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お絵描きのメカニズム 第4巻 〜「知識の検索」と「気分の高揚」〜

TOPICS|必要なタイミングで知識を思い出す「記憶の活性化」と、絵を描くモチベーションを高める「高揚」|

前回の記事の「お絵描きのメカニズム第3巻 〜知識のカテゴライズ〜」に引き続き「お絵描きのメカニズムver1.0」の最後のシリーズとなります。ver2.0にアップデートする考察はすでに開始されていますが、まずは土台となるver1.0の完成となります。

今回で下図の目次は一通り網羅されました。第2部の表現内容については未定です。

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第4章 練習タイプ4(思いつき・機械的)

第1節 活性化・維持リハーサル

お絵描きのウォームアップの目的は「記憶の活性化」と「高揚」

この工程はウォーミングアップをすることが目的です。そして何を温めるのかというと「記憶」です。普通は筋肉をほぐして動きやすくすることをウォームアップと言いますが、ここでは過去の練習の記憶を活性化させて明確に思い出した状態に準備することを目的とします。ここでいう記憶とは、習得済みの技術や知識、練習中の課題、作品テーマ、イメージしていた構図やストーリー、モチベーションや目的意識などです。そういった漠然とした記憶を実作業の直前に駆動させることで、過去の記憶や感情を「覚えている状態」から「考えている状態」に移行させることを活性化と呼んでいます。手の筋肉がほぐれないこともないですが、お絵描きはそれほど激しい運動を伴わないので肉体的なウォームアップはあまり関係がないと思われます。肉体的ではなく精神的な目的、記憶の活性化とは言い換えれば思考の初期設定を施していることになります。

また、記憶だけでなく作業環境の初期設定にも効果を発揮します。練習を行う前に実際に運動を伴う工程を経ることで、画材の配置や線を描く姿勢などの作業環境を最適化や整理整頓することができます。これもある意味では記憶の活性化に近い行為で、画材の再配置はいつも通りの環境を構築することで過去と現在の空間的な記憶(映像記憶・手続き記憶)の互換性を高めること、線を描く姿勢の初期設定は筋肉の移動距離や運動軌道といった手続き記憶の活性化も期待できます。

本番前に行う練習には作業環境の整理という意味以外に、精神安定や精神統一という効果もあることが科学的に提唱されています。アスリートが競技直前に音楽を聴いたり、タオルをかぶって俯いていたり、野球のバッターがお決まりの軌道でバットを振りかざしたりという光景を見たことがありますが、これらも競技に臨む精神状態をインストールするためです。このようにメンタル面をコントロールする目的のお決まりの行為を「ルーチン」と呼ぶそうです。ここからは憶測ですが、ルーチンが持たらす精神安定の正体は成功体験の記憶による気分の高揚ではないかと考えます。例えばイチローのバットをかざす仕草は、課題設定をしているためある程度狙い通りに打てるよう練習中に繰り返しバットをかざし、「バットをかざす=気持ちよく打てる」という自己暗示がかかるように洗脳、もとい、マインドコントロールしているのだと思います。

これに近い概念として、心理学用語で「随伴性の学習」といいうものがあります。これは、練習に収穫が伴う状態の学習のことで、つまり上達する練習ができている状態を指しています。逆に、練習に収穫が伴わないことを「非随伴性の学習」といい、これを脱却できないと学習性無気力に陥りスランプを引き起こすといいます。要は、普段から随伴性の学習を行えるよう注意深く練習に臨んでおき、ルーチンを行うことで練習中に抱いていた精神的な高揚を思い出すわけです。有名な実験の「パブロフの犬」と全く同じ原理で、つまりは条件反射です。これらを踏まえると、ルーチンとは精神安定や高揚感が得られた随伴性の学習の記憶を条件反射的に活性化するようトリガーを引く行為ということになります。トリガーを引く手応えが得られた時、最適な状態のメンタルの初期設定が整います。これはモチベーションを維持することに応用ができるため、研究する価値があります。


