家族介護者の想い

・健康関連の患者報告アウトカム(HR-PRO)の測定を目的とした質問票・尺度の作成の質に関するチェックリスト(COSMIN:COnsensus-based Standards for the selection of health status Measurement INstruments)や,心理尺度の作り方(村上宣寛:2006),医学的測定尺度の理論と応用(木原雅子・他:2016)などを参考にして,尺度としての「妥当性」や「信頼性」が担保されるデザインで作成しました.

第1段階として,測定対象となる介護している家族介護者からインタビューを重ね,質的分析を行い,「介護」という作業(生活行為)の構成概念を作成しました.

このインタビューは,実際に在宅介護を経験している(いた)家族介護者の方のご自宅にお邪魔したり,利用している施設の一室をお借りしたりして,直接,お話を伺いました.これは私にとってとても重要で貴重な時間となりました.みなさん,私の問いに真剣に答えてくださり,心から感謝しています.この場をお借りして改めて御礼申し上げます.ありがとうございました.自分の人生を振り返りながら時に涙を流されたり,頑張った自分を讃えるような表情をされたり,しんどかったなぁと辛かった日々を思い出し苦い表情をされたり,さまざまな感情を見せてくださりました.

事前研究から数えると本当に多くの家族介護者の方からお話を聞かせていただく機会がありました.その中で,ほとんどの方から発せられた言葉として,以下のようなことがありました.ごく一部ですが,ご紹介します.


・「介護していることの思いを他人にぶつける機会は今まで一度も無かったから,話を聞いてくれて嬉しかった.」

・「自分のやってきたことにやっと意味を与えてくれた.」

・「介護をしないという選択肢は存在しなかった.」

介護の話をするというだけで,今まで押さえ込んでいた感情が溢れ出す想いは,介護を経験した人にしか分からない苦しみ(時に喜び)がありました.その話を聞いて,何度も私も一緒に涙しました.


・「私がやらなければ,誰がやるの?」「私が放ったら,他人に迷惑をかけてしまうでしょ.」

介護に対する責任を1人で抱え込み,「家族だから」という理由で介護に向き合っていることは珍しくありませんでした.


・「介護してもらうことが当たり前になって,正直,憎たらしいと思うことはある.ありがとうくらいの労いの言葉は欲しい」

介護される側にも色々な辛みはあります.きっと当たり前になっているから言わないだけではないでしょう(いつも人の世話になっていて惨めな気持ちを持っていることもある)が,介護している側は頑張っているのだから労いの言葉や気持ちが欲しいというのは少なからずありそうです.きっと私も同じ立場であれば,求めたくなる感情でした.


・「ケアマネジャーや医療専門職の人たちには感謝はしているが,本音を伝えることはできない(難しい)」

この言葉を何人もの方から聞いた時は,申し訳ない気持ちを持ちつつ,共感してしまった.

所詮,我々は決められた時間,都合のいい時だけ現れる援助者であり,当事者にはなれないのだと実感した瞬間でもありました.家族介護者は24時間365日,方時も忘れることができず,常に頭の中に要介護者のことを置き,人生を歩んでいる.緊張の糸を緩めることなど,完全にはできないのだと感じました.


家族介護者の肩にはずっしりと「介護」が乗っかっているのだということです.それを私たちは意識することは重要なポイントになるのではないでしょうか?


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