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インフルエンザの検査(-)は本当か?

インフルエンザ流行真っ只中になってきました。さて、このインフルエンザが流行している という情報が具体的な数値としてお茶の間に話題になってきたのはもしかしてここ20年のくらいの話かもしれません。

20年前にインフルエンザが生まれたわけではなく、20年前(1999年)にインフルエンザ迅速検査(イムノクロマト法)が導入されました。よくある病院で鼻に綿棒なのか猫じゃらしみたいなのかを入れてゴシゴシするやつです。ここのAのラインに線がでたらインフルエンザA型陽性がでましたね~というやつです。

この検査はとても画期的でした。なぜなら、「陽性ならばインフルエンザである」と客観的に言えるツールです。よほどのことがないと仕事が休めない日本社会に、インフルエンザやノロウィルスは休まねばならないのです。休ませてくれるのです。お医者さんの臨床診断が人により異なることがありますから、説得力という意味でも爆発的に普及しました。

8割がインフルエンザの状況で検査(-)でも39%しか正解ではない?!

さて、問題はこの検査が思ったより不完全であり、めちゃくちゃ優秀でないことです。一般臨床で使用可能である簡易的なイムノクロマト法である限りはそれが問題になります。不十分な情報のままに10年、そして20年がたとうとしています。完全にこじれてしまい、以下のような事件が実例として今日も日本のどこかで起きているかもしれません。

・検査(-)→インフルエンザでないかどうか調べて違った!よかった!!
・検査(-)→まだ早いからかも!別の病院で明日も検査しよう!

これはどっちも不正解なのかもしれません。実はインフルエンザなのに検出陽性にならないだけの可能性があります。なぜなら、流行期では現在のインフルエンザ検査では陰性と言い切るには力不足なのです。
具体的にはこの検査の成績は感度62.3%、特異度98.2%くらいだからです。
Chartrand C, Leeflang MM, Minion J, et al. Accuracy of Rapid Influenza Diagnostic Tests: A Meta-analysis. Ann Intern Med. 2012;156:500–511.

感度特異度はベイズ統計といってお医者さんが聞けば好きな人は色々説明してくれますが、正直何%なんだよというほうがしっくりいきます。そして、インフルエンザ(-)が本当にインフルエンザでない確率(陰性的中率)のほうが日本社会では重要です。


陰性的中率は僕も覚えてませんけどこんな計算をします。
陰性的中率=特異度 × (1-有病率) / (特異度×(1-有病率) + 有病率×(1-感度))
もちろん僕には無理ですが、賢いWebサイトで計算することができます。
https://keisan.casio.jp/exec/user/1347345469


さっそく感度62.3%、特異度98.2%と入れてみましょう。しかし、もう一つ入れる欄があります。有病率です。これは、検査を受けるうち、だいたいどれくらいインフルエンザかなという、流行状況でだいたい決まります。
発熱ブースで長い時間病院で待っているのが10人いたとして、何人インフルエンザかという計算とするととらえやすいでしょう。
上記サイトで計算してみました。

有病率10%・・・陰性的中率 95.90884427563754747694 %
有病率50%・・・陰性的中率 72.25901398086828550405 %
有病率80%・・・陰性的中率 39.43775100401606425703 %

おどろくべき数字と思いませんか?流行しているほど(-)である信ぴょう性はかなり落ちます。少し出てきたかなというときに陰性であるという判断が95%でだいたい正しい一方、流行してきて発熱外来に座る2人に1人がインフルかもしれない状況では100-72=28%が(-)でもインフルだし、待合室で8割インフルエンザ患者さんの真冬の発熱外来では(-)でも100-39=61%はインフルというわけです。

流行期にインフルエンザの症状がそろえば検査(-)でもかなりの確率でインフルエンザ


2001年に言われた古い話になりますが、インフルエンザが流行している時期にいわゆるインフルエンザのような症状が熱と咳(+鼻水or 筋肉痛 など)
があると、インフルエンザ(血液検査で抗体価も測定しており、本当に確定診断)の確率は80%弱と言われていました。

Hak E, Moons KG, Verheij TJ, Hoes AW. Clinical signs and symptoms predicting influenza infection. Arch Intern Med. 2001;161(10):1351-2.

流行期に発熱あればインフルエンザの検査をしますよね。熱がある患者の7割はインフルエンザ、さらに咳があれば8割はインフルエンザで間違いない。あれ、さっきの80%の有病率と同じ状況ですよね。そのときの検査が(-)であったときインフルである確率は61%。ちょっとにわかに信じがたいですよね。発熱して12~24時間たって陽性率は確かに上がるでしょうが、格段にあがるわけではなさそうです。複数回インフルエンザ陽性の確認は非常に非効率と言えます。

この問題の根本は繰り返しますが、インフルエンザでないと仕事が休めない、日本の社会の仕組みが大きいです。インフルエンザであれば休まねばならない、インフルエンザでなければ出勤しなければならない、そこにインフルエンザ陽性/陰性のシステムはあまりにもすっぱりとはまり込んでしまいました。そして20年たってしまいました。検査が簡単になりすぎて、インフルエンザかどうかはもう、検査でしか判定してはいけなくなり、20年検査のみで判断していた結果一部の医療従事者を含めほとんどの大人が自分の頭で考えられなくなってしまいました。でも、それは仕方がないことです。だって自己判断を許してくれない人が多すぎたんだもの。ただ、これは絶対インフルエンザやろ~っていう状況はたいてい当たりです。お医者さんの役割として本当に重要なのは、重症化し合併した肺炎や、インフルエンザにまぎれている重大なそのほかの病気を診断することです。

今年も小さな診療室で、微妙な気持ちでインフルエンザの検査をしています。でも、根強い問題であるし、症状がそろう場合は陰性だけどたぶんインフルですよ~と言い続ける運動を草の根で続けていく次第であります。

インフルエンザ検査の未来

検査は進歩しています。従来のイムノクロマト法に加え、デジタルイムノアッセイ法(digital immunoassay [DIAs]) や拡散増幅法(rapid nucleic acid amplification tests [NAAT])が開発されてきています。特に、拡散増幅法のリアルタイムPCR法は30分以内にできる検査まであるようです。
要するに、新型インフルエンザの診断のような、研究室レベルで行われていた、感度の高いインフルエンザ検査が技術の発達とともに普及してくる可能性があるということです。拡散増幅法の性能はインフルエンザA型、B型でも感度は90%以上となっています。
Merckx J, Wali R, Schiller I, et al. Diagnostic Accuracy of Novel and Traditional Rapid Tests for Influenza Infection Compared With Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction: A Systematic Review and Meta-analysis. Ann Intern Med. 2017;167(6):394-409.

このような詳しいインフルエンザの検査は、よほど安価で簡易にできることがない限り、まずは医療施設での施設内の感染対策に行われるべきです。間違えても、インフルエンザ陰性でも、大きな病院に行って最新の詳しいインフルエンザの検査をして陰性の診断書をもらってくるように、などという狂った社会にならないことを切に願います。

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