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オーケストラ・アンサンブル金沢 第471回定期公演マイスター・シリーズ(2023年9月16日, 石川県立音楽堂)

2023年9月16日(土)16:00~  石川県立音楽堂 コンサートホール
1) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲, K.492
2) モーツァルト/クラリネット協奏曲イ長調, K.622
3) 池辺晋一郎/ピアノ協奏曲I (1967)
4) (アンコール)武満徹/雨の樹素描II:オリヴィエ・メシアンの追憶に
5) 池辺晋一郎/交響曲XI 「影を深くする忘却」(OEK,東京オペラシティ文化財団共同委嘱作品)
●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-3,5,リチャード・ストルツマン(クラリネット*2),北村朋幹(ピアノ*3-4)

「金沢ジャズストリート」「金沢おどり」と金沢市内各地で毎年恒例の「お祭り」的なイベントが重なる中,石川県立音楽堂コンサートホールでは,オーケストラ・アンサンブル金沢 (OEK) の新定期公演シリーズが開幕しました。指揮は広上淳一さん,独奏はクラリネット界のレジェンド,リチャード・ストルツマンさんとピアノの北村朋幹さん。後半は,池辺晋一郎さんの80歳記念のプログラムとなり,池辺さんの最新の交響曲と音楽大学の卒業制作として作られたピアノ協奏曲が演奏されました。非常に多彩な内容でしたが,予想以上に楽しい内容の公演となりました。

この日の開演時間は16:00。初めてでしょうか?
前日の夜,東京で演奏会があったことと関係があるかしれないですね。

前半は,OEKの定番レパートリーの一つである,モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲で始まりました。広上さん指揮でこの曲を聴くのは初めてでしたが,全体に落ち着いたテンポ。暖かみのある雰囲気で始まりました。その一方,広上さんらしく,決めるべきところはバチッと決まっており,まろやかさとスパイスの両方がしっかり効いたような,味わい深い演奏になっていました。途中出てくるファゴットやフルート(3月末でOEKを退団した松木さやさんが担当)のソリスティックな活躍も聞きものでした。

それにしても,この曲は色々な指揮者で聴いてきました。岩城宏之さん,井上道義さん…そして今年の11月には川瀬賢太郎さんによる,演奏会形式ハイライト公演もあります。短い曲ですが,指揮者によって結構雰囲気の変わる曲で,言ってみれば「リトマス試験紙」みたいな曲かもしれません。11月の川瀬さんの指揮ぶりも大変楽しみです。

続いて,リチャード・ストルツマンさんが登場しました。81歳の高齢ということで座って譜面を見て演奏されていましたが,その音の存在感のある音に感銘を受けました。さすがに息と指には年齢を感じましたが,その音には独特の輝きがあり,じっと聞き入ってしまいました。

この写真,素晴らしいですね。

広上さん指揮OEKも第1楽章の最初から,愛に溢れたサポートでした。音色に暖かみがあり,力みのない音楽が自然に流れていきました。ストツルマンさんの音が入ってくると,上述のとおり「ハッ」としました。モーツァルトの音楽は「ごまかし」がきかないので,粗が目立つ部分もありましたが,一気に曲の主役になっていました。

第2楽章では,ストルツマンさんは,じっくりとしたテンポで,大きく歌い上げていました。無垢な音で心から歌っているようで,聴きながら郷愁のようなものを感じました。弱音になると,音が震えているような感じもしましたが,それがまた胸にしみる味わい深さになっていました。

第3楽章へはほとんどインターバルなしで連続的に演奏されました。ここでも明るい音で大きく歌っていました。さすが速いパッセージなどはゴツゴツした感じで,少しヒヤヒヤする部分もありましたが,同じ音型が3回繰り返される部分などは,3通りの音量・表情に分けて演奏するなど,表現の幅広さを感じました。全曲を通じて,その演奏には前向きな気分が溢れ,即興的な音を入れる遊びもあり,ストルツマンさんの本領発揮といった部分もありました。

演奏前後のステージ袖からの出入りについては,さすがに大変そうで,何回もアンコールで呼び出すのは「気の毒」という感じで,アンコールはありませんでした。しかし,その動作の中からは,明るいキャラクターが伝わってきて,多くの聴衆を魅了していたと思います。