活性化させるのは「長期記憶」

さて、練習タイプ4(思いつき・機械的)を行うメリットをいくつか挙げましたが、もう少し記憶の扱いを理解するために専門的な説明をしておきます。「記憶を活性化させる」という行為は必然的に長期記憶の中からのみ可能です。なぜかというと、活性化させたい記憶はすなわち非活性状態にあり、非活性化するには長時間放置される必要があり、それだけの長時間に渡り記憶を保持できるのは長期記憶しかありません。

まず、記憶にはいくつか種類があり、それぞれ記憶保持の制限時間があることについて簡単に説明しておきます(詳しくは「第2節 記憶の構造と機能 〜ワーキングメモリを理解するために〜」の項目)。アイコニックメモリは数百ミリ秒、短期記憶は数秒、というように非活性化するほどの時間を放置すれば忘却されてしまうものばかりです。さらに、ワーキングメモリはそもそも長期記憶の中から活性化させた記憶を保持するものなので除外します。よって、練習タイプ4(思いつき・機械的)は長期記憶の中から必要な記憶を活性化させるものなります。そして、長期記憶とはいわゆる覚えているもの全般を指すので、知識や技術に関する記憶以外にも、思い出、思い込み、思い入れ、などといった創作意欲に関わる記憶も活性化の対象となります。

お絵描きのメカニズムにおける記憶の「活性化」という行為は、思考の「初期設定」または「最適化」と解釈できるということを覚えておくといいかもしれません。そして活性化、初期化、最適化された記憶や思考は、ワーキングメモリという記憶領域において処理されることとなります。


第2節 記憶の構造と機能 〜ワーキングメモリを理解するために〜

ここで記憶の構造と機能についての基礎知識を説明しておきます。一言に記憶といっても目的によって保持できる時間や詰め込める情報量が異なる様々なタイプの記憶があります。ここでは知識のインプットからアウトプットまでの過程でどのような種類の記憶がどのような順序で働くのか、そして、それらはどれ程の時間を忘却せずに保持できるのか、さらに、それぞれの記憶で扱える情報の形式や容量はどのようなものなのか、について、記憶のメカニズムに関する3つの項目を挙げて解説していきます。


1つ目「記憶の種類と順序」

まず1つ目の項目は「記憶の種類と順序」についてです。基本的な記憶の状態は4段階あると考えられています。第1段階は五感で外界から受け取った刺激の感触を数百ミリ秒だけ記憶できるアイコニックメモリ。第2段階はアイコニックメモリに保存された記憶をコード化する処理のために数秒間だけ記憶できる短期記憶。第3段階は短期記憶に保存されたコードが自身の知識体系に対してどのような位置付けになるかを吟味して長期間に渡り記憶できる長期記憶。第4段階は長期記憶に保存された知識体系から作業に必要な知識を一時的に呼び出すワーキングメモリ。偶然にもお絵描きのメカニズムでは、分析サイクルがアイコニックメモリから短期記憶に移行させる工程、上達サイクルが短期記憶から長期記憶に移行させる工程、集中サイクルが長期記憶からワーキングメモリに呼び出す工程、に対応しています。


2つ目「記憶の保持時間」

続いて2つ目の項目は「記憶の保持時間」についてです。上で軽く触れましたが記憶の保持時間はそれぞれ、アイコニックメモリはほんの一瞬、短期記憶は数秒、長期記憶は貯蔵可能、となっています。ただ、ワーキングメモリにおいては少し特殊で、記憶は保持するのではなく呼び出すものとなります。これは他の記憶と異なり、覚えることではなく作業を処理することが目的であるがゆえに、リアルタイムで変化していく状況に対応させて呼び出す記憶も更新していかないといけないからです。仮に、ワーキングメモリに記憶を呼び出しす必要がない作業だとしたらそれは思考を伴わない作業ということで、つまり技能を発揮するまでもないただのルーチンワークです。ワーキングメモリを必要とする作業はある程度高度な作業であり、その瞬間ごとに長期記憶を検索して最適な知識の装填された原理スロットを組み上げる必要があります。ワーキングメモリとは、すなわち保存管理ではなく思考処理するための記憶領域ということです。

