石川県立音楽堂 ステージアートの世界(2023年12月27日, 28日)
2023年の12月末,2夜連続で石川県立音楽堂で行われたバレエ公演「ステージアートの世界」を観てきました。2020年の12月に同様の形で「風と緑の楽都音楽祭2020 秋の陣」として行われたことはありましたが,「ステージアートの世界」というタイトルで行われたのは今回が初めてでした。演奏は,松井慶太指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)でした。
第1夜はチャイコフスキーの「くるみ割り人形」のハイライトをメインとした内容でした。この作品,私にとっては特に大好きな作品です。最初に自分の意思で「エアチェック(懐かしい言葉です。FM放送からカセットテープに録音)」したのがこのバレエの組曲でした。今回は独自のハイライトでしたが,松井慶太さん指揮のOEKと金沢シティバレエ団は,その美しさのエッセンスを伝えてくれました。
前半は,春日朋子さんによるオルガン演奏がありました。
この日の公演は18:30開始でしたので,丁度ウェルカム演奏的な感じになっていました。明るく明快なトランペットのような響きのバッハの後,ダカンとヴィエルヌの作品が演奏されました。ダカンの方は鼻歌で歌えそうな民謡風のメロディ(ちょっとキラキラ星のような感じ)を多彩な音量,音色で変奏していくような曲でした。ヴィエルヌの「月の光」は,同名のドビュッシーの曲同様,淡い色調を持った曲でした。最後の「ウェストミンスターの鐘」は,日本の学校の定番のチャイムのメロディが壮大に盛り上がっていくような曲でした。
このオルガン演奏で気分が高まった後,休憩をはさんで,お待ちかねの「くるみ割り人形」ハイライトが演奏されました。約1時間のハイライトで,男役やネズミは全く出ず,1幕切れの雪の情景と2幕のディヴェルティスマンが中心でしたので,物語を楽しむよりは,選りすぐった群舞シーンや楽しいシーンのみに浸させてくれるような感じでした。プログラムノートによると,「クララの夢」と書かれていましたが,確かにそんな感じでした。
松井慶太さんの指揮は非常に丁寧で,この美しいバレエを,じっくりと慈しむように聞かせてくれました。OEKは客席最前列数列を取り払った部分をピットとして演奏していましたが,私の居た3階席前方だと,非常によく音が聞こえました。その効果もあり,極上のデザートが次々出てくるような演奏でした。
プログラムには書かれていませんでしたが,まず「小序曲」が演奏されました。これがなければ,「くるみ割り人形」は始まらない曲ですね。繊細な音から,大きく夢が広がっていく…そんな気分を持った演奏でした。
続いては一気に第1幕終盤の「冬の景色」の場になります。この曲の時は舞台後方のスクリーンに雪景色の映像を投影しており,イメージどおりの美しく幻想的な気分が醸し出されていました。クララと「雪の女王」のやりとりの後,「雪のワルツ」になります。この部分もクリスマスシーズンにぴったり。オルガンステージには,もりのみやこ合唱団のメンバーが登場し,「アーアー,アーアアー」の合唱。5人のダンサーたちと一緒に雪片の舞が展開されていきました。チャイコフスキーの音楽の素晴らしさを改めて実感できる場でした。
その後,照明の雰囲気が変わり,第2幕の「お菓子の国」の場になります。この第2幕最初の導入の音楽では,フルートなど木管楽器が活躍するのですが,その艶やかな響きが素晴らしいと思いました。この導入部で,こんぺいとうの精をはじめとしたキャラクター・ダンサーたちが一端登場した後,チョコレートの精から順番にクララを歓迎するようなダンスが続きました。
「チョコレートの精の踊り」は組曲版には入っていませんが,トランペットやカスタネットなどが活躍するスペイン風の曲。これまでの「雪国」のムードとの対比が鮮やかでした。次の「コーヒーの精の踊り」は組曲版だと「アラビアの踊り」と呼ばれています。ソリスト1人+3人による妖艶なムードの踊りで,さらに深くお菓子の世界に入りこんだ感じになります。
「お茶の精の踊り」は組曲版だと「中国の踊り」と呼ばれています。ソリスト1人+2人が人差し指を立てて,キビキビと動くダンスも定番ですね。特にソリストの方の切れ味の良い動きが素晴らしいと思いました。
「あし笛の精の踊り」は組曲版でも「あし笛の踊り」と呼ばれている曲(ソフトバンクのCMを思い出す人も多いはず)。フルート3本のハモリが中心というのは,ありそうでなさそうな曲です。個人的に,この曲はじっくりとしたテンポ感が好きなので,この日のじっくりとした演奏は「これだ」という感じでした。
