痔との付き合い

最初にあれっ?痔?と思ったのは中学校の頃だった。

痔のデビューとしてはかなり早い方だと思う。
その頃私はソフトテニス部で、あくる日もあくる日も部活に追われていた。
休憩や、昼食の際は、靴箱の前のひんやりとした床に座って過ごしていたのである。
恐らくそれが痔をもたらしたのではと今でも思っている。

痔というのは場所が場所なだけに、どうも医者に行きづらい。恥ずかしさを伴う診療はどうしても人を鈍らせるのだ。

そうは言っても、尻が痛い。腕とかならまだしも使わないよう心がけることが可能だが、肛門は嫌でも毎日使うのだから厄介だ。

しぶしぶ母親と近所の医者に行き、尻を見せ、これは専門のところで見に行った方が良いと言われた。

横浜に肛門科の有名なところがあるとのことで、後日母親と行った。
そこはビル全体が肛門科というマンモス病院で、診療室は7つくらいはあった。
ここで待っている老若男女全員が痔だと思うと、ちょっと面白いし、悩んでいるのは私だけではないと少し勇気づけられた。その中でも、恐らく私は最年少だった。

二度目の尻見せはあっけなく終了し、座薬を一か月分ほどもらって終わった。また、うんこはバナナくらいの固さを心がけるようにという冊子ももらった。その後ホテルのランチを食べて帰ったのを覚えている。私たち親子はこういうことに抜け目なく生きている。

その後、完治した!というはっきりとした感じもないが、悪くもなくなったのでなんとなく終わったような感じになっていた。

それから10何年も経ち、イボのようなものを感じていた。

いるよなぁとは思っているが、たまに座薬をさしてだましだましやるという生活を送っていたが、どうもイボが出た時は痛いし、不調である日のほうが多くなっていったのだ。

そんな日々を送っていたので、私は10数年ぶりに重い腰を上げて、近所の町医者へ行ったのである。そのじじい医者はなんとも適当なじじいで、触診くらいはするかと思いきや、ちょっと談笑して座薬を大量に出し終わった。

後にわかるが、じじいはやぶ医者だったのだ。

健気に座薬を毎日入れ続けるも、変わらぬ尻。それををかかえたまま、とうとうカナダに行ってしまった。

カナダの薬局でも、セルフレジを選んで座薬を定期的に買い続け、熱いシャワーをケツに当てて血流を良くしてみたり、色々試みたが全然ダメという感じであった。症状の詳細は伏せるが、これは素人では解決できなさそうということだけはわかった。

日本に帰ったら痔の手術をしたい!

情けないが、これが私の帰国後ナンバー1の願いとなった。

帰国後、グーグルマップで慎重にレビューの良い信頼できそうな肛門科を選んだ。ここでは日帰り手術をやってもらえるのだという。働き始めたら、痔の手術で何日か休むのはいくらなんでも少々恥ずかしいのでありがたい。

早速初診で見てもらったところ、大きいポリープがあるのだという。

また、イボ痔、切れ痔もあるので、痔のフルコンボだ。
これは手術して取り除くしかないのだという。私もその気だったので是非お願いします!ということで手術は一か月後となった。

私は人生で一回も手術をしたことがない。初めての手術が痔になるとは思わなかった。また全身麻酔というのもちょっと怖い。本当にしっかりと寝れるのだろうか、手術中うつらうつらと起きてしまうことなどなかろうか。

手術台に横たわり、眠くなる薬入れますね~と優しい女性の声を聞いた後、頭の中がぐる~っとして2秒で寝た。

起きたらすべてが終わっていた。どのくらい経ったのだろう。
もし悪い組織に麻酔を注入されたら、されるがままだなと変な心配もした。

その後別の部屋に案内されたのだが、自ら立って歩いていかなければならず、その前にお礼を言わないと、という育ちの良さがどっからかきて、呂律の回ってない下で「ありまとうございました~」と皆さんにお辞儀をした。

術後の切った個所の痛みはあるものの、術後良好で数週間経ち大方よくなった。本当にやってよかったよなぁと満足している。

術後数週間後の診察で、そういえば切除したポリープ良性でしたので、悪性だとかガンではありませんので安心してください。と言われた。

万が一ガンだったらシャレにならないよなぁと思った。

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