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『映画を早送りで観る人たち』について語るときに僕たちの語ること、なんてタイトルをつけるやつがいたとしたらそんな奴はロクでもないに決まってる~『映画を早送りで観る人たち』を読んで(1)

「映画を早送りで見る人」ネットでこの話題を見て以来、ずっと心にひっかかっていた。

意を決して(大げさ)、本を購入した。タイトルが提示する問題を軸に、日本経済、キャリア教育、いろんな方向に話が進む。

本当に面白い。面白いのだけど。

読んでいてずっと頭にあったのは、結局、情報がアップデートされた、昔からある「最近の若者はけしからん」論に過ぎないのではということだ。

この本に描かれた状況は、テクノロジーが生まれれば(ここでは「定額動画配信サービス」「早送り機能」)人間の行動は変わる――「良識的な人」から見たときに安直な方向に――という当たり前のことで、そもそも「映画、文学、音楽を隅から隅まで楽しもうという人は、実は結構少ない」ということが、また証明されてしまった、ということではないのかなと。それをなんか「愚かしい若者」対「分別のある大人」という構図に無理に押し込めようとしているんではないかなと。

ただし、「若者批判に過ぎない」という読みは筆者から禁じられている。

「中年世代の若者批判だ」と揶揄する声も一部で見受けられた。しかし本書を読み通された方ならおわかりのように、その謂は正確ではない。
「おわりに」

確かに、たま~に「これは若者世代に限った話ではないが」というエクスキューズがある。

たま~に。

しかし、この本の中核をなすのは「Z世代へのインタビュー」であり、何よりZ世代という言葉が死ぬほど出てくる。

そして、引用される「Z世代の言葉」が絶妙にイライラさせる言葉なのだ。この引用の仕方は「芸」だよなと思う。「傍点筆者」の傍点つける位置とか。びっくりマークなどで文章を「盛らず」に、しかし一番イライラさせる雰囲気で引用する。

「僕が長ったらしいなと感じたということは、作り手の意図が僕に伝わっていなかった、通じていなかった証ですよね? 意図が感じられなければ、飛ばすまでです」

この調子でずっと進む物語を「若者批判ではない」というのは、ちょっとずるいんじゃないかなー。

筆者の論じていることはめちゃめちゃわかるんだけど、どこか賛同しきれない自分がいる。もっとはっきり言うと、「これに全面的に賛同するのって、なんか『浅く』ないか?」

仕事ができないとか、運動神経が悪いというのは全然平気なのだが「浅い」と思われるのはたいへんに困る。

ということで、読んで考えたことを書き連ねていこうと思う。この本に書かれている、Z世代がひどく嫌う「評論という名の自分語り」をですね、やっていきます。

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