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山田和樹@音楽堂:未来へのメッセージ:(東京混声合唱団,オーケストラ・アンサンブル金沢,2023年03月15日)

2023年03月15日(水)19:00~石川県立音楽堂 コンサートホール

1) マーラー/花の章
2) 佐藤眞(作詞:大木惇夫)/混声合唱のためのカンタータ「土の歌」
3) 武満徹/「うたI」~「明日ハ晴レカナ,曇リカナ(作詩:武満徹),「恋のかくれんぼ(作詩:谷川俊太郎)
4) 武満徹/「うたII」~「○と△の歌(作詩:武満徹),「さくら(日本古謡)
5)日本の唱歌:四季をうたう(メドレー編曲:三浦秀秋)
岡野貞一(作詞:高野辰之,編曲:鈴木行一)/春の小川
團伊玖磨(作詞:江間章子,編曲:鈴木行一)/花の街
小山作之助(作詞:佐々木信綱,編曲:鈴木行一)/夏は来ぬ
成田為三(作詞:林古渓,編曲:鈴木行一)/浜辺の歌
服部良一(作詞:久保田宵二,編曲:山口)/山寺の和尚さん
わらべ歌(編曲:鈴木行一)/ずいずいずっころばし
山田耕筰(作詞:北原白秋,編曲:鈴木行一)/この道
山田耕筰(作詞:三木露風,編曲:鈴木行一)/赤とんぼ
いずみたく(作詞:永六輔,編曲:鈴木行一)/見上げてごらん夜の星を
金子詔一(作詞:金子詔一,編曲:鈴木行一)/今日の日はさようなら
6) (アンコール)磯部俶(作詩:室生犀星)/犀川
7) (アンコール)/山本直純(作詞:坂田寛夫)/歌えバンバン

●演奏
山田和樹指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,5-7,東京混声合唱団*2-7,OEKエンジェルコーラス*7

Review

近年ますます国際的に活躍の場を広げている山田和樹さんが東京混声合唱団(東混)とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)を指揮する特別公演が石川県立音楽堂コンサートホールで行われたので聴いてきました。

山田さんが初めてOEKを指揮したのは,2006年4月,岩城宏之さんが亡くなる直前の北陸新人登竜門コンサートでした。この時,山田さんが岩城さんの代理で登場したことを覚えています。そして,岩城さんが最後に指揮をしたのは,2006年5月24日の東混の公演。現在,東混の音楽監督をされている山田さんは,いろいろな点で岩城さんの意思を受け継いだ指揮者ということがいえそうです(ちなみに現在山田さんは東混の理事長も務めており,かつての岩城さんと同様の立場とのことです)。

今回の公演は,「山田和樹プロデュースによる東混&OEKの特別企画」というチラシの言葉どおり,オーケストラと合唱のための作品が色々と演奏されました。日本の曲を多く取り上げている点でも岩城さんの精神を引き継いでいると言えます。

最初にまず,全体の序曲のような感じで,マーラーの「花の章」がOEKのみで演奏されました。OEKがマーラーを演奏したことは...「大地の歌」の室内オーケストラ編曲版を演奏したことがありますが,それ以来のことかもしれません。もともとは,交響曲第1番「巨人」の中の1つの楽章として作られたのですが,その後,削除されており,忘れられた存在になっていた作品です。ただし,ものすごく美しい作品で今回のように単独で演奏される機会も増えてはいるようです。

冒頭,ザワザワとした静かな雰囲気の中から,パッとトランペットソロが出てきて,何ともいえず魅力的なメロディを演奏します。この日はエキストラの方がソロを担当されていましたが,まるで花が開くような感じの暖かな華やかさがありました。山田さん指揮OEKも,リラックスした柔らかなムードを作り上げていました。中間部になると,しっとりした感じになり,色々な楽器がソリスティックに活躍。マーラーの管弦楽伴奏付きの歌曲といった気分になります。曲の最後は,ハープの音だけが静かに残る感じで終了。マーラー版「無言歌」といった感じの名曲だなぁと思いました。

