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30歳。ひとりで生きられそう?

 私は単にふられつつあるのではないでしょうか。なけなしの慕情で「好きだよ」とメッセージを送っても「俺も好きだよ」とは返ってこない。そもそもしばらく前から、会う約束自体、私のほうから声をかけない限り成立しない状態にあった。これが潮時なのは誰の目にも明らかである。もう婚活なんてしない。どうしようもない私に天使は降りてこない。良くも悪くも彼のおかげで、色々とようやく諦めがついた。恋はしない派(セックスはしたい派)。マイペースに、マイペアーズ。多くの学びをありがとうございました。

 さて、今年も田畑に囲まれた単身者用アパートの一室で、ひっそりと歳をとった。この歳まで結婚できなければ子どもを持つのは難しい、なんてよく言われてきた年齢にさしかかった。組織に属してさまざまな人と関わりながら仕事をしているにもかかわらず、心身は孤立を深めていく一方だ。

 梯子を外された、なんて言い方は大袈裟だが、今年はキャリアにかかわる公募に立て続けに落ちて自信を喪失した。うまくいくわけがないほど私の努力が足りないのは承知している。だからといって、決してチャランポランに享楽的な生活をしてきたわけではなく、昨年度まで散々暴れてきた元上長の尻拭いのために、汚れ仕事をどうにかやってきたのである。なんでもいいから報われたい。酒池肉林が心を癒やしてくれるのなら、それでも構わない。愚かな願望が全身から滲み出て止めようがない。みんなはこんな大人になるなよ。


 つい先日、私は処世術を求めて篠田桃紅氏のエッセイに手を伸ばした。篠田氏(本当は雅号で呼ぶべきなのだろうが、なんだかしっくりこない)は今年3月に亡くなった、1913年生まれの美術家(活動初期は書道家)である。1950年代に渡米し、現地で作品を発表して注目された。以後、日本のいわゆる書壇や画壇とは距離を置いて活動してきたようだが、100歳を超えてからその生きざまがテレビ番組などを通じて紹介され、世間の耳目を集めるところとなった。私が篠田氏のことを知ったのも、テレビ番組に「個性的な長寿女性」として出演していたのを目にしたためである。きびきびとした立ちふるまいでインタビュアーを圧倒していた。

 エッセイは篠田氏が100歳を迎えて以降、1年に約1冊のペースで刊行されている。私はKindleで安くなっていた『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』(幻冬舎文庫)を読んだ。

 自由になるための道を求めているうちに芸術家になっていた、と語る篠田氏は戦前の生まれで、個人の意思でごく簡単に孤独を選べる現代とは、まったく異なる時代を生き抜いてきた女性である。初めて書の個展を開いたときには「根なし草」と評されたそうだが、この言葉は氏の生き方とも重なる。長生きハウツー本と見せかけて、内容の多くは自身の芸術家としての経験や、国内外の文化人との交流にまつわるエピソードが占めている。女学校時代の英語教師が北村透谷(1868-1894)の妻ミナ氏であったことなど、氏がいかに長い時代をその目で見てきたか実感する逸話にも事欠かない。

 本書の中でもっとも印象に残ったのは、一人で生きていくには芸術、スポーツ、宗教のいずれかに没頭するのがよい、と書かれていた箇所である。なるほどと膝を打った。というのも最近、私は近所の山を一気に登って降りる運動に生きがいを感じつつあったからである。自然の中でしっかりと筋肉を使い、呼吸に耳を傾けながら行う運動は、人間にとって根源的な喜びのうちのひとつではないだろうか。芸術に関していえば、篠田氏のように作品を生み出すだけでなく、作品を見聞きしたり演じたりする形で担い手となるのも、生きるための支柱を作る上で有効に作用するのだろう。宗教に関しては、信仰をオープンにして共同体の中に居場所を得ている友人がいることくらいしか身近な例が思い当たらないが、三浦綾子や遠藤周作の著作を思い出してみれば、その功徳は明らかである。

 これまでの私は、仕事を含む社会活動か、あるいは経済的な成功を目指すことにこそ生きがいを感じるべきだと思いこんできた。だがこれらは才能のない私を容易に裏切る。絶望したら単純にすぐさま自殺できればよいのだが、そうスッキリと死ねるわけでもない。寄る辺のない虚しさのなかで明るく健やかに生き長らえるため、私は芸術、スポーツ、宗教のどれか、あるいは複数に没入したい。それによって堅実で将来性のある友人が「おかしくなった」私のもとを離れていこうとも。

 芸術家のエッセイは面白い。直近では石川九楊と吉増剛造のを読んだ。だが生き方に示唆を与えてくれたのは篠田桃紅が初めてである。私のような者がなんとなく労働していても文句を言われないほど男女同権の世の中にあっても、やはり女性には女性の身の処し方が、まだしばらくは必要ということだろう。桃紅10X歳シリーズ(と言うとジュニアアイドルのイメージビデオのタイトルみたいでキモいな)を読み比べたりして、この1年はできるだけ愉快に過ごしたい。

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