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ペアーズ活動記③退会

 交際相手ができたので、光の速さでペアーズを退会した。その夜は歯を磨くのもままならぬ酩酊ぶりであったが、ペアーズの退会方法を検索して、着実に実行する知性だけは残っていた。
 交際が決まってからの私は浮かれモードの只中にあり、ロマンティックな経緯を詳らかに語りたい気分を持て余している。だが、第三者にとってのそれは有害コンテンツ以外の何物でもないので、ぐっと堪えてうろ覚えの戦績を以下に記す。

登録期間 約2ヶ月半
いいねをくれた人数(累計) 約170人
自らいいねした人数 約10人(うちマッチング1人)
マッチングした人数 約40人
メッセージをやりとりした人数 約20人
会った人数 4人
会った回数(累計) 9回

 上記数値の客観的な多寡については知る由もないが、私にとって魅力的な男性は、想像していたよりもはるかに多かった。人間よりも鹿の頭数のほうが多いともいわれているこの県土において、見た目が好みで、且つ会話していて楽しいと思える男性が複数名現れたことは、私自身が元来惚れっぽい性質であるとはいえ、かなりの衝撃であった。正直、田舎をナメていた。

 男性のプロフィールを閲覧する際のソート条件は、最初から最後まで「同じ県内に住んでいること」以外には設けなかった。できれば近所の人の中から恋人を探したかったが、わりと早い段階でその困難さに直面したので、片道50キロくらいの距離であればどこへでも会いに行くようにした。
 また、特別に条件設定はしなかったものの、開始した当初は漫然と「自分が修士卒だから、大卒以上の人の方が価値観が合うだろうか」と考えていた。しかし、男性たちと会話を重ねていくうちに、学歴から読み取れる情報はいわゆる「実家の太さ」くらいしかなく、その他のパーソナリティとはほとんど無関係であることを理解した(よく考えてみれば当たり前だが)。

 なんだかんだで一人の生活が長くなった私に、ペアーズの男性たちとのデートは新鮮な感情をもたらしてくれた。テイクアウトしたコーヒーを公園のベンチで飲んだり、空いている美術館で好き勝手に絵の感想を言い合ったりと、一人ではありえなかった休日の楽しみ方を、次々に見いだすことができた。親しげな男女の間を流れる甘い雰囲気がなくとも、半日誰かと一緒にいるだけで、私の心は十分に満たされた。

 一方で、やりとりしている中からたった一人を選ばなくてはならない重圧は、時間が経つにつれてジワジワと良心を蝕んでいった。婚(恋)活アプリで出会ってしまった以上、たまに複数人でご飯を食べに行く友達になるとか、趣味仲間として折にふれて情報交換をする仲になるとか、恋仲以外の落としどころを探るのは穏当ではない。私の知人の中には「選ばなかった人」を自身の友人に恋人候補として紹介した猛者もいたが、そんなふうに器用に立ち回れる自信はなかった。
 退会する1週間ほど前に、のちに交際相手となる人を除き、メッセージを返すのをやめた。現実世界の礼儀作法の類に照らしてみれば、この判断はあまりにも薄情だが、マッチングアプリ内においては最適解であったと信じたい。

 結局、会社の先輩に垢バレしたこと以外にさして面白いネタを生み出せないまま、ペアーズでの活動を終了する運びとなった。故郷である東京との接続を、物理的にも精神的にも断たれつつある今、私は身近な場所にいる誰かとの親密な関係を切実に求めていた。
 ところが、気持ちが通じ合った幸せな時間のあとも、人生は孤独に進行してゆく。真剣に取り組んだところで何の役にも立たなそうな仕事が山積し、コミュニケーション不全の職場でストレスを溜める日々は続く。

 私は、この不満ばかりの土地に根を下ろす理由を、とりあえず「恋愛」に定めてやっていくことにした。これからが本番である。

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