死を覚悟した瞬間の世界
大学一年生の冬に橋の上から飛び降りる決意をしました。
何か苦しいことがあったとか悩みがあったとかではありません。
敢えて言うのなら、自分自身が生きている事実に悩んでいました。
決意したのは朝起きた時に「死ぬか…」と思ったから。
死への決意は必ずしも劇的ではないようで、結局のところ普段生きている自分というのは『まだ死んでないだけ』に過ぎないんだなと。
その気持ちは今でも変わりません。
家から自転車で1時間くらい何も考えずペダルを漕ぎ、とある橋に到着しました。
川が流れていますが、高さは控えめに見積もっても30メートルはあるように見える。死に損ないを演じることはまず無い。
しかし、死を達成するためにここへ辿り着いたはずなのに、私が飛び降りるという行為に至ることはありません。
私の心には相応しく無い感情が湧き出ていました。
美しい…。
夕陽がありました。山がありました。川がありました。
そこは景色が特別綺麗に見える場所でもなければ、人気の観光地でもありません。
それでも次の瞬間には私は涙を流し一人橋の上で立っていました。
地獄から見る世界は美しい。
自分が死をより近くに認識すればするほど、反比例して世界は美しく自身の目に映る。
それからは死にたいと思う瞬間を少し楽しみに待つ自分がいます。
当初の目的などすっかり忘れました。
人間なんてその程度です。
今日も上手に絶望していきましょう。
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