残暑の記録

いつも以上にごちゃごちゃ。

水中に行きたい

最近、低気圧と湿気と信じられない程の暑さにやられて浮かんできた思考回路。

水の中にいるときはあの独特の浮遊感に包まれて、シャボン玉の中みたいに安心できるから。

そういえば水の中の私はよく、「人魚みたい」と評されることが多いな、と思い出す。人魚ではないけど、生活の50:50は波の合間にいたいと思う。

・・・

ああ、そういえば今年まだ、海に行けていないなぁ。
行きたいなぁ。
ゆらゆらとたゆたい、たい(造語?笑)


みんなといる時のあなたが一番好き

だなぁ。と思った。


tokyo mixtape 

私が恋した街はロンドンなんだけど、留まる場所と考えるのは東京。

特に期待もなく、大学で日本に行くなら東京でしょ。と決まった東京行き。
色々な街に住んできたけど、私が今でも、元祖東京と思うのは高田馬場-早稲田区間に住んだ1年半。

ほとんど電車に乗らなくても私の生活が完結した、あの期間。
電車通勤をなるべく避けるのは多分この時成り立った経験を知っているから。
とりあえず1時間程空くなら一旦帰りたい。そう思うようになったのも空きコマで帰れちゃう立地に家があったから。

家自体に関しては特にノーコメントだけど、家の周りが好きだった。
川の水音を聞きながら帰って、川沿いの並木道とそこを通る風で季節を感じて、この街が好きな人たちが営むお店に囲まれていた。日曜日は閉まっているお店が多くて食料難民になったのも、今となっては良い思い出。便利な路線を抱えた駅が2つもあるはずなのに、そのどっちもから遠くて電車に乗っている時間より駅に歩いている時間の方が長いなんてザラだった。道のりは暑いし、変なナンパに声をかけられるし、酔って寝込んでいる人もいっぱいいた。

終電が東京1遅くて、逃したとしても基本的に歩ける距離に全てがあった。昼の穏やかで学生がいっぱいいる顔も、夜の煩い背徳的な感じも好きだった。実は本屋さんがいっっぱいあって、カフェもいっぱいあって、居酒屋だけじゃないんだよ?という裏路地を探索するのが好きだった。

もう、多分、二度とそこには住まない。
もうすぐ、「私の街」とも呼べなくなる。
それでも、あの街は私が一番「東京」の良さを感じる場所。どんな人も、どんなことも受け入れ、合間に溶かしてくれる、そんな東京を感じる場所。


否定をしない

私のお母さんのお話。

比べて、やっぱりそうだよな、と腑に落ちるのもちょっと失礼な話だけど、私のお母さんは「否定しない」。

比べた相手は、おばあちゃん。お母さんのお母さんだ。
おばあちゃんはすぐに「それ良いじゃない」とか「それ変ね」と見た目に関して割とズケズケ言ってくる。
それに反してお母さんは「髪染めてきたの」「その服、最近買ったやつ?」と気付いた事実を伝えてきて、私が自分の感想を「そうだよ、良いでしょ?」というと、「似合っているよ」と笑顔で答えてくれる。

他の場面でも、分かりやすい肯定の言葉をいつだってかけてもらったか、と言われればそういうわけではないけど、自分の選ぶことに対して、「そう。それに決めたの」と常に言い続けてもらえる環境を構築してきたお母さんの元で育ってきた私は、いつだって自分の選択に肯定感を感じて来られた。だから、私はいつでも自分のことは自分で決められる、という安心感を持っている。

それって、幸せなことだよな〜と思った瞬間でした。


私が、私であることで、感謝される

「ありがとうね、助かった」
予想外な人に、何度もそう言ってもらえた。

私が、これをやらないと後悔する、だから私のわがままを聞いてほしい、という感じで好き勝手やったのに、結果的に感謝してもらえたのはすっごく嬉しかったな。

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