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ガンからの帰還 ~心の痛みと向き合うとき~ スティーブン・レイヤー

がんは《ペインボディ》で、最初は目に見えない形からはじまって、長い時間をかけて増殖し、エネルギー的に蓄積されたものが肉体的に目に見える病気となって現れます。それが、がんだったり、ある種の病気となるのです。
―スティーブン・レイヤー

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抱え続けた痛みが…

えつこ 私は今、ここバイロンベイにラハシャ博士のコースを受けに来ていますが、そこで、ラハシャのコースを受けてがんが治った方がいるという話を聞き、くわしくお話を伺いたいと思いました。インタビューをお引き受けいただき、ありがとうございます。 はじめに、あなたの経歴からお伺いしてもいいでしょうか?

スティーブン 私は1961年にアメリカで生まれました。私の家族には多くの機能不全があり、とてもチャレンジの多い子ども時代を過ごしました。兄弟は私を含め3人で、母親はアルコール中毒でした。
 自分が成長していく過程において、私は家族になにが起きているのかが理解できませんでした。家族には愛がありましたが、母になにが起こっているのかがわからなかったのです。でも、母のことはとても大切に思っていました。しかし、私には助けが必要でした。

 人生のある時期、学校では五年生のときでしたが…10歳のころ、とても悩んでいました。そのころ学校には私にとって特別な先生がいたので、助けを求めようと思いました。
 ですが、ある日の放課後、ノートを先生に渡そうとしたときに、「いや、やっぱり渡さないでおこう」と思ったのです。そのとき以来、自分の人生の出来事は、すべて自分の内側に埋葬することにしました。人生や家族の間で起きたことすべてを、自分の身体の内側に埋め込んでしまったのです。
 そのときは気がつかなかったのですが、そのとき私がしたことは、自分が生きていくためにはしかたのないことでした。それが正しいことだと思っていました。ですから、10歳から38歳になるまで、そのようにして生きてきたのです。どんな経験も、自分が気に入らなかったことや良くないと思ったことは、なんでも内側に埋めて、感じないようにしてきました。

 そして、28歳で結婚しましたが、結婚生活は、私がこれまで内側に埋め込んできたものすべてに対して妻が挑発し、刺激するような毎日でした。
 そこで私がしたことは、それは誰もがしていることだと思うのですが…自分が抵抗を感じるような経験があると、そこから逃れる方法を見つけだそうとすることでした。
 見つけた方法とは、仕事中毒になることでした。私にはビジネスがあり、それだけに専念し、集中しました。毎日、長時間ハードに働いて、その結果成功しました。

えつこ どのようなビジネスをしていたのですか?

スティーブン 私はエンジニアで、ソフトウェアの会社を経営しています。会社はシドニーにあって、設立して21年になります。
 そういうわけで、私は仕事にとても集中し、成功することにすべてのエネルギーを注ぎ込みました。というのも、私がビジネスでほんとうに成功すれば、新しい家族でのすべての問題…妻との関係性の問題もすべて解決され、みんなが幸せになり、良くなっていくと思ったからです。彼女も私を愛してくれるだろうし、自分の内側にある居心地の良くないフィーリングも、成功しさえすればすべてオーケーになるだろうと思いました。

 同時に、そのような居心地の悪いフィーリングを、アルコールを飲んだりして避けようともしていました。アルコール中毒ではありませんでしたが、週末には友人と会ったり、パーティをしたり、また多くの時間を子どもと過ごすことにも当てました。でも、いちばん多くの時間は仕事に当てていました。
 
 28歳で結婚して10年間、妻との関係性のなかではいろいろなことが起こりました。さらに居心地の悪さを感じるような出来事があり、それを感じることをさらに避けるようになりました。
 ある日、とても傷つくことが起こりました。それはある意味、妻が私を裏切ったと思えるような出来事でした。ほかの男性とのことではありませんでしたが、私の目から見れば裏切りだと思えるようなことだったのです。同じような感覚は、母親がアルコール中毒になったときにも感じました。
 それは感情的には「見捨てられた」ような、「彼女は自分のためにいない」ような感覚です。それと同じようなことを妻がしたのです。

 そうして、感情的な痛みといったものが30年以上にもわたって身体のなかに蓄えられ、それが突然、がんになったような感じでした。

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「あなたは身体ではない。あなたは目の背後にある気づきだ」

えつこ なんのがんだったのですか?

