードになったり,気だるいムードになったり,ユーモラスなムードになったり...一種ムードメーカー的な楽器なのだな,と思いました。この色々な気分が鮮やかに変化しながらウィットを効かせて進んでいくあたり,プーランクの作品に通じると思いました(フランセは,プーランクの「ゾウのババール」などもアレンジしていたはず)。というわけで,滅多に聞けない,隠れた逸品でした。

後半はメンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第2番が演奏されました。個人的に「メンデルスゾーンにハズレなし」という「法則(?)」があるとずっと思っているのですが,この作品もまた素晴らしい作品でした。

第1楽章は,有名な弦楽八重奏曲の第1楽章を思わせるような,華やかさと厚みを兼ね備えた気分で開始。ヤングさんのヴァイオリンには,いつもどおり力感とのびやかさがあり,力強く晴れやかな気分が広がっていました。

第2楽章は,メンデルスゾーンお得意のスケルツォ...ではなく,動きはあるけれどももう少し落ち着きのある,「アンダンテ・スケルツァンド」。ゆとりのある演奏からは,秘めたユーモアのようなものが感じられました。各楽器間の音のやりとりも,まさに「仲間」といった感じでした。

第3楽章は,深い情緒を湛えたアダージョ。途中,悲しみが爆発するような部分があったり,救いの気分を持った美しいロディが出てきたり,祈りの気分になったり...色々な感情が美しく交錯していました。特に低弦のトレモロの上でヤングさんのヴァイオリンが凜として歌うあたりが大変印象的。迫力たっぷりの素晴らしい部分でした。

第4楽章は力強く切り込んでいくようなエネルギーを持った演奏。特にヤングさんとグリシンさんが一体になると,無敵の迫力が出て,ピートアップしていきます。音が飛び交いつつ,一つにまとまっていく演奏には,「ミニOEK」といった趣きがありました。

アンコールでは,メンデルスゾーンのおなじみの「歌の翼に」が弦楽五重奏編成で演奏されました。この日の公演の収益の一部は一週間前,能登で起きた大地震の義援金に回すとのことでしたが,「安心感」を音の翼に乗せて伝えるような静かな美しさのある演奏でした。

第4夜

続いては,次の週の木曜日5月18日に行われた第4夜。この回はお馴染みの「仲間」に吉田誠さんのクラリネットを加えての充実の時間となりました。

この回は6曲演奏されましたが,すべて編成が違うというのが,まず独特でした。それでいて結構規則的な配列になっており(例えば,前半は,ヴァイオリン,ヴィオラ,オーボエ,クラリネットの独奏曲真ん中に五重奏曲が入るシンメトリカルな構成),ヤングさんの選曲のセンスが素晴らしいと思いました。考えてみると,ヤングさんのヴァイオリンに加え,グリシンさんのヴィオラ,吉田さんのクラリネット,加納さんのオーボエの独奏曲をぞれぞれ聞けるというのは,大変贅沢でした。

最初はヤングさんとシモン・アダレイスさんの演奏で,メシアンの幻想曲が演奏されました。プログラムの解説によると,紛失されていたものが偶然発見された曲とのこと。「幻想曲」というよりは,「幻の曲」と言えそうです。ヤングさんの力強くくっきりとした音で開始。全体に張り詰めた強さを持った音楽でした。メシアンの曲にしてはメロディアスで,特に曲の最後の部分で,段々と調性がはっきりとしてきて,じわっと感動が広がる感じが良かったですね。

続くマレ古いフランス舞曲集は,第3夜,第4夜を通じて最も古い作品でした。もともとはヴィオラ・ダ・ガンバのための作品で,グリシンさんも椅子に座ったので,「まさかチェロのようなスタイルで演奏?」とも思ったのですが,そんなはずはなく,普通どおりのヴィオラの演奏でした。

