コールセンター

 僕がお金に困って、コールセンターのアルバイトを始めたのは、桜の蕾が現れる頃だった。

 別にコールセンターの仕事がしたかったわけではない。僕が登録した派遣会社の人が「この仕事なら日払いでお金が貰えますよ」と教えてくれたからだ。ありがたい。なんせ、年末に仕事を辞めた僕は死ぬ気マンマンで、終活をしていたので、手持ちの金は3000円ぐらいしかなかった(なんで僕が死ぬ気マンマンだったかは、僕の「Mくんのこと」というnoteを読んで欲しい。)。

 さて、コールセンターで働く人はどんな人が多いんだろうというのが僕の興味だった。男性は何故か、韓国のアイドルみたいな髪型の人が多いのが印象的で、髪の色も自由で、ピンクや金髪の人が多かった。あと、髪は黒いけれど、耳までかくれていたり襟足が凄く長い人も結構居た。僕が書くのもなんだが、わけあり人が多そうだった。
 それに対して、女性はまともそうな人が多かったのが意外だった。

 初日は、システムの説明や入力の仕方を学び、2日目はひたすらロープレをやった。どうやら僕がする仕事は物を売るためのセールストークをして、お客様を契約専門の部署の人に「パス」をするのが仕事で、契約専門の部署の人が「シュート」あるいは「ゴール」を決めるらしい。

 3日目から、いよいよ電話をかける仕事が始まった。
 机にパソコンのモニターとキーボードでヘッドフォンというセットだ。
 そのセット揃った机が広いフロア一面に広がっている。どこかで観たなと思ったら、映画「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」だ。
 顧客リストの電話番号をクリックすると、自動的に通話アプリと連結して、電話がかかるようになっているのが、最初のうちは驚きだった。
 隣の席はベテランの主婦の方で色々と教えてくれた。「この仕事は宝探しみたいなもんだから、断られる前提でやんなさい」
 その通りでガンガン断られた。
 そもそも、このご時世、電話に出ない。
 それでも、電話を始めて1時間ほどで、初めて「パス」に成功した嬉しかった。
 僕らの管理をしている正社員さんたちが、「ナイスパス」と誉めてくれ、「パス」というマグネットが一つ、ホワイトボードに書かれた僕の名前の下に貼られる。
 や、やった。
 なんでも初心者の時が楽しい。
 僕は調子に乗って電話をし続けた。
 その結果、初日で新人75名のトップに立った。
 テレアポ未経験だったが、たまたま電話が繋がり続けたのと、お客さんで話を聞いてくれた人が沢山居たのだ。ただ、この時の僕はまだその事に気づいていない。
 管理をしている正社員さんが、「上位10名は明日の朝からはあと3階上の7階のフロアに行ってください」と周知して3日目は終わった。

 なるほどね。
 上に行けば行くほど、猛者がいるのか。
 いいだろう、と思いながら、僕はオフィス街を後にした。

 4日目。
 驚くほど、電話が繋がらなくなり、お客さんにも断られた続ける。社名を出しただけで切る人も居た。この日は本当に時間が長く感じた。40人ほどが居るフロアで、最初の3時間、僕だけパスが出来ていなかった。
 僕は7階に残留することになった。
 頭の中で「こんな仕事、AIにそのうち奪われるんだよ」とAIの知識のかなり誤った解釈を用いて文句を言っていた。ここで僕は2日間の連休を取る。

 5日目。
 どうやら、僕は朝に成績を上げるのが得意かもしれない、ということに気付く。朝に数を稼いで、夕方までだらだら数字を積んでいくスタイルのようだ。そう考えると、3時間ぐらいの勤務でいいのでは、と思う人もいるかも知れないが、時給で働いているし、派遣なので特にインセンティブも出ない。
 なんとか、自分の中でお客さんにOKを出してもらうまでのストーリーも出来てきた。ここまでスクリプトを読めば、成功することが多いというのも。
 1日が終わるとそのフロアの責任者の人に、明日は8階に行くように告げられた。

 6日目。
 昨日よりも狭い、30人ほどの部屋だった。
 毎日、朝礼があるのだが、集まった面々を見ると、女性率が高い。その中で一人、こういう職場には似合わないと言うと失礼だが、小綺麗な男性が居た。顔はウッチャンに似ていたのでここでは内村さんと呼ぼう。ちなみに僕は、大学院時代、社会人時代ともに、この顔のタイプの人と相性が良い。何故かはわからない。
 背が僕よりずっと高くて、白シャツをジーンズに入れているんだが、ダサく見えない。
 内村さんのネックストラップの色を見ると、トッププレイヤーの人の色だった(書き忘れていたが、この会社はネックストラップで階級が分かるようになっている)。

