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「そのさよなら、代行します」シナリオ/『さよならを決意する結婚前夜』#100文字ドラマ

みねたろうさんの「そのさよなら、代行します」のシナリオです。

あらすじ

 依頼主に代わって別れを告げる、さよなら代行サービスの会社・さよならメッセンジャーで働いている藤岡翔(24)。ある日、翔は、結婚前夜だという関奈緒子(29)から、「彼にさよならを伝えてほしい」という依頼を受ける。「結婚前夜に婚約者に別れを告げるなんて」と驚く翔だったが、奈緒子が別れを告げたいのは、婚約者の三島航大(35)ではなく、五年前に亡くなったという元婚約者の宮下健一(享年25)だった。奈緒子は、婚約したまま結婚前夜に事故で亡くなった健一のことが忘れられず、いまだに健一からもらった婚約指輪を外せずにいたのだ。しかし、奈緒子は航大と結婚する前に健一への気持ちに完全に蹴りをつけようと決意。自分ではどうしても健一にさよならを告げることができないので、さよならメッセンジャーに依頼をしたという。
 翔は「荷が重い」と思いながらも、奈緒子から依頼されたとおり、健一のお墓(お墓が難しければ事故現場)へ行き、言われたとおりに奈緒子の結婚の報告をし、代わりにさよならを告げる。奈緒子からは健一との婚約指輪も処分するように頼まれていたが、どうやって処分しようか考えあぐねていると、健一の幽霊が現れる。健一は、翔に奈緒子への伝言を頼む。
 翔は奈緒子に電話を掛け、健一からの言葉を伝える。その伝言とは、「もう二度と俺のところには来るな。他の男の嫁になった女の顔なんか見たくない」というものだった。奈緒子は絶句する。翔は健一から口止めされていたが、「奈緒子にいつまでも自分に縛られずに幸せになってほしい」という健一の本心を伝える。奈緒子は健一の想いに涙を流すが、ひとしきり泣くと涙を拭い、笑顔で航大からの結婚指輪を左手の薬指に嵌めるのだった。

登場人物

藤岡翔(24)…「さよならメッセンジャー」で働く社会人二年目。
関奈緒子(29)…「さよならメッセンジャー」にさよなら代行を依頼する。
三島航大(35)…奈緒子の婚約者。

宮下健一(25)…五年前に亡くなっている。当時、奈緒子と婚約していた。

シナリオ

○喫茶店・店内(夕)
   向かい合って座っている藤岡翔(24)と、若い女。
翔「もう君とやり直す気はない。どうしても別れてほし……」
女「(遮って)ふざけないでよ!」
   と、水の入ったグラスを掴み、翔に水を掛ける。
   顔面がびしょ濡れになる翔。
翔「冷た……」
女「話になんない! 私、帰ります!」
   と、足早に出ていく。
翔「なんで俺がこんな目に……」

○歩道(夕)
   スマホを耳に当てながら歩いている翔。
   もう片方の手では濡れた襟元をハンカチで拭っている。
翔「水掛けられたんですよ?! 自分のことなら仕方ないですけど、僕は全くの無関係なのに」
男の声「まあまあ、恋愛絡みの案件はそういうのザラだからなあ。俺も昔、代わりに別れ話して女にビンタされたことあるよ」
翔「へえ、所長も昔は大変だったんですね……それにしても、なんで自分でさよならが言えないんですかね? この仕事、やればやるほど思いますよ」
男の声「おいおい、そんなこと言ったら『さよならメッセンジャー』の存在価値がなくなるだろうが」
翔「まあそうですけど……とりあえず今日の案件は全部終わったんで、事務所戻りますね」
男の声「あ、藤岡、今日はそれで終わりだったか! じゃあさ、これから依頼主のところ聞き取りに行ってくれないか?」
翔「えー、今からですか? もうすぐ定時ですよ?」
男の声「悪い悪い、さっき緊急の案件が一件舞いこんでさ、どうしても明日にはさよならしないといけないみたいなんだよ」
翔「(渋々)わかりました。場所はどこですか?」

