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英国総選挙2019ーー国民の物語をどう描くかーー階級政治vs文化戦争(1)

2019年英下院総選挙の争点は何か。国内外(特に国外)のマスメディアが、今選挙の争点と想定しているのはブレグジットだろう。ボリス・ジョンソン首相はもちろんそれで戦うつもりだ。自分が取り付けたEU離脱合意を議会が承認しないので(*1 文末参照)やむなく離脱期限を延長し、期日前選挙で議会過半数を得てブレグジットを完遂する、と有権者に売り込む戦略だ。スローガンは「ブレグジットを片付けちまおう!」だ。

公式野党労働党の支持率は低迷している。コービン党首は「離脱か残留か」の態度を明らかにしなかったことから優柔不断とラベリングされ、個人支持率はどん底だ(*2)。ジョンソンは考えている。歴史的に労働党が強いロンドンで自分は2度の市長選を制し(*3)、離脱運動を率いて見事に勝ち(勝つつもりはなかったけれど)、党首選でライバルを蹴落とした(*4)。自分の人生に負けはない。

ほんとうにそうだろうか。

2017年春に期日前総選挙を決定したテリーザ・メイ前首相の争点もブレグジットだった。EUとの離脱交渉を始める前に議会過半数を拡大して党内の足場を固め、党内野党を押さえ込む戦略だった。党内野党とは、今ジョンソン内閣の閣僚席に座るEU懐疑派議員の面々だ。

公式野党労働党は内紛でバラバラ、党首は不人気で、支持率は保守党の半分にまで落ち込んでいる。メディアは自分をサッチャーの再来と讃えている、圧勝は確実だ、とメイは考えていた。議会運営のことは、野党と対立するにしろ交渉するにしろ、ほとんど眼中になかったと思われる。離脱交渉の方針は決まっておらず(これは、当時メイが繰り返していた「ブレグジットとはブレグジットのことだ」という無意味なマントラに表れているが、どういうわけか「思慮深さ」の表れとして受け入れられていた)、ともかく圧倒的過半数さえ得れば、交渉が行き詰まった時には「合意なき離脱」で押し切れると想定していたのだろう(スローガンは「悪い合意より合意なき離脱の方がまし」)。

それでどうなった?

選挙の争点は「フレーミング(枠組み)」で変わりうる。

保守党は2017年総選挙を、ブレグジットを最大の争点にし、大統領選のように「強いリーダー(テリーザ・メイ)」を売り込む戦略で闘った。一方、労働党は、反緊縮(公共投資拡大)を争点にし、政治家と労組と党員のマスムーブメント(社会運動)として闘った。

どう展開したか。抽象的なブレグジットよりも、日々の生活に密着した数々の反緊縮政策の方がより有権者の意識を刺激しーー「自分の生活が苦しいのは政治のせいだ」との気づきを掘り起こしーー、争点としてのブレグジットは背景に後退した。選挙戦が始まって数週間で、フレーミングが、ブレグジットから反緊縮に入れ替わってしまったのだ。その結果、二大政党の得票率は2%差まで縮まり(保守党42%、労働党40%)、過半数を割りながらも保守党が政権を維持したが、二度のテロによる合計約1週間の選挙運動停止期間がなければ労働党が逆転していた可能性さえある(*5)。

保守党は2019年総選挙も、ブレグジットを最大の争点にし、大統領選のように「強いリーダー(ボリス・ジョンソン)」を売り込む戦略で闘うつもりのようだ。臨機応変な対応が苦手で「ロボットのよう」と揶揄されたメイ前首相と異なり、ジョンソン首相はウィッティーでチャーミングで話術が得意、演説もうまい(とされている)から(*6)、首尾は上々と考えている。

さらに保守党は、フレーミングが入れ替わってしまった2017年の失敗に習い、ブレグジットに投票した労働党支持層を狙う目的もあって「緊縮は終わった」と宣言、公共支出の増大を約束している。過去10年近く、政権に就いていた同じ政党が、頭をすげ替えたとは言え自らの緊縮財政を否定するような政策を大々的に打ち出す矛盾はさておくとしても、2017年労働党公約の希釈版に過ぎないのではないかと茶化すジャーナリストもいるように、単なる人気取りの印象は否めない。そのうえ、「低税率の党」の看板は下ろさない模様で(コアな支持者のための富裕層減税が予測されている)、まだマニフェストと見積書が出ていないので不明点はあるが、増大する予算には借り入れを充てるつもりのようだ。つまり、この点で、大きな借り入れは将来の世代にツケを回す、と労働党を攻撃しにくくなっている。最も強いカードの効力を自ら減じたことになる(*7)。

ここで強く指摘したいことがある。コービン労働党は2017年総選挙に勝てなかったが、緊縮が財政的な必要からではなく政治的な選択として実施されていると一定数の有権者に伝えることに成功した。その結果、保守党は、今選挙で緊縮財政を捨てざるをえない状態に追い込まれている。