また、ワーキングメモリと短期記憶はよく似ていますが、記憶の処理の時系列を見ると理解できます。ワーキングメモリとは、作業するために必要な知識を長期記憶から呼び出して一時的にストックするための記憶領域です。それに対し、短期記憶とは、五感で受け取った刺激の感触(アイコニックメモリ)や勉強によって得た情報を長期記憶として保存可能なデータ形式に変換するための一時的な記憶領域です。ワーキングメモリは記憶を保持する必要がないのに対し、短期記憶はデータ形式を変換する数秒間は保持が必要となるのがそれぞれの特徴です。

ちなみに、アイコニックメモリが一瞬しか保持できないというのは、視覚で知覚したばかりの映像記憶がすぐに揮発すること、聴覚で知覚した音質がすぐに劣化すること、触覚で知覚した感触がすぐに薄れること、味、匂い、このような経験は誰もが持っていると思いますが、そういうことです。アイコニックメモリの生々しい感覚はすぐに揮発し、少なからず言語的に意味づけ(コード化)されて「ついさっきこのような感覚を認識した」という短期記憶や長期記憶に移行してしまっています。あと、面白い例を一つ挙げると、「一目見たら忘れられない風景」などという類のものは視覚で認識しただけで長期記憶に貯蔵されているわけですが、これはすでにコード化されている「感動」というコードと瞬時に結合されるという、なかば事故のように記銘されているのだと思います。理屈じゃ無い、というやつですね。


ワーキングメモリと短期記憶の違い

補足ですが、ワーキングメモリと短期記憶の違いに触れられている、京都大学大学院文学研究科教授の苧阪直行(おさかなおゆき)による心理学教室の特別公演の文献『前頭前野とワーキングメモリ』から引用します。まず記憶とは、「過去に経験したり学習したことの記銘とその想起をさす」ものであるという。そしてワーキングメモリとは、「未来を志向した記憶であり、行動や認知のプランを考えたり、その実行と関わる記憶を指す」もの、「中間の結果をもとに最終の結果をさらに計算する」ものであるという。また、短期記憶が「保持の機能のみに注目する受動的な一時記憶」であるのに対し、ワーキングメモリは「保持と処理の双方にかかわる能動的かつ目標志向的な一時的記憶」であり「情報を更新したり調整したりする」という。ワーキングメモリとは、「学習した知識や経験を絶えず長期記憶から検索参照しながら、適応や問題解決に向けて方略を選択してゆくという目標志向的な性質も合せ持つ」ものであるという。また、「志向や認知などの高次認知の基盤を担うとともに、行為やプランを準備し、実行するためのアクティブな記憶」であるとも。


リハーサルとは

ここで、記憶の保持時間を意図的に延長するリハーサルという行為について説明しておきます。リハーサルと言っても心理学用語としての意味ですが、これは記憶が揮発しないよう同じ記憶を繰り返す、もしくは持続的に認識し続ける行為のことで、さらに維持リハーサルと精緻(せいち)化リハーサルなどに分類されます。まず維持リハーサルとは、短期記憶の忘却を防ぐために脳内で反復することで、例えば、覚えた数桁の数字や、ふとインスピレーションが降りてきたメロディなどを忘れないように脳内でループすることなどがあります。そして精緻化リハーサルとは、短期記憶を長期記憶に移行させるため、または長期記憶として管理するためにカテゴライズするために記憶の内容を吟味することで、例えば、単に理解するために考察する思考であったり、野球のバッティングのフォームを微調整するために素振りしたりすることなどがあります。