○公園・ベンチ(夕)
   神妙な面持ちで座っている、関奈緒子(29)。
   と、翔、来て。
翔「お待たせしました。えっと、関奈緒子さんでよろしいですか?」
奈緒子「あ、はい」
   と、立ち上がる。
翔「さよならメッセンジャーでさよならの代行を担当しております、藤岡翔と申します」
奈緒子「よろしくお願いします」
   お互いに頭を下げる翔と奈緒子。
     ×   ×   ×
   並んで座っている翔と奈緒子。
奈緒子「実は私、明日結婚するんです。明日が記念日なので、婚姻届出しに行こうって彼と約束していて」
翔「それは、おめでとうございます。そんな幸せいっぱいの状況で、どういったさよならのご依頼ですか……?」
奈緒子「彼に、さよならを伝えたいんです」
翔「えっ」
奈緒子「結婚する前に、どうしても伝えなきゃって思って……」
翔「そんな、いよいよ結婚するってときに伝えなくても……あまりにも酷過ぎませんか?」
奈緒子「やっぱり藤岡さんもそう思いますか……私もわかってはいたんです。もっと早く伝えなきゃいけないって」
翔「うーん……弊社にはそういった恋愛絡みのご依頼はよくあるんですけど、何の関わりもない僕たちが代わりにさよならを伝えると、かえってトラブルになるケースも多いんですよ。(ぼそっと)さっきも水掛けられたばっかりだし……」
奈緒子「そうですよね……私も自分で伝えようと思って、何度も切り出そうとしたんですけど、いざ彼を目の前にすると、いつも昔の記憶が蘇ってきて、罪悪感で言葉が出なくなっちゃうんです。それで、友達から代わりにさよならを言ってもらえるサービスがあるんだよって聞いて、お願いしようかなって思って……」
翔「はあ……結婚直前となると、お相手の方がすんなり受け入れてくれるとは思えませんけど……でも伝えにくいさよならを伝えるのが僕らの仕事ですからね。わかりました」
奈緒子「ありがとうございます。実は、もう一つお願いがあるんですけど」
翔「何でしょう?」
奈緒子「(薬指から指輪を外して)この婚約指輪、さよならを伝えたあとに処分してもらえませんか? どんな方法でも構わないので」
翔「え、そんな大事なもの、困りますよ」
奈緒子「お願いします! 自分ではどうしても捨てられないんです」
   と、強引に翔の手に指輪を握らせる。
翔「困ったなあ……とりあえず一旦僕が預かりますので、さよならを伝えたいお相手の方について、詳しく教えていただけますか?」

○奈緒子と航大の部屋(夜)
   ソファに座ってテレビを観ている、三島航大(35)。
   が、スマホをちらちら確認して落ち着かない様子。
   と、奈緒子、入ってきて。
奈緒子「こうちゃん、ただいま」
航大「(立ち上がって)なおちゃん、どこ行ってたの? 心配してたんだよ」
奈緒子「あ、ごめんね、ちょっと友達と会ってて」
航大「明日婚姻届出しに行くってときに、ふらふらいなくならないでよ。心配するじゃんか」
奈緒子「ごめんね。でも大丈夫だよ、私はいなくなったりしないから」
航大「それならいいんだけど……ごめんね、俺も心配し過ぎだよね。なおちゃんのことになると、ほんと心配性で」
   抱きしめ合う奈緒子と航大。
   航大の肩越しの奈緒子の表情、曇っている。

○歩道(夜)
   信号待ちをしている翔。
   ポケットから指輪を取り出して。
翔「さすがに荷が重いなあ……」
   と、憂鬱そうな表情。

○奈緒子と航大のマンション・外観(翌朝)
   よく晴れている。
   ※翌朝になったということがわかれば場所は歩道などどこでも可。

○奈緒子と航大の部屋
   出かける準備をしている奈緒子と航大。
奈緒子「こうちゃん、婚姻届に不備ないよね?」
航大「大丈夫だよ。昨日しっかり確認したから」
   と、記入済みの婚姻届を奈緒子に掲げる。
奈緒子「じゃあ、そろそろ行こっか」

○歩道
   お花を手に、歩いている翔。
翔モノローグ「宮下健一さん、僕は、奈緒子さんの代わりに、あなたにさよならを伝えに来ました」

○健一のお墓(難しければ事故現場の道端など)
   目を閉じ、手を合わせている翔。
翔モノローグ「奈緒子さんは今日、三島航大さんという男性と、結婚します。どうしても自分では伝えられないからと、さよなら代行サービスをしている僕が代わりにお伝えしています」
   翔の前には、お花が供えられている健一のお墓。

