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「お水のお代わり下さい」がどうしても言えなくて2023

レストランで店員さんに「お水のおかわり下さい」と中々言えないタイプである。忙しそうな店員さんに話しかけるのは、余裕がない相手を追い詰めるようで何だか苦手だ。

たまにピッチャーでお冷やが最初から席に置いてあったり、自分でサーバーから水をお代わりするスタイルだと助かるのだが、いちいち店員さんを呼び止めてお水をお代わりする店ではどうも苦手で、本当は飲みたい気持ちを抑えて、レストランで水はあまり飲まない様にしていた。

だが先日、そこまで仲良くない同僚と成り行きでランチに行った時のこと。

12時を回った港区の飲食店はどこも戦場状態だ。比較的列が少ない店を見つけ、少し待ってから何とか着席した。並んでいる間に決めたメニューの注文を済ますと、店員さんがおしぼりとお冷やの入った透明な青いグラスを運んできた。

少し汗ばむ陽気のいい日だったので、本当は出されたお冷やを飲み干したいところを前述の通り我慢していると、目の前にいる同僚が、マスクを外すなり一気にお冷やを飲み干した。プハーッと乾いた喉を潤した彼女は満足そうである。

そしてそれを見た忙しいはずの店員さんは「あっお冷や、おつぎしますね!」と彼女のグラスに勢いよく水を注いだ。彼女の方はすみませ~んと軽いノリで笑っている。私は水が飲めないというのに!「あんた、ずるいわよ」と言いそうになるのをこらえる。

自分の気持ちをごまかすように店内を見渡すと、飾ってある絵に目を奪われた。山の緑に空と湖の青、それに浮かぶ雲の白さ。ギスギスしていた私の心に一風の爽やかな風が吹くのを感じた。

清流のほとりに冷たくて美味しい水が湧き出ているように、本来全てのものに限りはない。それなのに私は「お水を注いでもらうのは悪いことだから」「私にお水を注いでくれる人はいないから」と思い込んで、レストランで出されるお冷やをちびちび飲んでいる。
息を吐いたらその分息を吸えるように、全てのものは無限だというのに。

飲むのを我慢しているお冷やが入ったグラスには、うっすら結露がついていた。
「水だって、無限なんだ。私が止めさえしなければ」と自分に言い聞かせるように、グラスに入っているお冷やを一気に飲み干した。

たいして仲良くない同僚はそれを見て「おッ良い飲みっぷりだね~!」と手を叩き、忙しそうな店員さんを捕まえて「すいませ~んお冷や、お代わり!」と頼んでくれた。私はあっけなく水のお代わりを手に入れた。

私は望んでいることを望んでもいい。
それが苦手なら、得意な人に頼んでもいい。

「お待たせしました!」と運ばれてきた本日の定食・カニクリームコロッケに箸を入れると、揚げたての湯気が勢いよく立ちのぼっていった。



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