この作品は,次の5曲から成る曲集で,全曲を通じてグリシンさんの底光りするような深みのある音を楽しむことができました。
 1.ラグレアーブル~ロンド
 2.ラ・プロヴァンサル
 3.ラ・ミュゼット
 4.ラ・マテロット
 5.ル・バスク
途中,ミュゼットとかプロヴァンサルとか,どこか素朴で田舎風の気分が漂う曲も良かったですね。ヴィオラでの演奏でしたが,古く雅な気分があり,オリジナルもこんな感じだったのでは,と思わせるリアルさを感じました。最後の「ル・バスク」」は,生き生きとした力強さのある演奏でしたが,曲の最後の最後の部分は,軽くフッと力を抜くように終了。グリシンさんならではのユーモアのセンスが伝わってきました。

フィンジ(クリスチャン・アレクサンダー編曲)の「5つのバガテル」は,前半演奏された曲の中で特に魅力的な作品でした。次の5曲から成る作品で(5曲ということでバロック時代の組曲を意識している感じ。一つ前に演奏されたマレの曲も5曲編成だったので,この曲とも響き合っている感じでした),バロック~古典的な構成の中にどこかロマンティックな気分も漂う美しい作品でした。
1. 前奏曲
2. ロマンス
3. キャロル
4. フォルラーナ
5. フゲッタ

5人の奏者は立ったままで演奏。いつの時代の音楽か分からない,古風さと新鮮さが合わさったような音楽を自在に演奏していました。前奏曲は特に聞きやすい感じの作品。吉田さんのクラリネットの音は明るく伸びやか。5人の奏者は,ドレミファ...というシンプルな音階のようなメロディを戯れるように演奏していました。

2曲目のロマンスは,静かで美しい曲。クラリネットのロングトーンが美しかったですね。各楽器の「幸福な溶け合い方」に浸りながら,英国の風景などを想像しました。

その後の曲も古風であったり優雅であったり,リラックスした気分で音楽を楽しむことができました。終曲のフゲッタも,厳格なフーガというよりは,楽しい「追っかけっこ」といった気分。最後も軽やかに脱力するように終わっていました。

今回の2回の公演でフィンジの曲を2曲聴いたのですが,英国出身のヤングさんならではの選曲だったのかもしれません。それほど作品数は多くない作曲家のようですが,今後また色々な曲を聴いて行きたい作曲家になりました。

前半最後は,メシアンの独奏曲が2曲演奏されました。ヴォカリーズ幻想曲では,オーボエの加納さんが第3夜に続いて登場。どこかエキゾティックな気分がありましたが,全体に伸びやかな雰囲気があり,ゆったりと楽しむことができました。演奏後に良い香りがすっと残るような演奏でした。

モーツァルトの様式による歌の方は,長年パリ高等音楽院の教授でもあったメシアンが学生のコンペティションのために書いた小品。メシアンの曲の中でも特に聞きやすい音楽で,「らしからぬ」作品かもしれません。ただし,吉田さんの演奏には,ただ優しく美しいだけではなく,少しミステリアスな気分もあり,強く突き刺さってくるような部分もありました。モーツァルトの残像が感じられるメシアンの作品というとても面白い作品だと思いました。

後半は,メシアンの「世の終わりの四重奏曲」が演奏されました。今回の2回の公演のハイライトといっても良い曲目で,金沢では滅多に聞けないこの曲を目当てに参加していた人も多かったのではないかと思います(ちなみに,私自身,実演で聴くのは2回目です。この時(2003年)もヴァイオリンはヤングさん。それ以外もチェロがカンタさん,クラリネットは遠藤さんといったOEKのメンバー。そしてピアノがメシアンを得意とする木村かをりさん,という顔ぶれでした)。

この曲は,第2次大戦中の死が差し迫ったような特殊な状況で書かれ,初演された作品です。この日の集中力の高い演奏を聞きながら,時間には限りがあるからこそ,音の世界にも集中できるのではということを考えました。奏者も聴衆も永遠に続くような,メシアンならではの異次元空間を堪能できた素晴らしい演奏でした。四重奏と言いつつ,ヴァイオリン,チェロ,クラリネットの独奏も強い印象を残す作品で,緊張感がずっと続くけれども,変化に富んでおり,音楽だけに向き合っているような幸福な時間に浸ることができました。