後半は,池辺晋一郎さんの作品2曲が演奏されました。実はこの公演の前日,東京で広上さん指揮による池辺さんの作品のみで構成された生誕80年記念バースデーコンサートが行われたばかりでしたが,この定期公演では,その公演でOEKが演奏した,池辺さん若書きの卒業制作のピアノ協奏曲1番と最新作の交響曲第11番「影を深くする忘却」が演奏されました。その対比がものすごく面白かったですね。池辺さんがトークで語っていたとおり技巧的でアイデアと意欲満載といった感じのピアノ協奏曲と限られたモチーフを多彩な楽器で執拗に繰り返し次第に大きな音楽へとまとまっていく交響曲。前衛の時代から成熟の時代へという時代の空気感の変化のようなものも表しているようでした。

池辺さんがコンポーザー・オブ・ザ・イヤーだったことを初めて知りました

ピアノ協奏曲第1番(正式には「ピアノ協奏曲Ⅰ」)は,なんと言っても北村朋幹さんの技の鮮やかさ!見ているだけでワクワクしました。北村さんは,非常に大きな譜面を両手で持ってステージに登場。演奏会後のサイン会でお尋ねしたところ,特製の譜面だったそうです。ほとんどフリージャズのような感じ曲で,楽譜をめくる時間も取れないようなスピード感のある部分のある作品でした。

3つの楽章から成っていましたが,連続して演奏されました。全体の演奏時間も15分かからないぐらいだったと思います。第1楽章は急速なテンポでメロディがない前衛的な部分。それでいて,聴いてきて妙にすっきりした気分になりました。この曲に正面から取り組んだ,北村さんの演奏の潔さが伝わってきました。

第2楽章は,まず管楽器が次々とフレーズをつないでいった後(所々,ムチの音がパチンパチンと入っていました),ピアノがクールな雰囲気で何かを語っているような感じになりました。ティンパニがグリッサンドをしたりしていたので,バルトークの「管弦楽のための協奏曲」のような気分もあると思いました。その後,ピアノは打楽器的になったり鮮やかな音を聞かせたりして,暴力的といって良い,激しい音楽になってきます。この辺もバルトークの音楽に通じる感じがあると思いました。

第3楽章は弦楽器に大きな動きのあるメロディが出てきましたが,全体的にはほとんど騒音のような感じの音楽でした。プレトークでは,オーケストラとピアノが違うリズムで演奏する部分があるとのことでしたが,それがピリッとした緊張感を作っているのかもと思いました。「池辺さん,若い!」と思いながら聴いていたのですが,これは1960年代後半の「熱い前衛の時代」の空気感を伝えているのかなと思いました(1970年の大阪万博の時には,いわゆる「現代音楽」が色々と演奏されていたはずですね)。

池辺さんの依頼に応じてこの難曲を演奏することになり,見事に聴かせてくれたた北村さんへの拍手は続き,アンコールが演奏されました。ピアノの響き自体が非常に美しく,精妙な静けさを持った作品。「池辺さんの作品?フランスの曲のようだ」と思いながら聴いていたあのですが…正解は武満徹の「雨の樹素描II」でした。「オリヴィエ・メシアンの追憶に」という副題がついていたので,フランス風というのは「当たり」だったのかもしれません。ゆったりとした落ち着きときらめきのあるの音の交錯がとても魅力的な作品でした。

交響曲第11番(正式には交響曲XI)の方は,ピアノ協奏曲よりは長く,20分以上はあったと思います。こちらには「影を深くする忘却」というタイトルが付いています。この言葉は長田弘さんの詩の中の一節で,この曲全体として「忘れてはならない事象(今も私たちの回りにある「戦い」であったり「災害」であったり)の忘却への憂い」がテーマになっているとのことでした。そして,長田さんの詩に出てくる「幸福は何だと思うか」という言葉が,曲の鍵となるモチーフ(プログラムノートでは「定旋律」と書かれていました。池辺さんの交響曲第9番以降,繰り返し使っているモチーフとのことです)として終盤に出てきます。こういった内容についての池辺さん自身によるプレトークに続いて音楽を聴いたので,「なるほど」と思いました。

第1楽章は意表を突くようにマラカスの音で開始。弦楽器のユニゾンでくっきりとした音楽が続き,落ち着きと不安が交錯したような気分に。そして,松木さやさんのフルート。「さすが!」という呼びたくなるような「聞かせるフルート」でした。その後「ダダダ,ダダダダダ」といった同音が繰り返されるモチーフが色々な楽器に出てきました。これが結構執拗で,ベートーヴェンやショスタコーヴィチの交響曲に通じる「押しの強さ」のようなものを感じました。このモチーフの意味はよく分からなかったのですが,「私たちを囲む不安」を象徴しているのかなと何となく思いました。楽章全体として,構築的でどっしりとした感じがあり,やはり「交響曲の第1楽章」だなと思いました。