維持リハーサルを行なっている時点ではまだその記憶には明確な意味づけがなされていないため止めた途端に記憶が揮発してしまいます。それに対し、精緻化リハーサルは考察しながら少しずつ意味づけが進んでいるため止めた時点までの考察内容の一部は長期記憶に移行できています。そうすると、維持リハーサルとは、観察(認識)対象から精緻化リハーサルで吟味するための考察材料を採取する間の思考行為と解釈できます。要は、リハーサルとは心理学用語としても単に練習や勉強と同義ということですね。


3つ目「記憶の形式と容量」

最後に3つ目の項目の「記憶の形式と容量」についてです。形式は主に「言語」と「非言語」と「準言語」に分類され、感覚的な記憶より意味記憶を発達させた人類にとってそれに詰め込める意味的情報量からしてより言語的な形式の方が容量が多いと考えられます。

まずアイコニックメモリは五感で認識した刺激(直感)という非言語的な形式を持つ記憶で、データ容量はかなり小さいと考えられます。

次に短期記憶は、漠然と言語化された擬音や準言語としての形式を持ち、それは言語として意味づけはされているが体系的な意味づけはされていない状態の記憶で、例えるならメタデータの付加されていないデータファイルみたいなもので容量もそれほど大きくはなりません。

そして長期記憶は、完全に言語化して整理された知識体系という形式を持ち、一つの記憶に対して意味記憶や手続き記憶やエピソード記憶などが紐付けされた、いわばメタデータだらけの記憶なのでそれなりに容量も大きくなりますが、それだけ完成度の高い情報を持つ記憶です。

最後にワーキングメモリは、一時的に呼び出された長期記憶なので言語的な形式を持つと思うかもしれませんが、それだとただ長期記憶を思い出しただけでまだワーキングメモリに格納されたわけではありません。長期記憶をワーキングメモリに呼び出すまでの処理は「想起」することですが、ワーキングメモリに呼び出された後は「思考」する状態でなければなりません。何を思考するときに言語的な形式の長期記憶のままでは情報容量が大き過ぎてスムーズな思考の妨げとなるため、ワーキングメモリに呼び出す予定のある記憶、すなわち技能に関する記憶は情報容量の少ない形式を持つ記憶に加工してから長期記憶に貯蔵しておく必要があります。この「情報容量を軽減させる」処理は短期記憶から長期記憶に移行させる際に行うコード化を指します。

つまり、ワーキングメモリで呼び出す予定の技能に関する知識は、短期記憶から長期記憶に移行させる精緻化リハーサルを行う段階で情報容量を削減しておく必要があるということです。そして、どこまで容量を削減すべきかというと、限られた7チャンクというワーキングメモリの最大容量の中で扱うのに適切な容量まで削減する、というのが適切と言われています。チャンクとは、意味づけがされていなくとも記憶しておけるひとまとまりの情報量のことで、例えば電話番号やパスワードのようなものを一時的に覚えておくときに機能します。この1チャンクとは数列だと5~7ケタ程度の情報量にあたります。大体その程度の情報量でワーキングメモリに想起する準備を整えれば、絵を描く時の思考に安定感が出てきます。

何かを練習するとき「このようにやれば上手くできた」という経験をしたとして、それをそのまま長期記憶に移行させてしまうとそれはエピソード記憶として貯蔵され、エピソードは文脈として想起するため情報容量を削減するためにワンクッションの余計な思考が必要となり、技能の発揮を阻害します。「上手くできた」根拠を考察してその技に名前をつけ、上位技能と紐付けすることで既にコード化された知識の関連情報として想起できる意味記憶として貯蔵するか、感覚的な筋肉の動かし方を抽象的なイメージ(擬音など)に当てはめて自身の潜在的な感性と関連づけることで曖昧な言語でも映像が想起されるよう手続き記憶として貯蔵する必要があります。