スティーブン 腸のがんです。非常に進行していて、医師には「そう長くはない」と宣告されました。
 その4ヶ月ほど前から兆候はありました。私はそれまで自分が見たくないものは避けようとしていましたから、兆候も4ヶ月間見るのを避けていたのです。

えつこ どんな兆候だったのですか?

スティーブン 出血がありましたが、それを無視していました。診察を受けたときには、できるだけ早く、できれば3日以内に手術をする必要があると言われました。
 がんと診断されて、私は感情的にとても不安定になりました。ヒステリックに泣いたり、バスルームのシャワーのなかでも泣いたり…。でも、子どもの前では…そのときは5歳の男の子と3歳の女の子でしたが、なにごともないようにふるまっていました。

 私は抵抗していました。自分の死に直面したくなかったのです。とても恐怖を感じました。そしてそのとき…それがどのように起きたのかはわかりませんが、私はシャワーを浴びながらヒステリックに泣いていたとき、あるメッセージがやってきたのです。

「お前は生きたいのか? それとも死にたいのか?」
 それは自分へのメッセージでした。

「自分は生きたいのか? 死にたいのか?」
 そのとき私は答えました。

「自分には子どもがいるし、死ぬなんてことは考えられない!」
 そのように宣言すると、突然、私はとても穏やかな気持ちになりました。
 ちょうど、そこでシフトが起きたような感じでした。とても《今ここ》にいる感じがしたのです。
 その出来事が起こる以前、私は宗教的でもスピリチュアル的でもなく、普通の人間でした。普通の人生を送っていましたので、このような出来事は私にとって異常なことでした。
 でも、それが起きたのは手術の前日のことです。「生きる」と決めたその出来事のあと、私は子どもと遊んでいたのですが、その一瞬一瞬がすばらしい体験でした。私はその瞬間、瞬間とともにいて、それがどれほど価値あることなのかにも気づいていました。これまで経験したことのなかでも、最もすばらしいひとときでした。

 そして翌日、病院で大きな手術を受けました。10日間入院したのですが、手術を受けた数日後に、ある体験が起こりました。
 そこには二人の自分がいました。そのうちのひとりは身体を観察していました。身体には管が取り付けられていて、今まで体験したことのないほどの耐え難い痛みを感じていました。
 でも、もうひとりの自分はとても感謝を感じていて、ハッピーだったのです。今まで感じたことのない幸福感を感じていました。

えつこ 臨死体験に似ていますね。

スティーブン そうです。そこでまた私に起きたのは…なんと表現したらいいのかわかりませんが、まるで肉体の細胞が私に語っているような感じでした。
「あなたは身体ではない。あなたは目の背後にある気づきだ」
 意味がわかりませんでしたし、なにが起きているのかもわかりませんでした。でも、そのようなメッセージを受け取ったのです。
 そして、また「あなたは助かる。でも、あなたはがんの原因がなんなのかを発見しなければならない」とも言いました。

 そのとき、私の意識にシフトが起こりました。それは「私」がしたことではなく、ただ起こったことです。死に直面して、突然オープンになりました。それまで決してオープンになったことはなかったのに…。
 後にその出来事が、ラハシャ博士を見つけるきっかけにもなりました。
 退院して、いくつか偶然の出来事が起こりました。偶然というよりも、それは起こるべくして起こったのだと思いますが、私はバイロンベイに住んでいる友達の友達のところに泊まりに行くことになりました。そして、その友達が私をラハシャに紹介し、セッションを受けることになったのです。