このお菓子コーナーの最後は,「ギゴーニュママとキャンディボンボン」。組曲版には入っていない曲ですが,子どもたちが大勢参加する楽しい曲ということで,地元バレエ団が登場する公演には「欠かせない曲」ですね。金沢シティバレエ団の指導者の若原容子さんの「巨大スカート」の下から次々登場する小さなダンサーたちを眺めながら,他の曲でソロを踊っているダンサーたちも,みんなこの曲から始まったのかなとちょっと嬉しくなりました。
そして,「くるみ割り人形」全曲の文字通り「花」と言って良い,「花のワルツ」になります。この曲では,クララも参加しての群舞でした。ピンクのドレスと優雅なワルツがぴったりとマッチしていました。
「お菓子の国」の「締め」は「こんぺいとうの精の踊り」。全曲版だと王子と一緒に踊る「パ・ド・ドゥ」の中の一部ですね。この日ソリストを務めたのは,過去,OEKとも何回か共演したことのある北野友里夏さんでした。チェレスタを含むデリケートでキラキラとした音楽に乗って,じっくりと精緻な技を見せて(魅せて)くれました。最後の部分が組曲版よりも長いのですが,この部分の動きも大変鮮やかでした。ちなみに…チェレスタを担当していたのは,金沢ではお馴染みの田島睦子さんでしたね。このチェレスタの音も大変鮮やかに聞こえていました。
そして最後のフィナーレ。第2幕に出てきた全ダンサーが再登場し,クララに挨拶をするような音楽。フィギュアスケートで言うと,競技が終わった後のエキシビションといった感じの音楽。この音楽も大好きです。それぞれのダンスを観て回想するのも良いのですが,最後の最後も大好きです。ここまで出てきたキャラクター・ダンサーたち,こんぺいとうの精,クララがそれぞれの衣装で全員同じ振り付けのダンスをビシッと決める辺りは,何度みても「格好良いなぁ」と思います。
「くるみ割り人形」の場合,そのまま終わらず,いわゆる「夢オチ」になります。そこまでの勢いがパッと止まり,ちょっと寂しくなる感じも,このバレエの魅力です。夢は終わって欲しくないという気持ちと,主人公クララが少し成長した感じとが交錯する何とも言い様のない味わいを持ったエンディングになっていました。
翌日に行われた第2夜は「クラシックバレエとコンテンポラリーダンスによるガラコンサート」ということで,「四季」「ワルツ」をテーマにした小品集とハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」組曲を合わせた内容でした。私にとっては,2023年の演奏会通いの締めの公演でした。
最初のステージは,ヴィヴァルディ,チャイコフスキーなど色々なジャンルの「四季」の音楽などを集めたコンテンポラリーなステージでした。照明が四季ごとに変化し,曲ごとに別のバレエ団の別の振付師によるパフォーマンスだったのですが,全体としてみるととても流れよく,美しくまとまっていました。
「四季」とは関係ないのですが,まずこの日のコンサートマスターだった水谷晃さんのソロをフィーチャーして,マスネの「タイスの瞑想曲」が導入的に演奏されました(少し短縮された版だったと思います。水谷さんはこの曲の時だけ,ステージ下手袖で演奏)。ステージ奥にはスクリーンがあり,モノクロームで詩的な美しさを持った映像が投影されていました。その画面を背景に,男性が一人背中を見せて寂しげに座っていました。以前,ミンコフスキさん指揮でドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」を観たことがありますが,その時の映像などを思い出してしまいました。水谷さんの音にはしたたるような美しさがあり,画面のイメージにぴったりでした。
その後は季節に応じた映像に合わせた,音楽とダンスが続きました。最初は「春」。ここではバッハのヴァイオリン協奏曲第2番の第3楽章が演奏されまいた。三拍子系の躍動感はあるけれども,激しくなりすぎることのない音楽に合わせて,白いドレスを着たダンスドライブ・ゼロのダンサーたち瑞々しいダンス。背景の薄い緑と合わせて,早春の気分があった気がしました。
続いて「初夏」。夏と言えば,活発なイメージがあるのですが,どこかけだるさのあるチャイコフスキーの弦楽セレナードの第3楽章という意外性のある選曲。金丸明子バレエスタジオのダンサーたちがゆったりとした美しさを伝えてくれました。そのままインターバルを置かず,音楽は一転してヴィヴァルディの「四季」の「夏」の第3楽章へ。このコントラストが鮮やかでした。鮮やかな色のドレスを着た中西優子ダンススペースのダンサーたちが,モダンで躍動感のあるダンスを見せてくれました。