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記憶の種類・形式・容量・保持時間
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記憶の種類・性質・適正


記憶の流れの整理

それでは、記憶の処理の時系列を追って説明してみます。まず短期記憶は、分析サイクルで記号化した知識を長期記憶に定着させるために練習タイプ3(試し撃ち)を行う際に使う記憶領域です。これにより長期記憶が蓄えられ、ワーキングメモリに呼び出すための知識のライブラリが潤います。そしてワーキングメモリは、上達サイクルでカテゴライズして保存した知識を活性化させる練習タイプ4(思いつき・ルーチン)を行う際に使う記憶領域です。

おまけ。解釈の一つとして、4つの記憶の状態をPCに例えてみました。アイコニックメモリはカメラやマイクなどセンサー類、短期記憶はデータ形式の変換処理、長期記憶はデータライブラリ、ワーキングメモリはRAM、に似ています。RAM(Ramdom Access Memory)の機能と比較してみると、ワーキングメモリが作動記憶と呼ばれるのも頷けます。


第3節 集中サイクル

画力は触発させなければ発揮できない

他のサイクル(分析・上達・想起など)は描画技術をほぼ永続的に向上させるためのものですが、集中サイクルは一時的な能力向上を持たらすものです。絵の練習という行為をRPGゲームの戦闘に例えると、集中サイクルとは戦闘開始直後に能力上昇魔法を使用して、短時間で自身の能力を最高出力にチューニングするようなものです。

生物の脳は非常に多くの様々な思考を行い、常に新たな記憶を生み出し続けています。それらの記憶は無意識レベルにおいて重要度が評価され、覚えるべきものとそうでないものを分類して整理されていきます。このような無意識的な記憶行為に対し、ここまで述べた、記憶の活性化、作業環境の初期設定、メンタルのコントロール、などは意識的な記憶行為です。そもそも無意識的な記憶行為は生存活動に必要なことなので素の能力(本能)で完了できるように出来ているものですが、意識的な記憶行為は生きる上で必須とは言えないため思考によって補完する必要があります。

例えば、道のりを覚える、天敵の顔を覚える、危険回避の方法を身につける、などは無意識的にこなせますが、上手い絵を描く、テニスのサーブを速く打つ、将棋で起死回生の一手を打つ、などは長い時間をかけて意識的にコツを掴まなくてはいけません。コツという記憶は「完全に言語化されていない最適な問題解決方法」のようなもので、ある問題に直面した瞬間に想起する動機が発生するため、コツ単体だけを思い出すことは人に教えるときでもない限り必要ないものです。その想起する動機と、知識体系にある記憶を結びつける訓練が集中サイクルの目的です。


パニックになれば失敗する

ここでいう「能力の最高出力」というのは、記憶の検索システムの処理速度のことで、思考の流れがいかにスムーズであるかが求められます。もしも思考の流れが滞ってしまうと、思考によってコントロールされていた手の筋肉の方も止まってしまい、結果として絵が描けない、惰性で描ききってしまうということになります。手が止まってしまうのは、実は次の手順が思いつかなくてパニックになっているのです。それは予行練習をせずぶっつけ本番で絵を描き始めるから起こることで、その状態に陥ってから局面を切り抜けようと思考を巡らせるより、事前に対策を用意しておく方が効率的であるし、精神的負担も少なく済むはずです。

例えば、人前でスピーチするときに原稿を読み込む練習やアドリブの話題のストックを用意しておくことと同じで、それがなくては本番で頭が真っ白になって気まずい沈黙に陥り、それによりさらに焦ってパニックに陥るということを未然に防ぐために必要なことです。予行練習をせずに絵を描ける人はいるとは思いますが、そういう人は一日中絵のことを考えている様ないわゆる「お絵描きに向いている人」なので、わざわざそれと同じレベルを目指す必要はありません。仕事をするのと同じ様に、自分のペースでのお絵描きのモチベーションもコントロールできるようになれば良いだけのことです。慣れてないから絵を描くときに緊張するのであって、慣れるまでは集中サイクルを行うことをお勧めします。


