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愛理は天下を取りに行く


 今更ですが、宮島未奈さんの「成瀬は天下を取りに行く」を読み終わりました。今年の本屋大賞に輝いた今作は、滋賀県を舞台に主人公の成瀬の行動をある時は友人からある時は、もっと遠い立場の人間から更に、最後は主人公の成瀬の視点から描かれます。
 成瀬は幼少期から様々なことを優秀にこなしていきますが、万能の天才というわけではなく、色々ことを試しながら上手くいかなかったことはやめて、自分と相性が良さそうなことは継続していきます。青春時代のその時、その時で目標を決めて没頭していきます。
 この作品の中で他者の評価を気にせずに、自分のやりたいことをどんどん探求して、没入する成瀬の姿は、魅力的です。ただ、学校という狭い社会の中では時として、その姿は奇異に映ります。あの子は普通ではないということを言われてしまうこともあります。この時、作品の中で何気なく出てくる言葉で印象的なものがあります。

「お母さんは普通の人なのにねぇ」
わたしは「そうだね」と応えて自室にこもる。普通ってなんだろうとはさんざん問われてきたテーマだが、目立たないことを普通と呼ぶなら、成瀬は普通じゃない。

宮島未奈「成瀬は天下を取りに行く」から引用

 この一文は、学校のクラスという数十人のコミュニティや地方都市という狭いコミュニティに置いては、説得力のあるものだと僕は思います。他の人がやらないことをやる人間やみんなと同じ我慢が出来ない人間を、影で笑ったり嫌がらせをしようとしたりする人も、この作品では出てきますが、成瀬はまったく意に介さずに進んでいきます。そして、小学生の時の同級生は、彼女のことを忘れられない強烈な存在として覚えています。また、中学生の時の同級生は、別の高校になっても彼女のことを思い出したり、関係を続けたりしていきます。彼女といた時間「成瀬あかり史」の証人になろうとします。
 他者の評価よりも自分の目指す場所がある人間だからこその輝きがそこにはあったと読み終わってから思いました。

 先日、SKE48のドラフト2期生、水野愛理さんが卒業発表をされました。この発表を聴いた時に「まだ早いでしょ!」という気持ちと「仕方ないかもなあ」という二つの気持ちが同時に去来しました。
 水野愛理さんは、AKB48グループの第2回ドラフト会議で3グループが競合して取りに行くほど、将来に期待をさせる魅力の持ち主でした。
 そもそも、SKE48のドラフト2期生は本当に逸材揃いでしたがよね。キャリア約3年でドラフト2期生5人のうち4人が総選挙にランクインしていたことからもいかに期待度が高かったか分かりますし、上村亜柚香さんも現在はチームSの副キャプテンに就任してチームを引っ張る重要な存在になっています。
 話を戻すと、水野愛理さんは選抜にこそ入らないものの、ティーンズユニットのプリマステラのメンバーにランクインしたり、Night Tempoさんがプロデュースした「時間がない」公演において、いかに彼女の声が重要だったのかは、「ずぶ濡れSKE48」のチームK2公演編でのNight Tempoさんとの対談を読んでいただくと分かります。
 青木莉樺さんとのユニット曲「空の青さに理由はない」は、彼女の歌声の素晴らしさや彼女が歌うからこその歌詞とのリンクを感じさせられます。

 このユニットでの単独ライブも行い、プリマステラでの動きも活発になり、ついに水野愛理という才能が徐々に花開いていく時が来たと感じていました。
 しかし、彼女は卒業発表をします。
 卒業発表後の2024年5月4日のSHOWROOM配信では、
「今あるシングルの最終日が6月なので、5月の頭に卒業発表したらまだ時間があるから、握手会も残っている状態で卒業発表したかった」ということを語っています。
 そして、「居心地いいしね。長年いるようになると。けど、それはなんか何年かかったとしても同じ状況は変わらないなと思って。( 中略 )多分、同じ悩みを何年経っても持ち続けるから。( 中略 ) 早い段階で。自分からしたら遅いぐらいなんですけど。このタイミングで卒業させていただきました。なんか、人生を長い目で見てる人と…私は、あの、若いうちにやれることっていうので、みると、凄い短いなって思うんですよ人生って。若いうちに出来ることって限られてると思っていて。年取ってからも出来ることってめちゃくちゃあるなって、思うから。なんか失敗できるうちにじゃないけど、そういうのも大切かな、と思って」と決断した背景を語ります。

