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オーケストラ・アンサンブル金沢第458回定期公演フィルハーモニー・シリーズ

2022年9月18日(日)14:00~石川県立音楽堂コンサートホール

  1. コダーイ/ガランタ舞曲

  2. ピアソラ(デシャトニコフ編曲)/ブエノスアイレスの四季(ブエノスアイレスの秋,ブエノスアイレスの冬,ブエノスアイレスの春,ブエノスアイレスの夏)

  3. (アンコール)パガニーニ/カプリース~第5番

  4. ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調,op.55「英雄」

●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)1-2,4
神尾真由子(ヴァイオリン2-3)

Review

オーケストラ・アンサンブル金沢の2022/23定期公演シリーズの幕開け,そして,広上淳一さんのアーティスティック・リーダー就任記念の演奏会を石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。

広上さんは,ここ数年,頻繁にOEKを指揮されていましたので,今後も登場回数的にはそれほど変わらないのかもしれないのですが,この日の公演を含め,9月になってから一気に「広上さんらしさ」が浸透し始めたなぁと実感しています。ここしばらくは,”リーダーのリーダー・シップにワクワク”という感じが続きそうだと思いました。

この日は広上さんの「等身大(多分)パネル」がホール内に沢山出ていました。「一気に変わった!」と感じたのはこのパネルの力が大きそうですね。可能な限り撮影してみました(本当に沢山ありました)
お客さんもよく入っていました。ほぼ満席だったとのことです。

この日は”就任記念”ということで,演奏会に先立ちセレモニーがありました。演奏会の前の「あいさつ」というのは,個人的にはあまり好きではないのですが,この日の馳石川県知事,村山金沢市長の挨拶を聞いて,広上さんとのコラボレーションの力で,OEKの方向性も結構大きく(良い方に)変わっていくのでは,という期待を持ってしまいました。そして,広上さんの「ことば」がいつもどおり素晴らしいかったですね。自然に前向きな気持ちにさせてくれます。金沢市の人口規模,観光資源の上にOEKが重なり,さらには,このコンパクトな距離感を活かして,団員と市民の個人レベルでのつながりが強まっていけば,現在以上にOEKは金沢市民に親しまれる存在になるのでは,という期待感を持ってしまいました。そんな就任あいさつでした。

演奏会の方は,コダーイのガランタ舞曲で始まりました。7月の広上さん指揮によるOEK定期公演は,ハンガリー狂詩曲がトリでしたが,それの続編のような緩急自在の楽しい音楽でした。

まず,のびのびと,しかし,平然とチェロからホルンへと続くメロディで開始。その後は木管楽器が活躍。前述の広上さんのの挨拶の中で,「団員個人のファンになって欲しい」という言葉があったのですが,この演奏を聞いて,特にクラリネットの遠藤さんのファンが増えたのではと思いました。たっぷりと聞かせるソロでした。弦楽器合奏のみずみずしい響きものびやか。各楽器がくっきりと聞こえてくるのが良いと思いました。コーダの部分でも慌てず,騒がず。ただし,楽しく弾んだ演奏。緩急自在に楽しませてくれました。

2曲目は神尾真由子さんのヴァイオリンとの共演で,ピアソラ(デシャトニコフ編曲)の「ブエノスアイレスの四季」が演奏されました。OEKはマイケル・ダウスさんの弾き振りでこの曲のCD録音を残していますが,そのスタイリッシュな恰好良さのある演奏とは一味違い,全般にテンポを遅めに設定し,この曲集の持つ,「怪しい楽しさ」のようなものを,広上さん指揮OEKと一体になって,より鮮明に伝えてくれました。神尾さんのヴァイオリンでピアソラを聞くのは初めてでしたが,演歌の世界に近いようなむせぶような情感を感じさせてくれたかと思えば,ヴィルトーゾ風の華やかさを聞かせてくれたり,神尾さんの表現力の幅の広さを存分に味わうことができました。

曲順は「秋」から開始。定期公演のスタートを意識していたのかもしれないですね。コントラバスの打楽器的な音が聞こえきた後,チェロがかなり長いソロを演奏。この日は客演首席奏者の伝田正則さんが担当されていましたが,一気に夜のムードに切り替わった感じでした。これに応えて出てきた神尾さんのヴァイオリンも妖艶でした。ヒステリックなくらいピリピリした感じになったり,起伏の大きな演奏を聞かせてくれました。

「冬」もメランコリックなチェロが活躍。これを受けての神尾さんのヴァイオリンもすすり泣くようなせつなさ。だんだんとテンションが上がっていく感じでした。

「春」は,首席奏者による室内楽的な雰囲気で開始。広上さんの設定するどっしりとしたベースの上で,ピアソラ風タンゴをがっちりと演奏している感じ。じっくり濃いムードの漂う演奏でした。最後の部分に,ヴィヴァルディの「元祖・四季」の「春」のフレーズが弦楽器に出てくるのですが,マイケル・ダウスさんのCDではチェンバロで演奏していたと思います。最後の部分,腰砕けのような感じで終わるのがデシャトニコフらしさでしょうか。ユーモアを感じました。

最後は「夏」。こちらもドスの効いたリズムによるゴージャスなサウンドの後,吸い込まれていくような静かな世界へ。神尾さんのヴァイオリンだけが取り残されるようなフレーズが出てくるのですが,ちょっと狂気の世界に触れているような趣きも感じました。そして,この曲のエンディングもヴィヴァルディのパロディ。独特の面白さがあるアレンジでした。

