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推し、燃ゆを中心に

明日のイベントで渡すクッキーを作るのにバターを室温に戻して柔らかくしている間、私は先日友人から借りた「推し、燃ゆ」を丁寧にカバンに入れ、サイゼリヤに向かった。

サイゼリヤで食事を注文して待っている間、お子様メニューの間違い探しをやることが私のルーティーンで、期間限定メニューの後ろに小さく隠れているお子様メニューを引っ張り出した。

しかし残念なことに年末にやった内容と全く同じだったので、流れるように元の場所に戻す。

暇つぶしは得意だ。

グランドメニューでも見ながら、「もしもサイゼリヤの帰れま10に私が出演していたら何を注文するかゲーム」をして時間を潰す。

ミラノ風ドリアに辛味チキン、小エビのサラダにマルゲリータ。これらは確実にあるだろう。

答え合わせは案外単純で、メニューの左上に"人気"と書かれていることが正解と紐付けた。

私の予想通り、大体のメニューにはその文字が書かれてあった。

今、運ばれてきた青豆の温サラダを愛しく思う。

ランキングの候補にすら上がらなそうなこのメニューが私は大のお気に入りだからだ。

土曜の昼でも空いているサイゼリヤでドリンクバーを飲みながら、カバンに入っていた本を取り出す。

書店の紙のカバーで覆われている。
カバーには馴染みのある書店の名前が書かれてあった。

そこにすら思いを馳せてしまうのだから、私はこの友人のことが大好きなんだと思う。

深夜眠れない時に読み進めていたページはちょうど半分くらいで、今日中に読んでしまおうと思った。

ファミレスを喫茶店扱いする私は未だに十代から変わっていないし、そろそろ新しい街で行きつけの喫茶店でも探したいところだが、Google先生はちょうどいいお店を知らないらしい。

帰ったらクッキー作りが待っている。
お菓子作りは何年ぶりだろう。

どのくらい時間がかかるのかすら分からないから夕飯は近くのスーパーで買って帰ろうと思った。

スーパーでブロッコリーとエリンギ、ベーコンをレジに通した。

まだ読み終えていない本が家にはあるというのにレジ横の雑誌スペースに寄り道をする。

"孤独を消す方法"という本が積まれてあるのを見て、私は推しのことを思い出した。

私の推しは孤独を消さないまま、孤独にまで優しい人だ。そういうことが自然とできる人なのだ。

***

帰宅後。

誰にも見られることのないキッチンで、コロナ対策をバッチリ行う。

私はここ最近、自分が真面目なのか不真面目なのかを自問自答している。

答えはきっと"真面目"に行き着くのだが、その答えに至るまでにいろいろと誤解があることは否めない。

誰かに判定される前に自分で判定したい気持ちはずっとある。

クッキーを丁寧にこねて、形をとる。
テーブルに並んだクッキーを予熱したオーブンに入れていく。

この間、ミヤジサイカちゃんがケーキを作りながら配信をしていて、"意地汚いタイム"と称してつまみ食いしていたシーンが脳内で再生された。

あれこそ、お菓子作りの醍醐味なのかもしれない。少し真似をした。


焼き上がりまでの15分間、本の続きを読む。


テーブルの上には後にオーブンに放り込まれるであろう可愛いクッキーたちが第二陣、第三陣と待機してしている。

じっくり温められていくクッキーを他所に、私は読書に没頭していた。


ちょうど本を読み終えたタイミングでピロピロリン♪と軽快な音楽が最後のクッキーの焼き上がりをお知らせしてくれた。

エプロンをつけたまま床で本を読んでいた体は、最後の一文を読み終えた時、全身の力が抜けて立ち上がれなくなってしまった。


推し、燃ゆはクライマックスに進むにつれ、主人公の心情を生モノのように描き切っていた。

これはなかなか言葉にできない、なんとも形容し難い恐怖である。

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