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ほうじ茶と花残月

B面しか最近書けていない。
あ、けど、イギリス来たから貯めているものをつらつらと書いていけるかも。イギリスは時間が穏やかに進んでいる感覚が強いのと、あと、天候が色々な意味であれなので、逆に創作意欲が刺激されるのですよね。

今回は4月中に集めた色々。

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私の空間は、私だけの空間。
私と、まあ猫なら入っても良い、ふわふわの空間。

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恋とは無縁の時間軸と世界で、私たちは関係性を築いて、継続してきた。
だからね、あなたは大切な人。
好きだなぁ、と思うことも沢山ある。
でも、恋愛で片付けられるような繋がり方をしていなくて、それは形容しがたい繋がりだから、名前をつけないで、友達という大きなくくりの流れに任せて、これからも緩く交差していくことを願っている。

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「きょうだい」と評するのが一番しっくり来る人がいます。
ずっとどういう言葉がこの関係性を表すのにぴったりか、悶々と考えていたのですが、「きょうだい」という表現に最近辿り着いて、ピタッと納得いきました。時に弟のように、時に兄のように。その時々で支えられる・支えるバランスを入れ替えながら、繋がっていきたいと思っています。

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私は表現者でありたい。

最近引退したサークルの春公演を見ていたときにひしひしと感じたこと。
私は、綺麗なものが好き。そして、それを表現できることに喜びを感じる。

先日諸事情でほぼ初対面の人に私の印象を聞く機会があったのだけど、橋渡し的な役よりはクリエイターだよね、と言われて、

それが「え」と思ったけど、同時に嬉しかったの。

神さまたみたいな創作をできる人たちがゴロゴロいる環境だから気付かないうちにしまっちゃってたけど、私が今の仕事を選んだのは、関わる人への応援だけじゃなくて、私自身がずっと表現し続けられる場所でもあると感じたからだ、ということを思い出させてくれました。

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小さい所に信頼を感じる。
私より強いその腕が、私を傷つけないようにめちゃくちゃに加減してくれているのに、心がきゅんとなる。

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相手を傷つけると分かっていて、敢えてその言葉を選ぶ人に、私はしっかりと傷ついてしまう。言葉自体、というよりはその言葉を発する心境に。

私がその人の何かしらを傷つけてしまったから発せられた言葉なのだと思うと、ごめんね、という気持ちと同時にこういう時は、大抵私が私であったから生じてしまった事態なのだと経験から推測する。

Sometimes, your best is not enough for some people. 

この対処法を私はまだ上手く見つけられていない。

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またイギリスにきてまだ3日間しか経っていないけど「やっぱりそうなんかな」と思うことがある。

言語には「間の取り方」という概念があるのだけど、私はこれが日本の中では割と独特と評されることが多い。でも、イギリスに来てみて、感じたのはゴリゴリに欧州育ちの人たちの中だと、あからさまに間の取り方が違う。だから、やっぱり、私の間の取り方は「アジア寄りの考え方を持つ西洋人」というニッチな部類に入っていくのだと思う。

以前イギリスにいた時も、仲良くなったのは、アジアで育った経験はなくとも、アジアにルーツを持つ人々だった。それに付け加えてゲーマーでもあるから、まあ、盛り上がるよね。笑

今回はボドゲソサエティはない様子。珍しいなあ。ヨーロッパは結構ボードゲーム文化が盛んなのに。別に公式でなくても全然良いから、ボドゲしている人々とかいないかなぁ…。


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