サルトルの『嘔吐』

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ロカンタンは、やるきがなくなっている。ロルボン卿がロシアでパーヴェル一世の暗殺に加担したか否かの疑問がとけずにいる。

サルトルの『嘔吐』とあわせて、プルーストの『失われた時を求めて』を最終巻から拾い読みをしているのだが、思うに、サルトルはプルーストのこの本を参考にしながら、『嘔吐』を書いたはず。7/21/20(火)

ロカンタンの存在神経症

7/9/20(金)、鈴木道彦の新装版で拾い読みをする。1932年1月25日月曜日、ロカンタンは、自分が嘔吐に取り憑かれた事、言わば、存在神経症に取り憑かれた事を意識する。アリ地獄のような感覚をこれから生きて生きていくことになる。それは中沢新一が、「極楽論」(『チベットのモーツアルト』)で描いた、地獄を彷徨うダンテの姿と同じ道を辿ることになる。なんと不幸なことか。存在神経症とは、いわば強迫神経症であり得ない意識が固定化、執着すると言うことである。確か『存在と無』でも、固定化みたいな言葉をサルトルは使っていたと思う。