そんなわけで、この選挙の争点は「ブレグジット」だけでなく「公共支出増大(社会保障拡充とインフラ整備)」の二つになった。保守党は前者に強く、労働党は後者に強い。特に後者については、英国の国教とも言えるNHS(国民健康保険制度)の将来がかかっている。どちらの争点がこの選挙のフレーミングになるだろうか。

家にいる時、ワタシはほぼずっとラジオを聞いているのだけど、選挙戦が始まってすぐに、とりわけコールイン・ラジオ(*8)の議論のトピックが変化した。もうみんなブレグジットの議論には飽き飽きしていることもあり、労働党が日替わりで発表する新政策が、その日の議論の方向性を決めつつある。これは2017年選挙戦での同党の戦略を踏襲するものだ(2017年の戦略については拙訳書『候補者ジェレミー・コービン』第15章に詳細)。今選挙の流れを変えると思われる「緑の産業革命」(労働党の「グリーン・ニューディール」)政策の全貌が表れ、議論のトピックになるのを心待ちにしている。

これらに加え、あるいは、これらを超えるものとして、この選挙には、これまでの選挙と大きく異なる点がある。この先5年間、国がどう運営されていくかの選択となる「争点」やその「フレーミング」に留まらない、もっと大きな、もっと長い国民の物語をどう作るか、がかかっているのだ。

過去40年以上にわたって英国(だけでなく先進国全体)のコンセンサスになってきた経済体制ーー「サッチャー主義(新自由主義)」ーーが終わるかもしれない。ネオリベ経済を支えた個人主義に根ざす「文化戦争」の煙幕で見えにくくなっていた「階級政治」が、文化戦争を抱合する新しい形で復権するかもしれない。

ボリス・ジョンソンの議会4度目の挑戦がようやく実を結び、英下院は期日前総選挙に突入した。議会は11月5日火曜日夜(6日午前零時)に解散となり、その翌朝、首相が女王に議会解散と総選挙を報告し、公式に選挙戦が開始された。投票日は12月12日だ。

とは言え、野党は公式解散前に選挙運動を始めており、なかでも最も早かったのは労働党だ。10月29日夜8時1分に下院で「期日前選挙動議」が可決すると(*9)、その23分後、コービン党首のフェイスブックとTwitterアカウントに労働党の選挙キャンペーン動画が投稿された。

「これが我々の変革だ」と題された広報動画は、2015年労働党党首選で党首に選出されたコービンの勝利演説から採取された「貧困は必然ではない。物事は変わりうる、そして変わって行くだろう」から始まり、2017年総選挙での驚くべき成果や議会での与野党対決、同党の政策の一部がテンポよく編集されている。それらの場面に「ピープルズパワー」「草の根から上に」「ムーブメント(運動)」「みんなのために機能する経済」「共通の目標」など、集団的行動や共同の力を表す言葉がかぶせられている。最後は「これは半生に一度のチャンスだ。英国を建て直し、富と権力を少数の手から多数の手に取り戻そう。真の変革の時だ」と結ばれている。「少数」の代表として二人の大富豪の顔が出て来る。どちらも多額の税金逃れで有名なメディア王マードックと服飾小売王フィリップ・グリーンだ。

選挙戦が公式に始まった翌日11月7日、ボリス・ジョンソンのTwitterアカウントに、保守党の選挙公報動画が投稿された。

首相官邸の廊下を歩く、ハイスピード撮影されたジョンソンの後ろ姿に、前日、官邸前で行った演説の一部がかぶせられている。

動画にかぶせられた演説の「選挙で過半数を得て、あなたがたのために議会を再び機能させる」の下りは、ジョンソン陣営の選挙スローガン(になるのか?)である「議会vs人民(エスタブリッシュメントvsピープル)」を鮮明にする意図があると思われる。ただし「全国に出かけて人々に会う」はまだほとんど実践されていない。動画の最後は、ジョンソンの登場を外で待つ報道陣のストロボが稲妻のような効果を見せるなか、官邸のドアーー有名な「10番地」の黒い扉ーーからジョンソンが外に出て行く場面で、「ブレグジットをやり遂げて、我が国の可能性を解き放とう」と結ばれている。

二党の目指すものの違いがくっきりと表れている。

どちらの広報にも、同じ「unleash(解き放つ、束縛を解く、自由にする)」という単語が使われている。保守党がunleashするのは「我が国の可能性」であり、労働党がunleashするのは「ピープルズパワー」だ。


*この稿、未完です。てこずっているうちに、選挙戦5日目になってしまったので、とりあえずここまで公開。結部まで書いたらたぶん修正します。注はのちほど。

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訳しました⇒アレックス・ナンズ著『候補者ジェレミー・コービン』岩波書店(ここで一部立ち読みできます)

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