第1曲「水晶の典礼」は,ステージ全体にヴェールがかかったような,ミステリアスな気分で開始。ただし,停滞した感じはなく,その中で,クラリネットは鳥のさえずりのように動き回っていました。CDで聴いていた時にはよく分からなかったのですが,チェロの高音が結構細かく動いているのが分かり,「こういう仕事をしていたのか」と目からうろこという感じでした。

第2曲「世の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ」は,クラリネットによる力強いファンファーレのような音で開始。中間部はヴァイオリン,チェロ,ピアノによる非常にデリケートな雰囲気。そしてメシアン夫人に師事していたシモン・アダレイスさんのピアノが,柔らかくもしっかりと時を刻むような音型を繰り返し演奏していたのが印象的でした。最後は最初に戻ったように,クラリネットの強い音で終了。

第3楽章「鳥たちの深淵」は,クラリネット1本で10分ぐらい演奏する独特の楽章で,今回の演奏のクライマックスの1つだったと思います。吉田さんの音は最初暗くこもった感じで始まった後,ロングトーンが延々と続くような感じが何回か出てきます。こういった部分での,吉田さんの音の音量・音質・表現の幅広さに圧倒されました。アートホールぐらいの小ホールだと,その音の生々しい迫力に直に触れることができました。クレッシェンドやデクレッシェンドが続く中で,音色が微妙に変化するグラデーションがあったり,切実な気分と安らぎの気分が切り替わったり融合したり...。クラリネット1本による異次元空間に巻き込まれ,日常の時間が止まった感じでした。

第4楽章は「間奏曲」。その名のとおり短い楽章。ピアノは入らず,その他の楽器がユニゾンで動くような感じ。輝きとエネルギーにあふれた演奏で,日常の世界にちょっと戻った感じでした。

第5楽章「イエスの永遠性への賛歌」。この楽章はチェロのソンジュン・キムさんの見せ場でした。アダレイスさんが美しい和音を柔らかく連打する上で,チェロがくっきりとした息の長いメロディを演奏。楽章全体は不思議なほど明るい空気感におおわれ,この世とは別世界にいるような(宗教的とでも言うのでしょうか),永遠性を感じさせてくれました。

第6楽章「7つのトランペットのための狂乱の踊り」は,前楽章とは対照的に,全員がユニゾンで動く力強さと緊迫感のある音楽。独特の輝きとエネルギーに溢れていました。ヤングさんのリードの下,段々と狂気にとりつかれた感じになってくるのがスリリングでした。

第7楽章「世の終わりを告げる天使のための虹の混乱」は,チェロとピアノがしっかりとした歌を歌った後,ここでも全員によるエネルギッシュな音楽に。この楽章のタイトルの意味はよく分かりませんが...言われて見れば「混乱!」といった感じかもしれません。途中出てくる,ヤングさんのヴァイオリンの深い歌が印象的でした。最後の部分は,全楽器があちこち動き回った後,ピアノの上でユニゾンに。クラリネット,ヴァイオリン,チェロという組み合わせは収容所内に「たまたまいた奏者」の組み合わせだったようですが,その音が溶け合ってできる音が素晴らしいと思いました。

最後の第8楽章「イエスへの不滅性への賛歌」は,アダレイスさんのピアノの落ち着いた和音が続く中,ヤングさんの情のこもったヴァイオリンが静かに続くきました。永遠に続いて欲しいと思わせる楽章であり,演奏でした。単調で長い楽章だけれども,そのこと自体が美しさに変換されているような不思議さがありました。曲の最後は消え入るような弱音で終わります。この部分での非常にデリケートで,かすれるような音も強く印象に残りました。

この凄い演奏を聴いて,集中した演奏を集中して鑑賞する素晴らしさを実感できました。この日の聴衆は,ヤングさんと仲間たちの熱心な常連ファンが多かったような印象で,盛大な拍手が長く続きました。
「ヤング・アンド・フレンズ」の「フレンズ」の中には,お客さんも含まれているのではと思いました。

滅多に聞けない室内楽曲の充実の演奏を楽しませてくれるこのシリーズ(#ガル祭 に対抗して #アビ祭 とか)。繰り返しになりますが,来年以降も是非継続して欲しいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?