○公園・ベンチ(回想)
   並んで座っている翔と奈緒子。
翔「え?! じゃあ、関さんがさよならを伝えてほしい相手って、婚約者の方じゃないんですか?!」
奈緒子「はい……すみません、なんか誤解させちゃってたみたいで……私がさよならを伝えてほしいのは、五年前に亡くなってしまった婚約者なんです」
翔「えっ、と……すでに亡くなってる方にさよならを伝えてほしいということですか?」
奈緒子「はい……こんな依頼、おかしいってわかってるんですけど、私、どうしても亡くなった彼……健一のことが、忘れられなくて。五年前、いよいよ結婚するってなった前日に、健一、事故に遭って死んでしまったんです。まだ、二十五歳でした」
翔「それは……かなりお辛かったですね……」
奈緒子「私、彼が死んだなんてどうしても信じられなくて。だから、ずっと健一にもらった婚約指輪をつけたままでいたんです。心の中では、健一と結婚してるつもりで」
翔「(手元の指輪を見ながら)さっき処分してほしいって言ってた指輪は、健一さんとの婚約指輪だったんですね」
奈緒子「はい……結婚する前日まで、他の男の人にもらった婚約指輪をしてるなんて、私、どうかしてますよね。でも、今の彼……こうちゃんは、そのままでいいって言ってくれたんです。それでもなおちゃんのこと好きだから、って」
翔「失礼ですが、関さんは、これから結婚される彼のこと、好きなんですよね……?」
奈緒子「はい……健一が亡くなったとき、もう誰のことも好きにならないと思ってたんですけど、こうちゃんは、健一のことを忘れられない私のことをそのまま受け入れてくれて……最初は健一に悪いと思って断り続けてたんですけど、そのうち私もこうちゃんのことを好きになってしまったんです」
翔「なってしまった、って、悪いことではないと思いますけど……」
奈緒子「やっぱり、健一への罪悪感は消えないですよ。私だけ他の人と結婚して、幸せになるなんて……でも、もう結婚を決めた以上、いつまでも健一のことを引きずってたら、健一にもこうちゃんにも悪いと思って、決めたんです。健一に、きちんとさよならを伝えようって」

○健一のお墓(回想戻って)
   目を閉じて手を合わせている翔。
翔「……よし、これでさよならは完了したけど、問題はこの指輪だよなあ」
   と、困った様子でポケットから指輪を取り出し、眺める。
男の声「その指輪、俺が引き取るよ」
   翔、驚いて顔を上げる。
   と、そこには宮下健一(25)が立っている。
翔「え?! いつの間に?! まさか、あなた」
健一「そうだよ。俺が奈緒子の婚約者、いや、元婚約者だった、宮下健一」
翔「う、嘘だ……」
   と、腰を抜かす。
健一「悪いな、無関係なお前のこと脅かして。でも、奈緒子が自分で来てくれねえからさ。代わりに、奈緒子に伝言頼んでもいいか?」
   怯えた表情で健一を見つめている翔。

○歩道
   手をつないで歩いている奈緒子と航大。
奈緒子「これで夫婦だね」
航大「そうだね。なおちゃんのウエディングドレス姿、楽しみだな」
奈緒子「あんまり期待しないでよ?」
航大「期待しちゃうよ……(真顔になって)そういえば、昨日の夜から思ってたんだけどさ」
奈緒子「ん?」
航大「(繋いだ奈緒子の左手を顔の前に持ってきて)指輪、外した?」
奈緒子「うん……こうちゃんと結婚する前に、ちゃんとけじめつけないとって思って」
航大「そんな……無理して外さなくてもよかったのに。俺はどんななおちゃんでも好きでいる自信あるから」
奈緒子「うん……でも、私がちゃんとけじめつけたくて」
航大「そっか……ありがとう、俺のために」
   微笑み合う奈緒子と航大。

○奈緒子と航大のマンション・部屋
   ソファに座ってテレビを観ている奈緒子。
   と、奈緒子のスマホ、鳴る。
奈緒子「(スマホを耳に当てて)もしもし?」

○公園・ベンチ
   座ってスマホを耳に当てている翔。
   以下、適宜カットバックで。
翔「関さ……いや、もう三島さんか。さよならメッセンジャーの藤岡です」
奈緒子「ああ、藤岡さん」
翔「ご依頼のとおり、無事、健一さんにさよならをお伝えしました」
奈緒子「ありがとうございます……おかしな依頼をして、すみませんでした」
翔「いえ……こちらもおかしなことを承知で申し上げますが……健一さんから奈緒子さんに、伝言を預かってきました」
奈緒子「(動揺して)え? 健一から、って、そんなこと」
翔「信じられないと思うんですけど、僕、お墓で健一さんに会ったんです。信じなくてもいいので、健一さんからの伝言、聞くだけ聞いてもらえませんか?」
奈緒子「……わかりました」
翔「もう二度と俺のところには来るな。他の男の嫁になった女の顔なんか見たくない」
奈緒子「え……」
翔「これが健一さんからの伝言です」
奈緒子「健一、やっぱり私のこと、恨んでるんですね。私だけ、他の人と結婚して幸せになるなんて……」
翔「……(数秒迷い、思い切って)健一さん、わざと奈緒子さんを突き放すようなこと言ったんです。これ、健一さんには言うなって言われてたんですけど……」