というわけで,今回の演奏を聞いて改めて感じたのは,ピアソラ作曲というよりは,編曲者のデシャトニコフの力がとても大きいのではということです。要所要所で出てくる「本家・四季」のパロディのようなフレーズはデシャトニコフのオリジナルだし,「夏」の最後では,「本家・夏」を過激な不協和音で聞かせたり,最後は腰砕けになるような脱力した感じで締めたり(楽しんで演奏している感じでした)...ウィットが効いたアレンジになっています。プログラムの飯尾洋一さんの解説によると,デシャトニコフは1955年,ウクライナ生まれの作曲家ということで,他にもこの方の作品を聞いてみたくなりました。

この演奏の後は神尾さんの独奏によるアンコールがありました。どうみてもパガニーニという曲...もう息をする暇がないのではという急速な音の動きが続く演奏で,会場は茫然という感じになっていました。お見事でした。後で確認したところ,やはり,カプリースの5番でした。

公演の最後は,ベートーヴェンの「英雄」でした。OEKも色々な指揮者と演奏してきた曲ですが,恐らく,過去OEKが演奏してきた「英雄」の中で最長だったと思います。広上さんのテンポ設定はかなり遅め,しかも,第1楽章の繰り返しをしっかり行っていましたので,全体で1時間ぐらいかかっていたのではないかと思います。

というわけで,まさに巨匠の「英雄」でした。広上さんの手のひらの上で,OEK団員がのびのびと演奏しつつ,要所要所でビシッと引き締める,そういった感じの演奏だったと思います。キビキビとした熱い「英雄」も良いのですが,この日の「英雄」を聞いて,「さすがリーダー」という思いを新たにした会員も多かったのではないかと思います。

第1楽章はまず力強く,バン,バンと2発。奇をてらわない潔さを感じました。その後はゆったりと大河の流れのよう。各パートが自発的に気持ちよさげに演奏しているような風情。アクセントもそれほど強調していないな...と思っていたら,要所では強烈な連打。広上さんも拳骨を突き出してパンチを連発されていました。その後も丁寧にフレーズをつないでいき,木管楽器などがくっきりと聞こえてきたり,基本的にとても円満な雰囲気がありました。

第2楽章も,うごめくようなコントラバスな音に続いて,何のてらいもなく,加納さんのオーボエがくっきりと聞こえてきました。その後,気分が明るくなったりしますが,楽章全体を通じて染み渡る美しさを聞かせてくれました。楽章中盤は大きな盛り上がり。この部分でのトランペットを中心とした高揚感が良かったですね。誇り高き英雄という感じでした。楽章後半のフーガの部分もじっくりと美しく聞かせてくれました。

第3楽章も落ち着いたテンポの上で,各パートが対話を重ねていくような演奏。中間部のホルンは,ちょっと音にばらつきがあるような感じでしたが,それが野性味に感じられました。

変奏曲形式の第4楽章前半も,くっきりと各変奏を描き分けていました。そしてしなやかな流れを感じました。途中,木管合奏に出てくる,,音階を駆け上がるようなフレーズが個人的に大好きなのですが,この部分のあでやかさも素晴らしかったですね。

そして,特に印象的だったのは,楽章の後半部です。この部分について,岩城宏之さんは,「遅いテンポで演奏した方が絶対良い」という持論を著書で披露されており,私もその説に感化されているのですが,今回の演奏は,まさにそれと同じテンポ感でした。さらには,ティンパニの強打(バロックティンパニを使っていたこともあり,とてもカラッとした感じ),ホルンの雄大な強奏も印象的で,ヴァイオリンの痛切な響き...個人的に「こういう「英雄」を聞いてみたかった」と頭の中で思っていた演奏が実現した感じでした。最後は第1楽章の最初の音に呼応するように,ティンパニを核として力強く壮大にバシッと決めてくれました。

というわけで,本日の公演も終わってみると2時間30分くらいでした(最初のセレモニーも含めてですが)。9月以降,広上さんの登場する演奏会を2回聞きましたが,改めて,「良いクラシックの音楽会」というのは,純粋に「良い音楽」だけでは成り立たないのだなと感じてします。演奏者と聴衆の時間と空間の共有をどれだけ楽しく,濃密なものにできるか,ということに掛かってるのではと思いました。9月以降,ものすごい行動力で動きまわっている広上さんの姿を見ながら,一気に石川県立音楽堂という場が,何か良いことがありそうな場に変わってきているのを多くの人は実感している気がします。

この公演後,広上1&OEKは,このプログラムで全国各地でツァーを行います。是非,全国各地でファンを増やしてきて欲しいと思います。

この日の公演ですが,石川県では10月23日に北陸朝日放送で放送されるとのことです。

PS.

この日,音楽堂で目についたのは...広上さんの等身大パネル(上記のとおり)。一緒に写真を撮っている人の姿も見かけましたが,音楽堂の新名物になりそうです。

そして...就任記念のどら焼き。終演後,全員にプレゼントされました。

色々な広上グッズが出てきても楽しそうです。個人的に期待しているのは,「広上モデル,鍵盤ハーモニカ」です。広上さんと皆で合奏する機会があれば,参加してみたいですね。

PS2.

最後に音楽堂周辺の写真をあれこれ紹介しましょう。

この日もBLUE MONDAYコーヒーさんがカフェコンチェルトに出店していました。公演前に店の前を通りかかったので確認してみると,次の看板が出ていました。

9月中旬ということで,石川県立音楽堂邦楽ホールで行われる「金沢おどり」の雪洞も出ていました。

PS3.

帰宅後,「どら焼き」を食べてみました。個人的には…この際,広上さんの顔をデザインした焼き印が入っていても良いのではと思います。広上さんがいつも来ている,シンプルな「〇EK」だけも良いかも。


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