一度着手すれば難なく進行できる法則のアレ

ウォームアップとして行う集中サイクルは、他のサイクルの流れから完全に逸脱していますし、この工程を経なくても絵は描けます。しかし、その方法で安定感を得られるのは毎日絵を描き続けている人に限られるはずです。1日仕事をして疲れて帰ってきて、短い時間で絵の練習をやっている人にとってはスイッチを切り替えるのが難しい日があると思います。やる気が出ない日や、やりたくても計画が立たないなど、絵を描き始めるまでのハードルが高く感じられる人は結構いると思います。お絵描きの初心者やたまに趣味で描く人は、集中サイクルを気楽に着手できる日課作業として行うといいと思います。


第4節 集中サイクルと先入観(プライミング)の関係

プライマーとは進行方向に吊るしたニンジンである

集中サイクルは、直後に使用する記憶を意図的に選択して活性化させることが目的です。わかりやすい言い方は色々ありますが、ウォームアップ、活性化、プライミング、前振り、アイドリング、イメージトレーニング、など、兼ね同じ行為だと思っていいでしょう。ただ、今挙げたうちプライミングに関しては科学的かつ総括的な意味を持っているため、集中サイクルを語るにはプライミングを主軸に据えて掘り下げていきます。

このプライミングとは、先行の「学習」や「記憶課題」が後続のそれらの成績に無意識的に影響を与える現象です。記憶課題とは、ある目的に従って物事を覚えたり判断したりすること、だと思う。また、先行して与えられる情報や刺激のことをプライマーといい、プライマーが適切であれば記憶や判断に意図的な影響を与えて制御することもできる。よって、集中サイクルとは、想起サイクルで行う印象抽出の精度を高めることが目的であり、それを達成するために必要な知識や記憶を活性化(プライミング効果)させるプライマーを自身に提示し、それにより呼び出された記憶や知識を原理スロット(ワーキングメモリ)に一時的に保持する工程と言えます。

上達サイクルで行う練習を練習タイプ3(試し撃ち)と呼ぶことに対し、集中サイクルで行う練習は練習タイプ4(思いつき・ルーチン)もしくは練習タイプ4(装填)などと呼ぶのが相応しいでしょう。例えるなら、練習タイプ3では原理スロット化によって生み出したものを試射して吟味した後に適切にカテゴライズし、練習タイプ4では使い勝手を検証済みのものを実際に使用するための準備としてワーキングメモリに装填する、という比喩表現です。プライミングについては、ネット検索するだけでも多くの事例を挙げた解説を見ることができます。イメージが掴めない人はいろいろ読み漁って見るのもいいと思います。


知識の検索、手本の選択

また、プライミングと聞くと、プライミング記憶との関連性が気になるところです。一言で言えば、プライミングとは直前に認識したものが直後の認識に先入観を植え付ける現象です。対して、プライミング記憶とは、認識の曖昧な部分を先入観によって補完する機能をもつものです。つまり、プライミングとはプライミング記憶を包括する概念で、プライミングによって植えつけられる先入観がプライミング記憶という解釈となります。ちなみに、意図的にプライミング効果を与えなくとも発生する先入観については、おそらくその人が自然と直前に認識した物事や、その人特有の感性による注意の焦点が、何かしらのプライマーを無意識に選択しているのだと思います。

基本的にはプライミングは意図的に行使するものです。結局のところ、プライミングによって与える先入観とは、必要な知識を長期記憶から呼び出すための検索に利用するキーワードみたいなものです。このような記憶を検索する手がかりのことを「検索子」や「インデックス」といいます。インデックスと聞くと専門書などに添えられている「目次」や「索引」を彷彿とさせますが、その機能も目的の情報にたどり着くための手がかりなのでほぼ同義です。だからこそ前回の記事で絵の記号をカテゴライズして、目次や索引のような検索経路が機能するよう知識の整理をしました。

