続メビウスの迷宮 四話
第4話
声にならない声で絶叫していた。奴は死んだはずだ、黄泉から私を迎えに来たのか。
もつれた足で立ち上がり、目蔵めっぽう目茶苦茶に走り出していた。言葉にならない言葉で何かを喚きながら。
恋人を奪って妻にした私を恨んでいるはずだ。捕らわれたら殺される、病院の地下室にまで追いかけて来たあの医者のように。
方向感覚がないまま、海底を泳ぐように砂嵐をかき分けて歩を進める。つんのめりそうになりながら重い足取りで、一寸先の希望にすがり、じたばたともがいて。この団になってまだ命が惜しいのか、私は?!
と、思わぬ落とし穴に足をすくわれる。膝までずぶずぶと潜っていき、今度こそ本当に悲鳴をあげる。
「誰か助けてくれ」
どんどん腰まで埋まっていき、私は絶叫した。蟻地獄にはまってしまったのだ。
「だ・れ・か!」
見上げた先に、五郎が立っていた。上半身で慌てふためく私に、かがんですぐさま手をさしのべてきた。
「早くつかまれ」
が、遅かった。私の体は首まで砂に吸い込まれていき、彼には届かない場所に陥っている。もはやこれまでか・・両足を左右に広げて、ふんばるように延命に努めた。
いつのまにか砂嵐がやんでいる。頭上で、鎌のような三日月が異様な輝きを放つ。五郎に寄り添うようにして黒猫がいる。猫は頭をもたげ砂に埋もれた私を見下ろしていた、興味深そうに、憐れむような眼で。その瞬間ずずずっと頭まで砂に吸い込まれていく。
最後に私の網膜に映ったのは猫の金色の瞳だった。
パラシュートで飛び出すように
砂丘の深淵に潜っていく
どこまでも延々と
このまま奥底まで落ちていけば
地球の裏側に出るのじゃないのか?
・・苦しい・・息ができない
口や目のなかに砂が入り込む
助けて・・誰か助けてくれ!
き・ぬ・こ
妻の名を懸命に呼んでいた
いつのまにか私の動きは下降ではなく、螺旋階段をめぐるようにジグザクに旋回していた。回りに砂は消え、代わりに虹色の光線が幾つもの束になって雪崩落ちてくる。
いきなり記憶が消えた。
ここはどこ?
私は誰だ?
空白の世界・・・
何もかも忘却の彼方に去っていく。
私の全てが有から無へと。
無から有へと。
あたかもメビウスの輪のように。
後書き:この話の主人公の謎の美人妻は以前の作品、熱帯椿の絹子が再生したものです。聖女と悪女を併せ持つ「絹子再び」!
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