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思い出の色が変わっていくことについて

 「間テキスト性」という言葉があります。
 ジュリア・クリステヴァの著作の中に登場するこの言葉は、解釈は未だに様々なんですが、簡単に説明すると「後から来るものが先にあったものの原因になる」という意味になります。さらに、ポスト構造主義のテクスト論を語ったロラン・バルトが指摘しているように、芸術鑑賞における「意味」は鑑賞者の持つ情報によって左右されるということでもあります。
 たとえば、「スターウォーズ EP7」はもの凄くワクワクするエンディングでした。初めてみた時「この後、どんな話が待っているんだろう、うおお12月が待ちきれないぜ!」と思っていました。
 それから残念なエピソード9まで観た後、改めてエピソード7を観ると、なんとも言えない寂しい気持ちになりましてね。「あのワクワクした気持ちを返してくれ!」とか「ああ、でもこの後、散々なことになるんだよなあ…」なんて一人寂しい気持ちにもなるんですが、これとよく似た経験が過去にもあったな、ということを思い出しました。

 初めて上記のような気持ちになったのは、向田茉夏さんの卒業後のスキャンダルが発覚した時でしょうか。
 別に卒業した後に何しても良いじゃないか、と考える方もいらっしゃるかも知れませんが、当時の僕は「嫌、早すぎるだろ!っていうか、SKE48に在籍時代から付き合ってたんじゃないよね?てか、芸能活動した先のゴールがそこなのか?」と今、考えると超余計なお世話ではあるんですが、そんなことを思ってヤキモキしていました。
 2013年にAKB48グループが五大ドームツアーをした時に、名古屋ドーム1日目で「フィンランド・ミラクル」が披露された際、現地に居た僕は「まゆゆ」コールに負けない「まなつ」コールで彼女を応援したもんです。ただ、上記のことがあってからは、二度と映像で見返さなくなりましたし、「箱で推せ!」ツアーの名古屋ドームでの「まなつ」コールも勿論観なくなりました。
 時が経ち、2021年現在の視点から見ると、「本当に馬鹿馬鹿しいことしてんな」という気持ちですが、あの時はなんとも言えない「裏切られた!」という気持ちになりました。
 結婚したOGメンバーたちを中心に、茉夏と交流している様子を観て「まあ良いか」という気持ちへと徐々に変化していったのを感じます。

 この経験を一旦、抽象的に抜き出すと、観察していた対象物がこちらに不快な感情を抱かす行為をしたことによって、対象物に関する過去のことに遡って不快な感情を抱くようになった。しかし、信頼できる第3者たちの容認があって、時間と共にショックが徐々に薄らいでいったということでしょうか。

 今、推している10期生の五十嵐早香の前に推していたのは、8期生の岡田美紅でした。
 彼女は在籍中に一度だけスキャンダルがありました。
 ヲタクと繋がっていたのではないか?
 この件に関して彼女や運営からのコメントは一切なく、ただただ握手会の部数が増えないままというのが、暗黙の答えだったのかも知れません。
 別に疑似恋愛的な気持ちは無かったものの(グループに入る前に恋愛もしてきたでしょうし、恋愛禁止もうたわれなくなった頃だったので)、暫くモヤモヤした気持ちになりました。多分、繋がっていたのがアダム・ドライバーだったらこんな気持ちにはならなかったでしょう。
 昨日まで取っていたモバイルメールが、全て意味を持たない記号の集まりに見えたのを覚えています。
 それでも、自分の中で天秤にかけた時に、推しがしんどい時にこそ支えでいようと決めて、推し続けることにしました。SSAで「夢の階段を上れ!」のセンターを務めた時の最後の噛みしめるような表情や総選挙でのランクイン、ゴールデンでのテレビ出演と認められることが増えて行き、やはり推してきて良かったと思えました。
 彼女が活躍する度に心無いコメントもありましたが、それでも少しずつ評価するコメントが増えていきました。
 卒業後も就職して、時々、歌を唄っているのを見ると嬉しくなります。

 このケースを抽象的に抜き出すと、一旦、観察の対象物への信頼を失い、過去のコンテンツの価値も下がりかけたものの、対象物が努力を続けることで信頼を取り戻し、マイナスをプラスに変えることが出来た。

 二つの僕の体験を挙げましたが、別にこの二人だけでなく皆さんの中で連想されるメンバーを挙げていただければ結構です。たとえば、鬼頭桃菜さんが三上悠亜になった時、散々叩かれましたが、向こうの業界で成功している現在を勝ち取ったのはほかならぬ彼女の努力の賜物でしょう。
 