第2楽章と第3楽章は続けて演奏されました(実はどこに区切りがあったのかよく分かりませんでした)。弦楽器に情緒的なメロディが出てきたり,静かな雰囲気の中で,ソロの楽器が「問い」と「答え」を繰り返しているような雰囲気があったり,曲の「深さ」を感じました。

そのうちに,プレトークで池辺さんが予告していたとおり,「幸福は何だと思うか」の定旋律がトロンボーンに出てきました。この日のトロンボーンは,おなじみ藤原功次郎さんで,暖かみのある人間の声のような音で朗々と聞かせてくれました。どこかトロンボーンという楽器と通して和歌を詠んでいるような感じもありました(トロンボーンを使った「宴会芸(?)」として,大相撲の呼び出しの真似をするのを聞いたことがありますが,ちょっとそれに似ているかもと思いました)。この定旋律は,しばらくしてトランペットでも登場。打楽器が活躍したり,弦楽器のユニゾンのようなシリアスな合奏が出てきたり,ショスタコーヴィチの交響曲に通じる感じもありました。そして,最後の方で,ヴィオラのグリシンさんが,定旋律を演奏。グリシンさんの音は深く染みるなぁと実感。問いかけをしたまま,余韻を残すように音楽は終了しました。

若書きのエネルギーが溢れたピアノ協奏曲と比較すると,熟練の技が無駄がなく使われた,見事に構築された作品だなぁと思いました。これはプレトークで色々な説明を聞いたからそう感じるのかもしれませんが,池辺さんにとって,自分自身の思い入れが強い,シリアスな題材を音楽で表現するためのフォーマットが交響曲だということが改めてよく分かりました。

盛大な拍手の後,ハッピーバースデーの音楽が壮大に演奏され(ティンパニのロールをはじめとした大仰さが可笑しかったですね),舞台袖からバースデーケーキを持った北村さんが登場。無事ロウソクの火を吹き消して終了。

さらに終演後には,久しぶりに主要出演者総出演のサイン会もあり,演奏を終わったばかりのアーティストたち気軽に会話ができました。

OEKメンバーはサインはされていませんでしたが,
公演のチラシを持って宣伝活動(?)をされたりしていました。
ストルツマンさんのサイン。自宅にあった1980年代前半の録音のCDを持参。
シューベルトのあるペジョーネ・ソナタをクラリネットで演奏している!…
ということで中古で買ったCDでした。
池辺晋一郎さんのサイン。意外なことに,OEKが録音している池辺さんのCDは
多分これだけだと思います。岩城さん指揮のCDは何枚かありますが,
いずれも別のオーケストラを指揮したものです。
北村朋幹さんのCDは会場で購入。
1枚開いたところにいただきました。CD全体が独自のプログラムになっている,北村さんらしさが選曲にも現れたアルバム。バガテルばかりなのですが,とても多彩。
広上さんにはプログラムの表紙にいただきました。

以上のとおり,非常に多彩な内容やイベントが盛り込まれたプログラムで,定期公演の新シーズン開幕に相応しい,わくわくとした内容の演奏会になりました。

PS.
演奏会に先立ち,先日亡くなられた,作曲家の西村朗さんをしのんで,広上さんと池辺さんによるトークがありました。OEKにとっては非常に重要なレパートリーとなった「鳥のヘテロフォニー」などについての話があった後,石川県立音楽堂の開演前のチャイムも西村朗さんの作品であることが紹介され,改めてじっくりと流されました。私の記憶によると,確か岩城さんからの「音楽だけれでも,音楽でないような感じにしてほしい」という注文を受けて作ったものだと聞いたことがあります。音楽的過ぎると,本割のプログラムの邪魔になるが,ブーという無機的な音(今回,最初間違ってこの音が鳴りましたが)だけでも「(金沢弁で言うところの)あいそもない」ということだと思います。西村さん作曲のチャイムは,その辺のバランスが見事に取れた,素晴らしいチャイムだと思います。今回,どうせならこのチャイムが鳴っている間,黙祷という感じにしても良かったのかなと思いました。

この日は,池辺さんと広上さんのトークが何回もありました。
これは開演前の様子です。
池辺さんの曲の楽譜も販売していました。


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