243. いい歳して「真剣な交際希望」とかいう女の脳みそ

こんばんは、梅田王子です。
今回は、婚活でよく聞く「真剣な交際希望」という記載にはらむ矛盾というか、これが地雷ワードである理由をお伝えします。

情熱的な恋い焦がれる交際は希望していません?

タイトルには「いい歳して」という枕詞をつけていますが、実際「真剣な交際希望」している女性というのはほぼ例外なく「いい歳して」います。
若い女性であれば、あまり「真剣な交際を希望しています」とは言いません。むしろ、もっと情熱的な恋愛に恋い焦がれるのが普通です。

男性としても、「真剣な交際を希望しています」と書かれているプロフィールよりも、「情熱的な恋い焦がれる交際を希望しています」と書かれているプロフィールの方が魅力的でしょう。

しかし、そんなプロフィールにお目にかかったことはありません。なぜかというと、「真剣な交際を希望しています」の裏には、「情熱的な恋い焦がれる交際を希望していません」というメッセージが込められているからです。

ここでいう「真剣な交際」とは、一言で言えば「結婚と引き換えにセックスに応じる」という意味で間違いありません。
このような考えは、セックスは不良がすること、汚くて悪いこと、真面目な聖人君子の私たちにはあってはならぬことだけど、いろんな意味で仕方ないから、やらなければならないらしいから、本来の意思に反してやってるんだからね!的な、不浄なものに手を染めるという意識が陰に潜んでいます。

だったら結婚なんか希望するなよ、と私は思うのですが、酷い場合は「男女交際自体」が不浄であってはならぬことという意識がさらに根底に潜んでいる場合があります。

そうなってくると、「真剣な交際を希望しています」という言葉自体が意味が分からなくなってきます。交際という行為自体にマイナスのイメージを持っている人に、そこに真剣なとつけたところで、「電車の中で真剣に化粧しています・なう」並みの滑稽さが滲み出てきます。

フェミ>真剣な交際なら可>>>>情熱的に恋い焦がれ、、、

そんな「男女交際自体が不浄」の一線を超えてしまった状態がイデオロギーとしてのフェミニズムであり、彼女たちははっきりと「異性同士の結婚は悪」と切って捨てています。

そして、その次に来るのが「男女交際自体が不浄」ではあるものの、一定の妥協を認めた上で「結婚」という制度を口実に「契約を前提にセックスには応じる」という態度が「真剣な交際を希望しています」の女性たちとなり、最後に「男女交際自体が人生の目的」と言わんばかりに「情熱的な恋い焦がれる交際を希望しています」のが、まあ普通に結婚する女性たちです。

では、このフェミとも普通に結婚する女性たちとも取れない「婚姻という契約を前提に、条件に、セックスには応じる」という拗らせた考えはどこからくるのかというと、「性欲の処理の失敗」です。

フェミとヤリマンの根底にある共通の目的

フェミニストの女性の中には、「母親にお前はブスだから結婚できない。結婚できないと幸せにはなれない。だからお前は幸せにはなれない。」という虐待を受けて育ったという人も少なくありません(彼女たちの自叙伝にははっきりと書かれています)。

それで、「結婚なんでできなくても幸せになれる」という母親への復讐心で、「私は男なしでも十分に幸せになった」ことを白日の元に晒して母親をギャフンと言わせようという目的を持ってしまった人もいるわけです。

これらは極端な例ですが、違う形として、ブスでも男に可愛がられて結婚できるんだ!ということを母親に知らしめて復讐してやろうと、見境なく男に体を許しモテている自分を演出するような、通称ヤリマンが誕生したりします。

どちらも母親との関係に問題があるのですが、極端に男性を拒否したり、極端に男性を受容したりする背景には、このような「ブスは結婚できない。結婚できないと幸せにはなれない。だからお前は幸せにはなれない。」という、変な三段論法が潜んでいるのです。