 感の鋭い人は、「間テキスト性」と僕のSKE48体験を通して、何の問題を語っているか分かっているかと思います。
 元SKE48の山田樹奈のことです。
 多分、彼女が作ったマイナスは、SKE48史上で一番大きいものだと思います。
 多くの人を騙し、不幸にしました。
 被害者の人生をめちゃくちゃにしたケースもあるかも知れません。
 彼女を殺したいほど憎い人もいるかも知れません。
 ただ、彼女のことを裁くのは司法であって、僕ではありません。
 ワイドショーのように彼女の過去や人間性をあとだしジャンケンの道具に使ったり、とっくに更新が止まった彼女のSNSにひたすら罵詈雑言を浴びせ続けたり、いいねやリツイート欲しさに大喜利の道具にし続ける人達のようなことはしたくありません。


 石を投げるのではなく、再発防止策については色々と考えていくと、運営レベルで言えば、同じ6期生の竹内彩姫のゼスト就職のように、セカンドキャリアの選択肢を出せるようになれば、同じような悲劇は少なくなるかも知れません。
 また、映画評論家の町山智浩さんがある作品の評論の中で、「犯罪者が服役を終えて社会に戻っても、また利用しようと反社会的な勢力が近づいてくる。何故なら、一度犯罪を犯すと多くの場合、人間関係がほとんど崩壊した状態になるから。だから、コミュニティが悪い方へ行きやすい。それを防ぐには、多くの良き友や良き家族が必要なんです」ということを語っていました。
 映画「素晴らしき世界」の中でも、元ヤクザの主人公が殺人の罪を償った後、社会に馴染めずに一度はヤクザの世界に戻りかけますが、なんとか周りの人間たちのおかげでギリギリ踏みとどまることが出来たことが描かれます。
 だから、メンバーの卒業後のアフターケアも出来るような会社で居てほしいなと思いますが、それは虫が良すぎますかね。でも、成功を収めているメンバーたちは、やはり、在籍時や卒業後の人間関係がしっかりしているな、と改めて感じました。

 今、山田樹奈の映像を観るのは、まだ辛いです。
 彼女が作ったマイナスの塔は、途方もない高さです。
 「夕立の前」のリクアワ1位の映像を観る時に、彼女が映る度に浅はかな彼女の行動を思い出すでしょう。ソロコンサートの「16人姉妹」の歌を観る度に、この言語力をきちんと活かせる仕事や仲間になんで出会えなかったんだと考えてしまうでしょう。
 だから、今は暫く、観るのを辞めます。
 数年後、服役を終えた彼女が、自分が建てた途方もないマイナスの塔をどうひっくり返してプラスの塔を建てていくか。
 一人一人の被害者に心の底から赦してもらう為に、何が出来るか。
 もし、山田樹奈の推しの方がいたら、彼女が悪い方へ行かないように支えて欲しいですし、メンバーやOGでそれでもまだ山田樹奈をなんとかしてあげたいという人がいれば、悪い道へ引っ張られないように手を繋いであげて欲しいなと思います。
 今は観ても複雑な気分になるアイドル時代の映像を、もう一度笑って観られる日が来るかは、彼女とこれからのコミュニティ次第です。

 タイムマシーンが無いと過去の出来事は変えられませんが、過去の印象は未来からでも変える可能性が、まだ残されているはずです。

 僕たちファンが、メンバーの人生に関われる要素なんて、ほんの僅かです。一人一人が分けられる力なんてもっと小さいかも知れません。ただ、今回の件で、本当にファンが用意できる未来について考えさせられました。
 昔、推していた子がいたら、是非是非検索してみてください。
 もう表に出ていない子もいるかも知れませんが、まだ、芸能界で頑張っているなら、思い出してあげてほしい。
 孤立する前に、コミュニティが変わる前に、手を伸ばしてほしいとわがままなことを思っています。

※ 小説家の平野啓一郎さんが唱えた「分人」主義を使って、我々が知っているアイドル山田樹奈と元アイドル山田樹奈は、一旦、違う場の人間として観るべきというアプローチで2000文字ぐらい書いたんですが、どうも切り捨てるみたいで、納得できずにこちらの文章にしました。


 今回の内容を不快に思われた方には、心からお詫びします。

こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。