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おすすめの本 松井玲奈「私だけの水槽」

 皆さんは、人とコミュニケーションを取ることと物とコミュニケーションを取ること、どちらがお好きでしょうか?
 気心の知れた仲間と過ごす時間も良いですし、大好きな小説や映画を一人でじっくりと楽しむのも楽しいです。
 ただ、それとは逆に、コミュニケーションが非常に空虚に感じる時間もあるのではないでしょうか?
 たとえば、学校のクラス。
 たとえば、会社の飲み会。
 僕はどちらもあまり馴染めるタイプの人間ではありませんでした。
 同じく、普通の人なら出来ることがなかなか出来ないというコンプレックスがあります。
 オードリーの若林さんと南海キャンディーズの山里さんがやっていた「たりないふたり」の「飲み会がたりない」の回とか本当に共感しぱなっしで、どうやって逃げるかとかは本当に参考になりました。
 かといって、一人で過ごす時間の使い方が上手かというと、そうでもなくて、たまに「観る映画ないなあ」とか言って、もう200回ぐらい観ている「魔界転生」のDVDを2時間観て過ごすという使い方をしてしまいます。
 ああ、普通の人なら、インスタやXにアップするようなキラキラした日常を送るんだろうなあ、と後悔しぱなっしです。
 でも、松井玲奈さんの「私だけの水槽」を読むと、上手くいかない「普通」との付き合い方や、偏見を持っていたものに対しての距離の合わせ方、どうしょうもない自分のコンプレックスをどうオモシロに変えていくかについて、学んでいくことが出来ます。
 

 松井玲奈さんはSKE48に在籍していた頃、良い意味で「めんどくさい」と言われていました。この「めんどくさい」性格だからこそ、ステージの上で素晴らしい表現が出来ますし、ファンの方に寄り添った発信が出来ていたと思います。
 卒業後もいくつか出演作を拝見しましたが、観ながら松井玲奈を忘れて役の中の人物として見せられてしまうという演技力を感じます。ここ最近みたものでは「よだかの片想い」が僕のベストです。

 

 「私だけの水槽」の中では、俳優・松井玲奈さんと猫のお母さん・松井玲奈さん、そして、一人の女性としての松井玲奈さんが出てきます。面白いのは、一つのテーマの中でこの松井玲奈さんのレイヤーが重なって出てくることがあります。
 「ギフト」という章では、最期を迎えるおばあさまと悲しみを感じながら向き合う一人の女性としての松井玲奈さんとそれを客観的に観察するもう一人の松井玲奈さんという描写が登場します。この視点に関して、「ずるい自分」と書いていますが、もう女優の業のようなものではないかと僕は読みながら思いました。この「ずるい自分」がいるからこそ、素晴らしい表現が出来ると。こういう、演技の裏にあったドラマは俳優さんが語ってくれないと我々観客は知らないままです。書いてくださったことがありがたいです。更に、「あれをまた見たい」と求められるジレンマについても考えさせられました。我々が感動するのは、きっと何か特別なものが乗ったものかもしれないし、それを再現するのは本当に難しいんだと気づかされました。
 また、この本を読んでいると、変わっていくことを肯定できる気持ちになれます。「趣味の収穫どき」という章では、世間で盛り上がっていることに対して背を向けたくなる気持ちと、でも、勇気を持って触れてみると、世間で盛り上がるのには理由があることを知っていきます。ううむ、確かに普段サッカーに興味がない人が日本代表戦だけ盛り上がるのとか超怖いですよね。でも、アーセナルに関するドキュメンタリーと「ブルーロック」を観て、変わっていき、やがて応援したくなる選手が出てくるとことか、新しい趣味が生まれていく過程が丁寧に書かれていて面白いです。もしや、「オールオア・ナッシング」を観たのかな、と考えながら読みました。また、マーベル映画にハマっていく過程も「分かる!」となりましてね。もし、今も見続けているなら地獄のフェイズ4をどうやって乗り越えたかとか、どの作品がベストだったかとか知りたいですね。
 
 この「私だけの水槽」を読んでいると、生活の中でつい忘れてしまっていた丁寧に何かと向き合うことを思い出します。人とコミュニケーションを取ることと物とコミュニケーションを取ること。どちらに対しても、少し立ち止まらないとな、と思いました。ついつい日常の生活の中で流してしまうような食事の時間や何気ない雑談の時間、その中で選ぶ行動や言動。それがどこからやってくるのか、そして、どんなものをこれからも残していきたいのか。それにしても、松井玲奈さんのエッセイは暮らしの中で、後からじわじわ効いてくるんですよね。前作の時もそうでしたが、読んだ数日後に「どんべえ」のカップ麺をコンビニで見てトリガーが発動するように、今回もポッキーを見たらトリガーになってついつい買ってしまうんでしょうね。こういう後から染みてくるエッセイを書ける人ってすごいですよね。

 私だけの水槽と呼べる場所があなたにはあるでしょうか?
 ひょっとしたら、ディズニーシーのホテル・ミラコスタのレストランで過ごす時間かも知れませんし、猫と過ごす時間かも知れません。あるいは、気心の知れた友人たちと話す時間かも知れません。
 自分だけの水槽を思い出しながら、雨の日曜日の午後を過ごしたいと思います。
 

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