【月刊OUT】
1991年7月31日。
「定食屋で友人と「伝説巨神イデオン」の話で盛り上がる。帰宅後、昔の月刊OUTを引っ張り出して、イデオン記事を読んだり」
8月25日「午前3時まで、昭和56~57年の月刊OUT読み返して、イデオン研究(笑)」
私の中にもっとも刻まれたアニメがイデオンで、そしてもっとも刻まれた雑誌が月刊OUTなのでした。
OUTについてはかつて、10年ほど前に文芸誌で連載していたエッセイ(のちに単行本になってます)で書いたことがあるので、それを抜粋します。
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小学校高学年くらいから数年間、少ない小遣いのうち480円を注ぎ込んでいたのが「月刊OUT」という雑誌だった。40代以上には説明不要だけど、一応ヤング読者に説明しておくと、基本は(アニメージュとかに比べると)マイナーなアニメ雑誌、しかしビックリハウスのようなネタの投稿雑誌の趣きも大きく(しかもそのコーナーを担当していたライターが、現在はゲーム界の巨匠、堀井雄二氏とさくまあきら氏だったりした)、サブカル雑誌としても読めた、そんな伝説の雑誌。
君たちのまわりに初代オタク世代のおっさんがいたら、月刊OUTという呪文を放り込んでみるといい。きっといままでにない顔を見せてくれるが、そこからの話はきっと面倒くさいくらい長い。
それはともかく、先生の「雑誌に載りたい」という願望はOUTが最初だったと思う。しかしネタを投稿してみたかったが、いかんせん小学生。熱心な読者だったからこそ、ガキの考えるネタでは採用されないという、ガキとは思えぬ正確なジャッジができていた。というか、ハガキ代がまず捻出できない小学生。でも載りたかったなあ、「ゆう坊のでたとこまかせ」とか「さくま学園」とか。はい、このへんの単語も身近な元オタク少年に投げ込んでみてくれたまえ。その後の長話には責任は負わないけど。
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という雑誌でした。
1991年11月6日「神保町のオタク古書店で、編集長にお土産に、ボトムズ載ってる月刊OUTとアニメック買う」
オタクは絆を深める。
いまでは信じられないでしょうけど、80年代初頭のアニメ好きはいまと違って、まあまあ名乗れないくらい恥ずかしいことで(ガンダムですら)、みんなガンダムやイデオンに夢中だったことを隠してたものです。
ですが上記の日記のように、友人との会話でふとイデオンが出たら「おまえも好きだったのか!」で会話が止まらなくなったり、編集長と仕事以外のことで初めて盛り上がったのがガンダムやボトムズの話で、そこから二人でガンダム特集できないか画策したりしました。
1994年3月30日「20:00、四谷文鳥堂。月刊OUT17周年号。OUT最新号を買うのは10年以上ぶりか?」