五感から刺激を受け取るアイコニックメモリは、人が思考をするときに必ず最初に機能するものです。何かを考える時は段階的に情報の密度を高めるように処理が進むものです。思考の始まりとなる思いつきや閃きがアイコニックメモリで処理されていると考える理由は、これらはまだほとんど意味付けのされていない感触程度の思考で、そこから目的を設定して考察に繋げなければ瞬時に記憶が揮発してしまう性質からの憶測です。

そして、一連の思考の始点となるアイコニックメモリの情報は、その直後に展開される思考に影響を与える「プライマー」です。その証拠に、これから描こうとしている絵のベースとなる映像記憶は、直前に見た映像から多大な影響を受けます。何が言いたいかというと、集中サイクルでは、外部記録の手本を見ることもその手段の一つということです。「長期記憶からワーキングメモリに呼び出すコードを検索する」ということの意味がよく分からないという人も、とにかく簡単な方法からプライミングを実践していけばいいと思います。

お絵描きの練習のクオリティは練習の直前や最中に視認する手本の影響を受けるため、手本に選ぶ絵を評価する技術はかなり重要と考えるべきです。実際、技能を行使する際に働く思考のことをスキーマと言うのですが、スキーマはさらに上手い絵を描くための技術スキーマと、上手いかどうかを判断する評価スキーマに分類されます。手本を選ぶ際にはこの「評価スキーマ」が関連していると予想します。つまり、手本を選ぶことも歴とした技能と言えます。スキーマはお絵描きのメカニズムに深く関わるので、別途研究が必要です。


「高揚」の仕方

絵を描くのに必要なのは知識や技術だけではありません。絵を描く動機、つまり創作意欲やモチベーションといった類のものが無ければオリジナルの絵を描く思考に到達できません。模写練習ばかりしている人がいつまでたっても作品制作が成功しないのは、このイメージを掴むことができていないからです。すでに描きたい作品のイメージが溢れているならすぐにでも絵を描き始めればいいのですが、そのイマジネーションが枯渇している人はインプットから始めないといけません。

ここで役立つのが、アスリートが競技直前に行っている精神統一の「ルーチン」や「マインドフルネス」といった行為です。これをお絵描きのために工夫すれば、例えば、好きな作品を鑑賞してイメージを膨らませたり、お絵描き中に好きな曲を聴いて脳内映像の上映を試みたり、ということが可能となります。こういった話はよく聞くことではありますが、その意味や原理を具体的に理解すれば必要なときに実践できるようになります。作品制作をしたいけどイメージが湧いてこないという人は、好きな作品(外部記録)からモチベーションを活性化させるものを鑑賞して高揚状態を作り出すということを試してみてはいかがでしょう。


このシリーズの〆

充分に発達した取説は、才能と見分けが付かない

これまで「お絵描きのメカニズム」について4回に分けて解説してきましたが、そこに書かれていることが実践できれば、機械的に絵の練習から上達までを行うことができるはずです。まだ絵を描いたことのない人が最初に何をすればいいのか、初心者が知識を手にいれるためにはどのような勉強をすればいいのか、勉強したことを覚えるためにするべきことは何か、知識を実際に絵を描くときに活用するにはどのようなトレーニングが必要か、これらの流れをフローとして可視化し、その内容も文章化しています。いわばお絵描き上達の取扱説明書です。絵が上手い人を見て、羨望や嫉妬を抱いて挫折している暇があるなら、まずは取扱説明書をしっかり読む努力から始めましょう(自戒)。絵を描く才能は、洗濯機の使い方と大差ないものです。ちゃんと取扱説明書を読んで才能がある人と同じように絵を描いてみましょう。


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