心に夢のタマゴを持とう / 小柴昌俊

人で溢れた街。高層ビル群の合間を縫うように歩く。

小さな海辺の町に生まれた子供は、こんな生活をする日が来るとは夢にも思わなかった。

というより何も考えていなかった。

昔から「何々になりたい」という明確な目標はあまりなく、何となく生きてきた。

ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生がおっしゃっていた「夢のタマゴ」理論を思い出す。

明確な目標がなくてもいいから、自分の中でのキーワードを決めておく。

人生の岐路に差し掛かった時の判断基準だ。

それに従って生きていれば、いつかそのタマゴがかえるよ、という理論。

たぶん曲解だが。

僕の話。

授業で洋楽をたくさん聴かせてくれて、外国の言葉を学ぶ楽しさを教えてくれた英語の先生。鼓膜が破れるほど同級生を殴り、吐いて倒れるまで部活を辞めさせなかった体育教師。

中学時代に教師を見ていて、彼らが子供の人生に少なからぬ影響を与えていることを感じ、教育への関心を持つようになった。

人は生まれる家は選べない。そのギャップを埋めるのが教育という社会装置だ。

「教育」が僕の一つのキーワードになった。

昔から音楽が好きだった。合唱コンクールとかブラスバンド部の演奏とか。クサい歌詞がメロディーに乗った瞬間の魔法のような高揚感とか。

べらぼうにカッコよく、優しく、強い。まだ何者でもなかった篭の鳥は、いつもミュージシャンの姿に、音楽に生き方を教わった。

「音楽」が僕のもう一つのキーワードになった。

「教育」「音楽」

僕はそれを夢のタマゴとして、ぼちぼちと歩いてきたように思う。

そして、今は霞が関で教育や音楽を担当する役所で働いている。

次の目的地は、まだあるかもしれないけれど。

あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。