この曲を選んだ理由として,山田さんはトークの中で,「この日の公演は「花」がキーワード」といったことを語っていました。これは,次に演奏された,「土の歌」にもつながり,希望の種を撒いて,最後に実を付けるといった思いが込められているとのことでした。

その佐藤眞作曲「土の歌」については,最後の楽章の「大地讃頌」だけは,卒業式の定番曲(現在も同様でしょうか?時期的にぴったりですね)として有名ですが,オーケストラ版での全曲演奏となると...結構珍しいのではと思います。岩城さんが東混と初演を行い,その後,レコーディングも行っている曲ということで,ここでも岩城さんとのつながりが出てきます。実は,古臭い曲かなという先入観を持っていたのですが,今回,じっくりと聴いてみて,いまだに世界のどこかで戦争が続く現代でもリアルに響く曲。最後の「大地讃頌」は救いの音楽のように感じられました。

第1楽章「農夫と土」から,東混の皆さんの声がヴィヴィットに飛び込んできました。東混の皆さんは,依然として,マスク着用での演奏でしたが,くっきりと歌詞が聞き取れ,しかも優しさを感じました。特に高音部がきれいで,歌詞応じて,瑞々しく表情が変わっていくのがとても魅力的でした。

第2楽章「祖国の土」は,社会主義時代のソヴィエトの音楽を思わせる明快なマーチ。その点で少し古いタイプの音楽に感じましたが,その,すっきりとした軽快さは何とも言えず心地よかったですね。

第3楽章「死の灰」は,低音のリアルな音をベースに,感情をダイレクトに歌ったような迫力のある音楽。じっくりと語りかけてくるような部分もあり,「人間の愚かさ」に対する,怒り,悲しみがシリアスに伝わってきました。楽章の最後の強烈な音には,実演ならではの迫力がありました。

第4楽章は「もぐらもち」。コントラファゴットが活躍し,どこかユーモラス。その後に続く,クラリネットの高音との対比が楽しかったですね。

第5楽章「天地の怒り」は,再び激しい表現力を感じさせる曲。打楽器やトロンボーンが活躍し,聞き手にぐっと迫ってくる迫力がありました。それと同時に,格好良さもありました。

第6楽章「地上の祈り」は,やさしい表情の女声合唱で開始。前楽章との対比が素晴らしく,その後,弦楽合奏による室内楽風の部分になったり,ホッと一息付くことができました。しかし,その後の低音によるドスの効いた(?)声で,リアルなお経のような部分になり,一気に反戦への祈りの場面になりました。トロンボーンやトランペットが加わるとどこか弔いの音楽のようにも感じられました。そして,じわじわと染みるように音楽が大きく盛り上がって,大きなクライマックスを作っていました。

そして第7楽章「大地讃頌」になります。まず,最初の弦楽器による静かなトレモロが美しかったですね。何かこの音を聞いただけで感動してしまいました。その後,合唱がゆっくりと感動を秘めて入ってきます。その後もオーケストラの音の鮮烈さが美しく,トランペットの音が入ってくると,救いの曲,希望の曲なのだなぁと感じました。この曲については,「大合唱」という印象を持っていたのですが,東混の皆さんは非常に丁寧に美しく歌っており,最後の部分の「アー」の声が本当に晴れやかに響いていました。

後半は,武満徹作曲・編曲の合唱曲集「うた」の中から4曲が歌われました。前半,東混の皆さんは通常通り,オーケストラの背後に立っていましたが,この曲集は,ア・カペラということで,オーケストラ・メンバーの空席の椅子の間に男女バラバラに配置するというスタイルで歌われました。堅苦しく歌うよりも,リラックスした感じで歌う方が相応しい曲もありましたので,全く違和感は感じませんでした。山田さんも余裕たっぷりの指揮ぶりでした。

最初に歌われた「明日ハ晴レカナ,曇リカナ」は,元々は武満さんが映画の撮影現場で鼻歌交じりで作ったような曲。さらっと歌われていましたが,その中に繊細な表情の変化がありました。明るさの中に哀しみが滲んでいるような感じもあり,シンプルな歌詞なのに多彩さを感じました。

