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転機

小学校4年生から5年生になる時に
所属していた白糸台グレミオから
府ロクというチームに移籍します。

ここが一つサッカー人生で大きな転機です。

なぜ移籍したか?

まず今まで所属していた白糸台グレミオは
週4回の活動でしたが、
府ロクでは週5回以上練習があり単純に
練習量が増えとても充実しました。

また1度練習参加に行った際も
個人技を中心に基礎技術を向上させる
練習を多くしていたため自分にプラスに
なると感じました。

そして今までやっていたゴールキーパーから
FWへとポジションを変更しました。
5年生になるタイミングで私は
フィールドプレーヤーになりました。

その当時の事はよく覚えていて
今までフィールドの中を走ることは
無かったので小学生の20分ハーフでも
体力が持たなかった。
またボールを扱う技術がゼロでした。

ただサッカーが本当に好きだったので
練習の無い日もよく練習していましたし
それをやらされているのではなく
自主的にやっていた
事で本当に短時間の中で
技術が成長していくのを感じていました。

5年生ではトレセンにも選ばれはじめ
チームも都大会で3位と躍進しました。

6年生になると全日本少年サッカー大会という
一番大きな大会があり、
そこでは都大会4位、関東大会に出場し、
個人としても東京都トレセンまで選ばれるまでに
なりました。

個人としてここまで飛躍できたのは何故か?
私は決して上手いタイプの選手では無かったです。
5年生からフィールドプレーヤーを始めたので
技術的にはまだまだ他の選手と差があるのは
明らかでした。

ただFWとして自分の強みを最大限に活かしました。
私は技術は低かったですが、足が人並みより速く、
強いシュートが蹴れました。
それにプラスし相手の裏へ抜ける動き
常にゴールに向かう姿勢をよく意識し練習しました。

その当時は当然ここまで自分で考えて行動することは
出来ていなかったですが、コーチがよくこの部分に
関して意識できるようコーチングしてくれたため
無意識にできるようになっていました。
FWとして上手い選手というよりも怖い選手でした。

振り返ると小学生時代は本当に選手として
物凄く成長しましたし、サッカーに夢中で
常にボールを蹴っていた事が一番選手として
伸びた要因だと思います。

ここから中学生に進学するにあたり
私は絶対に入りたいクラブチームがありました。
いくつか強豪チームのセレクションを受ける
選択肢もありましたが、
私はそのあるクラブのみのセレクションしか受けず
そこに全てを賭けました。

Twitterをフォローしてくれているみなさんなら
どのチームか分かりますよね?

その話はまた明日!


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