幸せそうでない母親という女性を見て育った元少女

では、別にこんな三段論法を説かれたわけでもない女性が、やや拗らせた「婚姻という契約を前提に、条件に、セックスには応じる」という態度を取ってしまう理由はというと、自分の頭で「いい男と結婚できないと幸せにはなれない。」という呪縛をかけたことがほとんどで、ここでいう「幸せになれていないいい男と結婚できなかった女」のモデルは母親です。

そうすると、そんな母親を見て育った少女には解決し難いある問題が生じます。自身の性欲です。

少女だって、正当な手段で、つまりは男性と恋い焦がれることで自らの性欲を満たし、時には情事に燃え、場合によってはひどく傷付いたり、幸福の絶頂に酔いしれたりしながら、いわゆる「大人の階段」を上っていこうとします。

しかし、なにぶん「それで幸せになれなかった女」という母親を目の当たりにしている以上、彼女たちの交際へのハードル、付き合い始めるハードルはどうしても上がってしまうでしょう。

そうしてずるずると時が過ぎ、気付いたら40手前になってろくに男と交際したこともないような「いい歳して真剣な交際を希望する」女性が誕生する、そういうわけです。

フェミと紙一重と化してゆく「真剣な交際を希望」する女

そして、この場合も「私はちゃんとした男性と交際しよう!」とヤリマン型の思考に寄る人と、「結婚なんでできなくても幸せになれるはずだ」と、男性を拒否してフェミニスト型の思考に寄る人に別れます。

私の感覚では、自己完結ができてある程度努力さえできれば実現可能な「自立した女」を目指す女性の方が多いのではないかという印象です。
確かに、「いい歳して真剣な交際を希望する」女性には、どことなくフェミっぽい危険臭がすることがあります。別に結婚なんかしなくても生きていけるんだけどね、的な逃げ道を作って交際を始めようとする、あの雰囲気です。

私はこの手の女性にはあまり良い印象を抱きません。
私には、彼女たちは自己を正当化するために現実を歪めてその非を男性になすりつけているようにしか見えないのです。

女性も自己の性欲ときちんと向き合うべき

私は、彼女たちは自己の「性欲の責任」ときちんと向き合い、「寂しいから男性に甘えて性欲を満たしたい」という願望を叶えようとしている自分を認めた上で、正しいプロセスで「情熱的で恋い焦がれる交際」ができるように意識を変える努力をするべきだと、本気でそう思っています。

私が気になるのは、そんな「真剣な交際を希望する女性」本人が「理想とする交際像」をきちんと描いていないことです。

よく、会いたい、お付き合いしたいというだけで、いざご対面させて「じゃあ具体的に何する?」と言って完全に無策になる女性がいます。付き合うと言っても、その具体的な行為は千差万別です。食事をするのか、散歩をするのか、何かを飲むのか、どこかにいくのか、そう言った具体的な何かが必ずあります。

これも私の経験ですが、まだ私が結婚相談所などにすがっていた2000年代の後半に、私自身も具体的な男女交際のイメージが掴めずに、なんとなく「真剣な交際ができたらいいなと考えています」的なことを書いていた気がします。

地雷ワード認定

そう考えると、私には「いい歳して真剣な交際を希望しています」と言っている女性は、正直頭の中が若干お花畑で男女交際に関しては無策、もしかしたらその責任を男性側になすりつけられかねない地雷なのではないかと見えてしまうのです。

男たるもの、やはりセックスに明け暮れていというのは素直な本音です。そのパートナーが、自己の性欲に向き合えない拗らしたタイプであるとすれば、まあ交際相手には向きません。

そういう女性には気の毒なのですが、やはり私は自己の性欲にきちんと向き合い、情熱的で恋い焦がれる交際ができる普通の女性と交際したいと思うし、そんな女性たちを極限まで満足させてお互いに楽しく生きていこうと思うわけです。

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