LOVE理論 / 水野愛也

いつか「恋愛の教科書」を書きたい。そう思ったことがある。

きっかけは『LOVE理論』という本だ。

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実に、美的センスを感得しにくい。正常な感覚の持ち主なら書店で手に取ることもためらわれるのではないだろうか。

この本は、ベストセラー『夢をかなえるゾウ』で有名な作家の水野敬也さんが「恋愛体育教師・水野愛也」の別名義で2007年に刊行した非モテ男性向けの恋愛マニュアルだ。

2013年には文響社から『新装版 LOVE理論』として内容を充実して刊行され、漫画化、ドラマ化もされている。要するにヒット作ということである。

さて、現在流通しているこの新装版は、2007年の大和書房版から内容が充実されただけでなく、一部修正もされている。

修正と言ってもそれは文中に出てくる長谷川京子、伊東美咲、MEGUMIといった固有名詞が、堀北真希、北川景子、AKB48にアップデートされている程度だ。仮に次の改訂版が出れば、ここは浜辺美波、または浜辺美波、あるいは浜辺美波に差し替わるだろう。

しかし、新装版に当たっての修正では、僕にとって重要な箇所も修正されていた。冒頭の作者プロフィールが削除されているのである。

該当部分を大和書房版から引用しよう。

恋愛体育教師・水野愛也
「義務教育に恋愛を!」をモットーに、日々老若男女に独自の恋愛テクニックを叩き込む、熱血体育教師。数年前、水野は都内の某学校にて体育を教える教師であった。しかし彼が生徒たちとの距離を縮めていくにつれ、ある一つの教育問題につきあたる。それは思春期の学生の悩みは、そのほとんどが恋愛についてのものであるにもかかわらず、学校では彼らの恋愛を正しく導く科目が存在しない、ということである。そこで水野は「恋愛」という科目の設立を学校側に直訴するも即座に却下される。この措置を不服であるとした水野は、自らの意志で学校を退職、その後、独自の研究と実践、恋愛マニュアル本を二〇〇冊以上読破した過去の経験を生かし、独自の恋愛理論である「LOVE理論」を完成させた。現在は、私塾「ラブゼミナール」を開催し、恋愛に悩む老若男女に恋愛理論を叩き込み、正しい恋愛へと導く恋愛導師として活 躍する傍ら、「恋愛」の義務教育化運動を推進し、文部科学省に直訴を繰り返す日々である。

特に重要な部分を再度引用する。

思春期の学生の悩みは、そのほとんどが恋愛についてのものであるにもかかわらず、学校では彼らの恋愛を正しく導く科目が存在しない

そうだ。僕はこの箇所を読んだ時、思わず膝を打った。心の中で。

学生の頃、日々の勉学や将来の進路には確かに悩みはした。しかし、それらには教科書もあり、先生もいる。解決の道は用意されていた。

それよりも、恋愛。この解決の糸口が見いだせない難問に、僕は常に悩まされていた。

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いや、僕の初恋は保育園のときなので、保育園のときからずっとだ。

なぜ、学校では恋愛について教えてくれないのか。

この点、生命科学の研究者であり起業家・経営者でもある高橋祥子さんは、著書『生命科学的思考』の中で、生物が生きる目的、すなわち生命原則についてこう説明している。

基本的にすべての生命活動には「個体として生き残り、種が繫栄するために行動する」という共通の原則が関係しています。

高橋さんはまたこう書いている。

「個体として生き残り、種が繫栄するために行動する」という生命原則の「個体が生き残る」ことと「種が繁栄する」ことは並列ではなく、優先順位があります。まず個体として生き残ることが先で、個体としての生存の可能性が担保されてくると、次に種が繁栄するために行動するようになります。

そう、学校とは、まずもって生存可能性を向上させる、「生きる力」を身につけるところ。出自にかかわらず等しく我々に与えられた権利として、生命原則の前段である「個体が生き残る」ための術を学ぶ場所なのである。

それにしても、生命原則後段の「種が繁栄する」こと。この重要な部分についても我々は教えられて然るべきなのではないだろうか。

『種の起源』でダーウィンが説いた進化論には「自然淘汰」と「性淘汰」という考えがある。自然淘汰とは生物が生存に有利な形質を進化させることであり、性淘汰とは繁殖に有利な形質を進化させることである。

例えばクジャクのオスは性淘汰を通して大きく美しい羽を進化させた。これはメスを惹きつける点で繁殖には有利だが、自然淘汰の観点では敵に見つかりやすくなり、生存戦略上リスクとなる。生物は両者のバランスを取りながら進化しているのだ。

進化論を短絡的に当てはめてみても、学校では自然淘汰をくぐり抜ける知恵は教わるが、性淘汰は教育の対象となっていない、ということになる。自然淘汰一辺倒で、バランスを欠いている。だから恋愛の教科書が必要だ。僕はそう考える。

ただ、恋愛の教科書を書くには僕では力不足だ。それは何より正しい性知識と人間の尊厳や倫理観に基づく必要があり、また言葉では言い表せないような親愛の喜びや身悶えするような苦しみといった人間の感情について言及する必要がある。多くの優れた執筆者によるものでなくてはならないだろう。

『LOVE理論』は男性向けの恋愛マニュアルということもあって下ネタが多く、女性への敬意を欠いているように感じる部分、性加害を誘発しかねないテクニックも書かれている。

もちろん全編を通じて読めば、水野さんが女性に深く感謝していること、大切に思っていることが伝わる。そもそも、恋愛の悩みを解決しようとして活字を読むという発想の男性は相当奥手であり、本書で書かれているテクニックはそのまま実践できない。また、表紙からもわかるように、水野さんは本書の内容をユーモアとして、ある程度割り引いて受け止められる者を読者として想定していると思う。

しかしながら、本書を鵜呑みにした読者がもたらした性被害もあったかもしれない。いや、僕だってやっていたかもしれない。

だから、僕は『LOVE理論』の内容について、ソクラテスに対するプラトンの気分で、その本質に迫ってみたいと思う。追って頁を改めて。

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