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無意識のうちにあふれ出るもの


「はあ~~~」


特大ボリュームのため息が執務室内に響き渡る。

(またか)

つい気になってしまって、音の出所に目を向ける。

自信なさげな先輩の猫背が目に映った。

ほんとどうしたんだろう、と思っていると今度は「ああ~~~」と悲鳴のようなため息が聞こえてきた。


わたしは、幾度となく聞こえるため息にうんざりしていた。

この1時間の間に少なくとも10回は聞いている。

場所も執務室だけではない。
トイレの個室から声が聞こえたときは本当に驚いた。

リモートワークが始まる前は、そんなため息をつくような人ではなかったはず。

それだけに、最初は大丈夫なのかな、何かあったのかな、と心配な気持ちになった。



でも、何度も何度もため息を聞くうちに、心配は疑念へと変わっていた。


(なんで周りに人がいるのに、そんなに大きな声でため息をついているんだろう)

(声をかけてもらえることを待っているのかな)


事情を知らないまま、あれこれ想像してしまう。

これ以上想像だけに頼っているといつか悪態をついてしまうしまうかもしれない。

そう思ったわたしは、事情を聴くべく、ついに先輩本人に声をかけた。



「あの~大丈夫ですか?何かありましたか……?」

「いや、別に大丈夫だけど。どうかした?」



面倒くさがられる。イライラが滲みだした声で反応される。

そんなわたしの予想に反して、先輩の表情や声はいたって普通だった。


それ以上に驚きだったのが、自分のため息に無自覚のようだということだった。


「!……あ、いえ、何でもないです。失礼しました」

「……?」


なんだか本当のことを言ってはいけないような気持ちになり、そそくさと自席に戻った。


本人が気付いていないのなら、言っても仕方がない。

ため息との共存を心に決め、わたしは業務に戻った。



完全に推測だけれど、これは在宅勤務が理由で起こった事なのではないかと推測している。


これまでは「会社」という周りに多くの人がいる状況で業務を行っていた。
周りの目を気にした結果、ため息は抑制されていた。


そこに、「在宅勤務」という周りに人がいない場所で業務を行う状況が発生する。
周りの目を気にしなくてよくなった結果、抑制されていたため息は解放され、
ボリューム・回数共に好きなレベルでため息をつけるようになった。


しかし、緊急事態宣言の解除により、突如在宅勤務は終わりを告げる。

2ヶ月ほど続いた在宅勤務によって習慣化された「ため息をつく行為」は、
出勤時も無意識のうちに実行される。


その結果、冒頭の状態となったのではないかと思う。

そう思うと、自分に関係ないことと割り切ることはできない。
自分だって、無意識のうちに何かやっているかもしれない。


緊急事態宣言解除の日に、自らの習慣を緊急チェックする必要を感じることになった。

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