○健一のお墓(回想)
   腰を抜かしている翔と、その前に立っている健一。
健一「悪いな、無関係なお前のこと脅かして。でも、奈緒子が自分で来てくれねえからさ。代わりに、奈緒子に伝言頼んでもいいか?」
翔「な、何とお伝えすれば……?」
健一「もう二度と俺のところには来るな。他の男の嫁になった女の顔なんか見たくない、って」
翔「そ、そんな……奈緒子さん、ずっと健一さんのこと想い続けてたんですよ? そんなこと言われたら、きっと傷つきますよ……」
健一「いいんだよ。傷ついて、二度と俺のことなんか思い出さなくなったらいい」
翔「健一さんは、それでいいんですか……?」
健一「そんなの、いいわけねえだろ。できることなら、俺が幸せにしたかったよ」
翔「健一さん……」
健一「でも、できなかった。死んだらな、奈緒子の幸せ願うことくらいしかできねえんだよ……奈緒子はもう、五年も俺のことを想い続けて苦しんだ。もう十分だ。あいつには、いつまでも俺に縛られてないで、幸せになってほしいんだよ」
翔「健一さん……ほんとに、奈緒子さんのこと、好きだったんですね」
健一「……うるせえよ。今話したこと、奈緒子には言うなよ? 奈緒子に伝えるのは、あくまで最初に頼んだ伝言だけだ」
翔「でも……」
健一「(遮って)ほら、その指輪、俺が引き取るから」
   と、翔の手から指輪を奪う。
   健一の左手の薬指には、それとお揃いの指輪が光っている。
健一「じゃあ、伝言頼んだからな」
   と、すうっと消えていく。

○奈緒子と航大のマンション・部屋
   ソファに座り、スマホを耳に当てている奈緒子。
   その目には涙が光っている。
奈緒子「健一が、そんなことを……」
翔の声「急にこんなこと言われても、信じられないですよね?」
奈緒子「いえ……信じます。信じますよ……藤岡さん、ほんとに、ありがとうございました」

○公園・ベンチ
   座ってスマホを耳に当てている翔。
翔「いえ……こちらこそ、さよならメッセンジャーのご利用、ありがとうございました」
   と、電話を切り、すがすがしい表情で立ち上がる。

○奈緒子と航大のマンション・部屋
   ソファに座り、涙を拭っている奈緒子。
   と、航大、入ってきて。
航大「なおちゃん、実は、渡したい物があるんだ」
奈緒子「(泣いてたと悟られない顔で)え、なあに?」
航大「(後ろ手に隠していた指輪の箱を差し出して)これ、なおちゃんに内緒で、用意してたんだ」
奈緒子「こうちゃん……」
航大「いつかつけてもらえる日が来たら、渡そうと思ってたんだけど……受け取ってもらえる?」
奈緒子「もちろん……!」
   航大、奈緒子の左手の薬指に指輪を嵌める。
   涙を滲ませて微笑み合う奈緒子と航大。

○歩道(夕)
   スマホを耳に当ててながら歩いている翔。
翔「えー、また恋愛絡みの案件ですか? ……はい……はい、わかりました」
   と、電話を切って。
翔「よーし、次の案件も頑張るか!」
   すがすがしい表情で歩いていく翔。
<完>

最後にひとこと

最後まで読んでくださってありがとうございます!みねたろうさんが投稿されていた「結婚前夜に婚約者に別れを告げたい男」という設定から膨らませて考えていたら、今回のようなストーリーになりました。(依頼主は男じゃないし、さよならを伝える相手も婚約者じゃなくて元婚約者だけど……笑)
 この「さよならメッセンジャー」が現実になったら、きっと利用する人はたくさんいるんだろうな……なんてあれこれ想像しながら書くことができて楽しかったです。改めまして読んでくださってありがとうございました!

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