「秋」はチャイコフスキーの組曲「四季」の中の「秋」によるダンス。もともとはピアノ曲なのでオーケストラ用に編曲された版でしたが,しっとりとしたムードがとても印象的でした。ダンサーは浅井杏里さん,義本佳生さん,リアム・ケインズさんによる濃厚な情感を漂わせた,意味ありげなドラマをもったダンス。赤い色合いの背景の中,大人の味わいが漂っていました。
「冬」はヴィヴァルディの「四季」の「冬」の第1楽章。ステージの色合いは紫系でした。横倉明子バレエ教室のメンバーによるダンスには,古典的な美しさがあると思いました。
最後の「フィナーレ」は,ヴィヴァルディの「四季」の「冬」の第2楽章。背景の色は「春」の時の薄い緑に戻り,ここまで出演したダンサーが全員登場して,優雅なダンスを披露。季節の循環を感じさせてくれました。最後の部分で,一列に並んだダンサーたちが腕の動きを使って波打つような形を見せてくれたのもとても綺麗でした。
続いて「ワルツ」のステージになりました。3曲のワルツに合わせて3つのバレエ団が踊った後,最後シュトラウスのポルカで楽しく締めるという構成でした。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの気分を彷彿とさせる内容でした。
エコール・ドゥ・ハナヨバレエのダンサーによる,ワルトトイフェルのワルツ「女学生」は音楽自体に勢いがあるのですが,それにぴったりの生きの良いダンスが素晴らしかったですね。曲想が変わるごとに,フォーメーションが鮮やかに変わり,ダンスにぐいぐい引き付けられました。紫の衣装のグループと黒の衣装のグループがそれぞれ引き締まって見え,格好良いなぁと思いました。
チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」のワルツは,ロドリゲスバレエスクールのメンバーによるステージ。音楽の方は,聞けば「ああこの曲か」と分かる音楽。曲の始めからオーケストラの各楽器の音が飛び交うのが楽しかったですね。その音楽に合わせてのしなやかなダンスでした。
ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「水彩画」は,K BALLET STUDIOのメンバーによる引き締まった優雅さのあるダンス。白いドレスによるワルツにはロマンティックな気分があり,ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでの映像を思わせるムードががありました。
このコーナーの締めはワルツではなく,ヨハン・シュトラウス2世のポルカ「浮気心」。ロドリゲスバレエスクールのメンバーによる躍動感のある,列になって踊る舞台は,音楽の気分と合わせて,どこかフレンチ・カンカンを思わせる感じ。素晴らしい「中締め」となっていました。
最後のコーナーは,ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」組曲のステージ。フィギュアスケートでお馴染みになった「ワルツ」をはじめ,松井慶太さん指揮OEKによる濃厚さのある音楽に乗せて,情感あふれるダンスを楽しむことができました。このワルツでは冒頭から低音がズシリと響き,音楽堂で聞くバレエならではの臨場感を楽しむことができました。
続く「ノクターン」「ロマンス」などの静かな曲での大人のムードも良かったですね。音楽だけで聞く以上にロシア音楽の濃厚さを体感できました。「マズルカ」では水谷さんのヴァイオリンも活躍していました。
フィナーレは「ギャロップ」。道化役のダンサーに先導されて,出演者全員による楽しくキレの良いダンスが続きました。最後の部分では,パイプオルガンのステージにもダンサーが登場し,ステージ全体が華やかな気分に包まれて終了。全員揃って,美しく並んだ立ち姿を観るだけで楽しい気分が盛り上がりました。最後は盛大な拍手が長く続きました。
「ステージアートの世界」公演は今回初の試みでしたが,生オーケストラと一緒に色々なダンスやバレエを楽しめるということで予想以上に見応えがありました。多くの団体が関連する企画なので,準備が非常に大変だとは思いますが,今後,別の演目での続編に期待したいと思います。
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