推しメンとファンの私は共に緩慢な自滅の道を歩んでいるのかもしれない

私は、乃木坂46のそこそこコアなファンです。
全てのライブに行くほどではありませんが、飛行機でライブ、握手会に行ったりすることも厭わなかったですし、何十枚も同じCDを買っていました。しかしコロナが終わったとしても同じスタイルはもうしないでしょう。膨らんでいくクレジットカードの借金はもう懲り懲りですから。笑

さて、AKB48が確立した競争やそこへのファンの寄与というシステムは、かなりカタチは違いますが、ソニーミュージックのアイドルである乃木坂46にもそれはある程度受け継がれています。そういう点でAKB48が創ったものというのは今なお、影響力を持っています。しかし、乃木坂46とAKB48は微妙に異なっている点があり、それはよくあるネット記事の事実誤認になっています。

私自身は、AKB48がブレイクした10年前はアイドルには全く興味がなかったので、知識程度にしか知りません。総選挙と呼ばれるマネーゲームで自分の好きなアイドルメンバー(いわゆる推しメン)を出世させるということはAKB48がもたらしたメカニズムでした。握手会の長蛇の列、CDを何枚も買ってアイドルと直接話せるというシステムもAKB48がつくった人気の視覚化という遺産だろうと思います。

人気のあるメンバーを出世させるというメカニズムは、AKB48とは別の会社である乃木坂46にも確かに活きています。しかし、より巧妙というか可視化させない部分ができています。
先の例で言えば、握手会のシステムは採用していますが、総選挙のシステムは採用していないのです。

しかし、毎シングルごとにメディア露出を約束された選抜メンバーに選ばれるか、メディア露出が比較的少ないアンダーメンバーに選ばれるかという人気による選り分けるシステムは存在しています。
ソニーミュージックの秋元康プロデュースアイドルグループは、他にも欅坂46(櫻坂46に改名)と日向坂46がありますが、シングルごとに選抜メンバーとアンダーメンバーが明確に存在しているのは乃木坂46だけとなっています。しかし、その選考基準は「総選挙」のような目に見えるものではない、よく分からないというのも大きなポイントです。つまりファンは自分の好きなメンバーを“出世”させるためにただお金を注ぎこめばいいというシンプルなものではないのです。一見物凄く外仕事が多いメンバーが選抜に選ばれなかったり、人気があっても選抜されないメンバーがいたりと外からみるとブラックボックスになっているところがあります。

それ故に、2016年12月から乃木坂ファンになった私でさえ、この4年間で好きなメンバーが思うように出世せずに心のバランスを失っていくファンの人をツイッター上でたくさんみてきました。
選抜・アンダーが、乃木坂46以外でハッキリしないのは、

乃木坂46 乃木坂合同会社(乃木坂LLC)
欅坂46・日向坂46 Seeds&Flower, LLC

と同じソニーミュージックでも、会社が異なるからかもしれませんが詳しくはわかりません。

7年ほど前に、書かれた佐藤優さんの本には次のような一節があります。

“それにしてもいまの時代、仕事だけじゃなく「それは報われないよ」というものに頑張る人が増えている気がします。
 たとえば一時ほどではないにしても、キャバクラにハマって何百万も使ってしまう人がいる。おそらくどれだけ使っても報われることはないのに……。
 最近でいうなら、AKBにハマってる人もいる。それが楽しみであり喜びになっているんですから、「報われない」だなんて失礼な言い方かもしれません。
 ただ、収入の多くをつぎ込んでCDを買い、足しげくコンサートに行く。誰かを応援するのはいいのですが、ほかのメンバーのアンチになってお互い攻撃し合ったり、異常なまでのパワーと執着心がある。あきらめないというエネルギーが、別の方向に行ってるのではないかと思うこともあります。
(中略)
「執着」の泥沼に陥ってしまう人は、たいがい「終わり」や「出口」の見えないものを追いかけている。
(中略)
キャバクラ嬢やAKBに入れ込んだりするのも、いずれどうなるのが目的なのかという完成形、終着点が見えません。”

この文はどちらかというと、ファンに対するものになっています。本ノートはこれに刺激を受けて書き始めました。
一方では、メンバーも又、こうしたシステムや理念を内面化していると私は考えています。内面化というと難しいですが、一種のマインドコントロールとしてその世界の理屈や価値観を受け入れるということです。握手会やライブでファンの人を喜ばせる、人気を得て出世するということです。価値観を内面化しているということは、世間の人がイメージするほど嫌々に握手会をやらされているとは言えないということです。もちろん想像どおり嫌なことも沢山あるでしょう。

とはいえ、アイドルの仕事というのは、自分たちの冠テレビバラエティ番組からグラビア撮影、キャンペーンモデル、ファッションモデル、女優まで多彩なものがあります。だからこそ何をどう頑張ったら人気のために良いのか見えにくい部分もあります。それに乃木坂46のメンバーは、人気者になりたいというより、自分自身のアイデンティティのためにアイドルを選んでいる部分が強いと感じるのは私だけでしょうか?

そうした中で何に向かって頑張るのか、諦めないのか見え辛くなったのが、AKB48のシャドウとして他の会社で、同じ秋元康の名のもと誕生したアイドルが抱える難しさだろうと思います。余談ですが、秋元康さんのイメージが世間では強いですが、実質的なプロデューサーは今野義雄さんや菊池友さんといったソニーミュージックのスタッフが担っているように感じています。

私の好きなメンバーは沢山居ます。アイドルは諦め、モデル専門に転向した人もいますし、一度はヒロイン西野七瀬の卒業シングルで選抜に選ばれたもののその3つ後のシングルからは選抜を外れてしまった人もいますし、一昨年の年末に本格的に活動し始めた新人ながらエース級の人気と活躍をするメンバーもいます。当たり前ですが、何十万人というなかからオーディションで選ばれた人達なので誰しも目を見張るほどの美貌の持ち主で、面白い人柄の持ち主で、英語でいうとTalentedな人ばかりなのです。勿論、音楽家や俳優、画家、ダンサー専業のTalentedとはかなり意味合いが異なりますが。

それでも、何がどう出世に繋がるのか見えにくく、心理的にもハードな世界であることは間違いないです。何よりもメンバー自身が頑張っていますし、私も財を費やして頑張った(?)訳ですが、大人数アイドルというものそれ自体が持つシステムはもしかすると諦めないことが間違ったシステムなのかもしれません。それにファンを飽きさせないように次々と新しい若いメンバーが加入してきています。

彼女達は普通の人生を諦めた訳ですし、大学を中退したメンバーもいます。文字通り人生をかけている訳ですが、それでも尚出世できるか読めない上に、人気が出たとしても短すぎる職業寿命と次のキャリアには悩むであろうと思います。そうしたリアルを反映して、「推しメンとファンの私は緩慢な自滅の道を歩んでいるのかもしれない」というタイトルにさせて頂きました。絶望の塊にみえて、J.S.バッハの短調のフーガのラストに現れるピカルディの和音のようなものを目指して書いたつもりです。

少なくとも私は後悔はありませんが、システムの残虐性をみて上手く距離を取ることもたいせつなのかもしれません。
ハマらせる術に乗ることだけが、好きなアイドルに貢献することではない筈ですから。

システムを越えて、アイドルとファンそれぞれがそれぞれの場所で幸せでありたいものです。恐らくこれはヒトとシステムとの距離のあり方の問題で、このアイドルの世界の外にも広がっている問題ではないでしょうか?

引用文献
佐藤優(2013) 人に強くなる極意, 青春新書, 青春出版社. 157-178