「恋のかくれんぼ」も緩急自在の心地よい歌でした。「○と△の歌」の時は,山田さんはほとんど指揮をしていない感じで(バラライカという歌詞が出てくると,お客さんの方に向かって△を作って見せていました),リラックスした気分が伝わってきました。このコーナー最後の「さくら」では,武満さんならではの複雑なハーモニーの魅力を楽しむことができました。どこか臈長けた空気感が漂い,花見をしたときに感じる幻想的なムードを味わうことができました。

演奏会の最後は,日本の唱歌集でした。唱歌集でプログラムが終わる構成は意外だったのですが,全10曲がメドレーで演奏されていたことに加え,スケルツォのように響く曲があったり,緩徐楽章のように響く曲があったり,全体として4楽章の交響曲のようにも感じられたのが面白かったですね。

最初の曲は「春の小川」。籠もったような感じで始まった後,パッと景色が広がるようにくっきりと歌われる対比が面白かったですね。「花の街」は,イントロ部分の半音階の音の動きが懐かしかったですね。この曲集では,鈴木行一さんによる編曲が多かったのですが,オーケストラの響きも鮮やかでした。

春に続いては,「夏は来ぬ」「浜辺の歌」と夏の曲。「浜辺の歌」では,ヤングさんのヴァイオリンやトランペットのソロも活躍。とても気持ちの良いアレンジでした。

その次の「山寺の和尚さん」「ずいずいずっころばし」はユーモラスな味を持ったリズミカルな曲ということで,全体の中ではスケルツォ的でした。「山寺...」の方はジャズ的な味わいもあり,改めて,服部良一さんの名曲だなと思いました。

続いて,山田耕筰作曲による「この道」と「赤とんぼ」。この2曲はたっぷりと歌われたので,全体の中では緩徐楽章的な位置づけでした。「この道」では,男声のソロも出てきましたが,往年のテノール,藤原義江のようなイメージがあるかもと思って聞いていました。

最後の2曲は「見上げてごらん夜の星を」「今日の日はさようなら」。唱歌というよりは愛唱歌といった方が良い,昭和後半の歌謡曲的な作品でした。どちらも大きな弧を描くような,大らかな気分を持った歌でした。特に「今日の日は...」の方は,一日の終わりが音楽とともに解けていくようで,シンプルだけれども聞き応え十分。最後はティンパニのロールとともに,大きく盛り上がって終了しました。

その後,客席前方の席で「お客さん」として聞いていたOEKエンジェルコーラスのメンバーを交えてのアンコールとなりました,が,準備するまで少し時間が必要ということで,その間に磯部俶「犀川」(一種のご当地ソングですね)が歌われました。演奏前に,山田さんが「世界三大河川といえば,ドナウ,モルダウ,犀川」とさらっと言ってましたが,これは初耳でしたね。ただし,「川をモチーフにした名曲」ということは言えそうです。室生犀星作詞ということで,どこか品格が漂う感じでした。

準備が整った,OEKエンジェルコーラスがパイプオルガンの前のステージに登場し,最後に全員で,山本直純作曲「歌えバンバン」が歌われました。まさに昭和の愛唱歌といった曲が生き生きと歌われました。山田さんは指揮をする...というよりは...歩いていましたが,そのテンポ感は手拍子にもぴったり。曲の最後の部分では,「オーレ!」の掛け声に合わせて手の動作も入り,会場は大きく盛り上がりました。東混の皆さんのノリノリの動作は,マツケンサンバに負けないのではと思いました。

終演後は,東混のメンバー全員退場するまで拍手が続いていました。コロナ禍の影響でエンジェルコーラスはしばらく活動を休止するなど,金沢近辺の合唱愛好家の皆さんは,長らく欲求不満が溜まっていたことと思いますが,この日の東混の皆さんの多彩な歌を聞いて,溜飲が下がったのではと思いました。多くの人にとって,待望の合唱公演だったのだなと改めて思いました。

PS.
翌日は次の公演が,同じ音楽堂の交流ホールで行われました。今回の公演のチケットを持っていると「500円」になったのですが…2日連続だと少々大変だったので,残念ながら断念しました。

PS2.

次の公演も注目です。エルガーの交響曲第1番が金沢で演奏されるのは初めてのような気がします。


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