 その後、卒業するまでの葛藤も語っています。
「タイミング、タイミングでチャンスってめちゃくちゃやってくるんですよ。すごい些細なチャンスだったとしても、何かしらのタイミングでいっぱい色んな出来事が始まるんですよね。だから、その都度その都度楽しいなって思ったり、『ここに居たらもうちょっとなんか、変わるかも知れない』って思ったり。人間だから、色んな感情がコロコロ変わっていって。『もうちょっといたら何か変わるかも知れないなあ』っていうのを続けた結果って感じですね」

 確かに彼女はもうすぐキャリア10年。様々なチャンスが巡ってきたんだと思います。配信の終盤で「女の子の1年って本当に短いの」とも補足しています。そして、これからについての決意を語ります。

「『なんだかんだSKE48に水野愛理って必要だったなあ』って思う人を一人でも多く増やせていったらいいなあって思って。なんか深い話になるけど、人間って死んだらさあ、友達とか家族とかなんでもそうなんだけど。ペットでもなんでも。なんか死んじゃったらもちろん、悲しいし、メンタルにくるし、めちゃくちゃ落ち込むし、生活が出来なくなる時だってあるじゃないですか。めちゃくちゃ引きずるし。けど、やっぱ、何十年か経ったときに、人間ってその辛さを乗り越えなきゃいけない時が絶対に来るじゃないですか。ってなると、忘れられる瞬間って、むちゃくちゃ来ると思うんですよ。
 で、今、死っていうめちゃくちゃ大きなテーマで話してるからアレだけど。それが卒業ってなると、もっと、あの、忘れてしまった瞬間って絶対に来るから。私は、あの、少しでも多くの人にこの数か月間を使って、アイドルとして自分が出来る最大限を頑張ったのち、辞めた時に『SKEに水野愛理ってマジで必要だったんだな』って言われるように頑張りたいし、思い出させる瞬間を…水野愛理っていう存在を思い出させる瞬間を沢山作りたいなって、思う」

 いや、もう充分必要だよ、と僕なんかは思うんですね。
 上記の新公演での活躍以外にも、彼女がいることで風通しがよくなることって沢山あったと思っていて。説教したがるヲタクに対して「えっ、どちらさん?」と思うことを配信で語った時は、メンバーの本音ってそうだよな、と感じましたし、それを言うことで間接的に他のメンバーも救っていたのではないか、と僕は思っています。確かに「あの、どのようなご実績が?」と聞きたくなりますよね。 
 更に、プリマステラのガチ恋口上に関する提案も、彼女が矢面に立つ形になりましたが、メンバー同士で話あって決めた提案でやってもやらなくてもいいということをアナウンスしたにも関わらず、彼女が批判に合いました。もちろんね、運悪くタイミングがメンバーの成人式というめでたい日とかぶったのもありましたが。「普通」のアイドルならもっと空気を読んで黙っておいたり、保守的にふるまっておけばよいと思うんですよね。でも、発言や変化を恐れない姿勢は本当に素晴らしいと思います。

 彼女自身は今後についてとても冷静で、自分がいなくなっても残ったメンバーで対応できることや、それでユニットや曲もなんとか埋められることもちゃんと語っています。そのことが悔しくて、「必要だったと思われたい」という発言だったと補足します。
 上記の点を踏まえて「代わりになれない人」を目指したいと語ります。
 
 これからは「アイドル 水野愛理」の最後の戦いが始まります。
 忘れられない、代わりがいない存在にSKE48というグループの中でなれるのか。
 不器用だけれど、才能があふれている彼女にやっぱり期待します。
 これまで色々な負荷がかかっていたかも知れませんが、残りの期間は自由に楽しんで、「この世界が素晴らしきと語れる未来」が待っていると信じています。
 残りの期間、目指す目標へ没入する「アイドル 水野愛理史」の最終章がどうなるのか、証人の一人として楽しみに見守りたいと思います。

※過去の水野愛理さんの記事はこちら!


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