現在の原罪

自分が未熟だった頃に、傷つけてしまった人のこと。

もう謝りようもない、仮に謝れても取り返しがつかない、その人の人生を決定的に狂わせてしまった失敗。

誰にも話したことがない、神様しか知らない、ふとした瞬間に思い出し、苦しくなる出来事。

救われたい。

この苦しみから、何とかして解放されたい。

そんなことが、誰にでもあるのではないだろうか。

どうすれば赦されるのか。

宗教関係の仕事をしていた時期に、いろいろな宗教者たちに尋ねた。役得だ。

「その気持ちを持てたことが大事なんですよ。」

「同じことをもうやらないようにすればいいんですよ。」

というのが多かった。

うん、まあわかる。

でも、それでは自分が傷つけてしまった人も、自分自身も救われない。

どうしたら、どうしたら。

ある日、神道系の宗教者の方に言われた。

「それは救われないんです。」

「生きている人も死んだ人も、会える人も会えない人も、同じように扱うのが神道の考え方です。」

「あなたは、ずっと謝り続ければいいんですよ。」

ガーン。

なんだ、そうか。救いはないんだ。

原罪は、現在なんだ。

あなたの御寄附は直接的に生活の足しになります。