 セッションでは、深い瞑想の体験をしました。そのときに感じたことは言葉では表せませんが、とてもすばらしい至福の状態で、私は自分が誰であったのかを知っている新しいなにかでした。
 そこで、ラハシャの『ハートからのカウンセリング』のコースがあることを知り、さらに受講することにもなりました。
 それはすばらしいコースでした。そのコースが私の人生を救ってくれることになったのです。

 そこでは、自分の人生ではじめて意識的に、抵抗することなく、気づきを持って内側に入っていくという体験をしました。そして、人生のなかに隠されていたものごとの覆いを取り払ったのです。そこでの一つひとつのセッションは、私にとっては大きなたまねぎの皮を剥くようなものでした。
 自分にとって大きな問題だと思っていた23もの、人生の話をして、特に妻にまつわる話などをしながら、それらを探求していきました。逃げるのではなく、ただ、そこにあることを許していくと、問題ではなくなるのです。浮かび上がっては、消えていくのです。そのようにして、毎日毎日深く入っていきました。

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「ハレルヤ・プレイズ・ザ・ロード」

スティーブン コース5日目のことです。朝5時にバイロンベイで目覚めたとき、不安でいっぱいになっていました。とても強烈な感覚で、ベッドから起き上がれないほどでした。
 それでも、なんとか起き上がって、ビーチを散歩しました。ビーチを歩き、そしてまた走りました。不安を振り落とそうと思ったのです。でも、不安を振り落とすことはできず、気が狂うほどでした。
 そして、もと来た道を引き返すとき、波うち際でなにかが打ち上げられて、転がっていることに気づきました。近づいてよく見ると、それはボトルでした。
 拾い上げると、メッセージが書かれてありました。朝日の絵が描かれてあり、「ハレルヤ・プレイズ・ザ・ロード、ハレルヤ・プレイズ・ザ・ロード、ハレルヤ・プレイズ・ザ・ロード」と書かれてありました。お祝いの言葉のようなものです。

えつこ それはボトルに貼ってあるラベルに書かれてあったということですか?

スティーブン そうです、ラベルに書かれてあったのです。これは全部ほんとうにあった話ですよ。
 私はなにも考えることなく、ズボンのポケットにボトルを入れました。そして泊まっていた友人の家に戻り、「今日はコースには行かないから」と言いました。ほんとうに不安でいっぱいになっていて、気持ちが動転していたのです。ところが、友人もコースに参加していたので、私をコースに連れていきました。

 朝のシェアリングのときに私は手を挙げて、ラハシャの前に座りました。ラハシャは「スティーブン、なにが起こっているんだい?」と言いました。
 私は「今日は来たくありませんでした。不安でいっぱいになって、起きるのも大変なぐらいで、気が狂ったみたいでした」と言いました。
 ラハシャは私を見て、「スティーブン、それはすばらしいことだよ。あなたは気が狂ったんじゃない」と、「ハレルヤ・プレイズ・ザ・ロード」と言ったのです。

 それはボトルに書いてあったのと同じメッセージでした。彼は、それまでそういう言葉は使ったことがないのに、そのときにかぎってその言葉を使ったのです。

 そして、彼は私に起こっていることを説明してくれました。

「気づきを持って内側に入っていくことで、そして抵抗することなく、そこにあるものをそのまま許すことで、あなたは核となっている問題に触れたんだ。
 それは大きな問題で、あなたがこれまでの人生でずっと抑圧してきたものだ。
 マインドというのは統治者のようにふるまう。ちょうどサイダーボトルの蓋みたいなもので、マインドがゆるんできたことで、内側に隠されていたものが表面に浮き上がってきたんだね。だから内側に押し込められていた不安が表面に現れてきたんだよ。
 これは自然なプロセスで、すばらしいことだから自然に起こるに任せなさい」
 その言葉を聞いて、私はリラックスしました。これは起こるべくして起こったことだということが理解できたからです。そして席に戻ると、身体全体が震えだしたのです。それから3時間もの間、私はただ身体が震えるに任せていました。
 その日はカウンセリングスキルの最後日で、これまででいちばん長いカウンセリングをする日でした。私はクライアントになる日でした。

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