 朝から僕は絶好調だった。
 開始20分で1件目のパスが取れた。
 ホワイトボードに、マグネットを貼りに行くと、内村さんの名前の下に2つマグネットが貼られていた。
 あまりの凄さに顔がにやけてしまう。
 僕は凄いものや人に出会うと嬉しくて笑ってしまう。
 よし、まずは内村さんに追い付こう。
 そう決めて、電話をした。
 2件目を取った時には、内村さんはまだ2件だった。
 よしよし、今なら抜ける。
 朝型の僕にとって今がゴールデンタイムだ。
 運良く3件目を取ったところで、最初の休憩に入った。
 ホワイトボードに自分のパスを貼りに行って、愕然とした。内村さんは、既に5件目だった。

 僕が5件目に達する頃には、内村さんは10件に到達していた。もう、嬉しくて笑いが出てきた。よし、明日はこの人の横に座ろう。

 7日目。
 内村さんに横に座る。
 コールセンターで働いてみて気づいたことだが、隣りの人の声が大きいと全く仕事にならない。また、敬語がおかしい人の隣りに座ると、今度はそれが気になり始める。
 内村さんはどうだったか。 
 邪魔にならない声量で、丁寧に受け答えをしていた。
 お客さんに電話が通じない時に盗み聞きすると、彼の返しの鮮やかさや提案力の高さに驚かされた。
 基本的にいらないと言っている人に提案するのだが、相手のボーダーラインの引き下げや、悩みの発見率の高さに、この人は何者なんだ、と感じた。
 最初の休憩の時点で今日もダブルスコアで負けていた。

 僕は自分から人に話しかけるタイプではないのだが、この人は何者なのか気になって、休憩時間に内村さんに話しかけた。
 どうやら、内村さんは2年前からこの職場に居ること、前は有名な家電メーカーで営業をしていたこと、家族を養うために仕事を掛け持ちしていること。色々なことを話しているうちに休憩時間が終わった。

 そこからの時間、本当に時間があっという間だった。前を走っている内村さんのペースに追い付こうと懸命にあがくが、僕のトークスキルではまだまだだった。
 内村さんから、お昼休憩の時の食事に誘ってくれた。なんでも、横で僕の頑張りを感じたそうだ。そう言われると嬉しい。
 僕はお金がないので、昼休みは何も食べないでいたが、内村さんがパンとコーヒーを食堂で奢ってくれた。
 内村さんは、昔はバンドをしていて夢を諦めて就職し、頑張り過ぎて心と身体がバラバラになって退職したそうだ。本当にこの仕事がしたかったわけではないが、自分に合っていたのと時給が良いので続けているそうだ。
「ここに居る人たち、色んな理由でここに流れ着いたのかも知れないね」
 寂しい目で内村さんは言った。
 食堂が一瞬、静かになった気がした。
 この人になら、と思って自分の今までのことを話した。
 「いつか君が物書きになったら絶対に買うよ」と言ってくれた。

 8日目。
 この日も僕は朝から数を稼いだが、内村さんは恐ろしいスピードでパスを上げていく。しかも、その後のオペレーターがゴールを決めやすいように、トークを進めているので、「内村さんからのパスは堅い」と他のオペレータの方々が言っていると、フロア管理者の方が言っていた。明らかに12時間は毎日働いていそうだ。だいたい、この人はフロアに来る度に残りの残業可能時間について語っていた。
 僕のパスはというと、せいぜい40パーセントというところで、うまくゴールに結びつけられているかというと、まだまだだった。少しでも上手くなりたくて、言い回しを真似た。内村さんがこっちを見て、ニヤリとしていた。
 確か、世阿弥が言っていたと思うが、「学ぶ」とは「まねぶ」であると。
  だったら、僕は確実に学んでいた。
 一日が終わる頃、僕は前を走る人がいることの楽しさを感じながら、仕事に打ち込んだ。本当に楽しかった。
 

 9日目。
 僕は短期で仕事を申し込んでいたので、この日が最後だ。
 今日こそ、内村さんに追いつこうと思ったが、内村さんは休みだった。
 午前中からどんどんパスを挙げて行こうと思っていたが、この日は内村さんが居た日ほどは伸びなかった。
 それでも、なんとか一日の業務を終えた。
 最後に内村さんに挨拶が出来なかったのは残念だったが、僕は最後の日払い金の入金申請をしてビルを出た。

 やってみるまでは、こんなとこに来てもなあ、と思っていた僕だったが、どんな仕事にもプロは居て、そういう人達からは学ぶべきところが沢山ある。

 次は、どんな仕事をして、どんな人に出会って、学ぼうか。
   

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