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柑橘品種のもやもや【みかん切り日記3】

みかん切り終了

 この冬も暮れまで1か月ほど、Sさんのところへみかん切りに行っていました。みかん切りの休憩時間やお昼の時に園主のSさんから、地元の話題やみかんづくりの技術的な話を聞くのが面白いです。

柑橘の種類

 柑橘の品種の話もそういうときの話題の一つです。
 このあたりのみかん農家は9月末から極早生(ごくわせ)品種を切り始めます。“ゆら早生”や“日南”などです。その後10月下旬から早生品種の“宮川早生”、“興津早生”などを切ります。人を頼んで切るのは12月に収穫する主力の晩生(おくて)品種“青島”です。
 私たちがお手伝いしているSさんのところでは、中生(なかて)品種である“朝福ちゃん”も増やしているので、私たちは11月末からその収穫を手伝って、次に主力の”青島”、そして年末に“ぽんかん”と“はるみ”を切りました。

 私たちの手伝いはそこまでで、年明けは、家族労働で“不知火=デコポン”、そして夏みかんの品種である“スルガエレガント”を収穫するということです。

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 “青島”までが「温州みかん」であり、“ぽんかん”や“はるみ”、“不知火”は「中晩柑(ちゅうばんかん)」と呼ばれます。一般に「みかん」といえば「温州みかん」を指すので、これら「中晩柑」も含めてひとくくりにすれば「柑橘」ということになります。
 では、例えば“ぽんかん”や“はるみ”は“温州みかん”とは何が違うの?植物学的に違う種なの?という疑問が湧きますね。ここからがちょっと面倒なゾーンに入ってきます。

 生物の分類は、科→属→種 という階級で表されます。「種」が分類の最終単位で、さらに「亜種」や「品種」に分けることもできますが、これはあくまで同じ「種」の中の「個体変異」、簡単に言えば個性のようなものとされます。(種とは何か?を正確に定義するのは本当はかなり難しいようです)

 お茶なら、アッサムの紅茶品種であろうと台湾のウーロン茶品種であろうと日本の“やぶきた”であろうと植物としては同じ「カメリアシネンシス」ただ一種を扱えばいいですね。(たぶん)
 
しかし「柑橘」を語るとなると…
植物学的には「柑橘」とはミカン科のカラタチ属、カンキツ属、キンカン属の植物の総称で、このうちのカンキツ属だけでもおおまかに8つのグループがあり、159もの種があるとのこと。
例えば…
・ライムの仲間 
 ライム、ベルガモットなど
・シトロンの仲間 
 レモン、仏手柑など
・ザボンの仲間 
 文旦(ぶんたん)、グレープフルーツなど
・ダイダイの仲間 
 ダイダイ、オレンジ、夏みかん、伊予柑、日向夏など
・ゆずの仲間 
 ゆず、かぼす、すだち
・みかんの仲間 
 温州みかん、ぽんかん、シィクワサー、たちばな
…などとなります。

 さらに、実際に栽培されているものとなると、これらを交配して作った雑種も多いので、数も多く、植物学的な分類は不明確になります。

 下の写真は何年か前、大きさの極端に違う3種類の柑橘をいただいたときのものです。

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右から、チャンドラポメロ、青島温州、こん太(キンカン)

 一番右は“チャンドラポメロ”で、すごく大きいです。ザボンの仲間の“文旦”と“グレープフルーツ”の雑種です。
 「チャンドラ」とは、インド神話に出てくる女神だそうです。「チャンドラー」というとハ―ドボイルド作家の“レイモンド・チャンドラー”を思い浮かべる人もいるかと思いますが(いないか)、私なんか“チャンドラ―”という怪獣を思い出しますね。ほら、多々良島でレッドキングにやられてウルトラマンと闘うことなく逃げていくやつ。しかし子供ながらに私は「あ、これはウルトラQのぺギラの着ぐるみの使い回しだな、と思いましたね。
…と、こんなこと書いてるから文章が無駄に長くなるね、わし。

 写真の真ん中は“青島”。静岡県では生産量一位の晩生の温州みかん品種。
 そして左はキンカンの“こん太”。最近脚光浴びてる品種ですね。これはカンキツ属でなくキンカン属。

 先ほどの分類をみると、ぽんかんは温州みかんと近いですが、植物学的には異なる種で、夏みかんや文旦はグループも違うということがわかります。さて、そうすると、“清見”や“はるみ”、“不知火=デコポン”はどこに入るの?と思いますよね。これらは、上のグループの中もしくは別の仲間の間での交配により作った品種なのです。

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Sさんが生産している柑橘の一部
“興津早生”、“朝福ちゃん”、“英(はなぶさ)”、“青島”が「温州みかん」
それ以外は「中晩柑」

柑橘の品種改良

 ここで「新しい品種を作る」、ということを考えてみましょう。
 お茶の場合は、
①突然変異(枝変わり)で優れたものを見つけて、それを増やす、
②別々の品種を交配させて得られた実を育て、優れたものを選抜する、

という方法がありますね。

 柑橘の場合も①は同じです。ところが例えば温州みかんの場合、ご存じのように基本的にタネがありませんよね。②のように温州みかんの品種同士を掛け合わせても、タネができないので、新しい品種を掛け合わせで作ることができないのです。
 でも、温州みかんも、上のグループの中の別の種類や、別のグループの柑橘と交配させるとタネができる場合もあります。では、そこから選抜すればいいじゃん、と言いたいところですが、もう一つ困難な点があります。温州みかんやぽんかんなど多くの柑橘は、種子に「多胚性」という特性があります。

「多胚性」とは、できたタネの中に個体の元となる「胚」がたくさんあるという意味です。普通の生物は、受精してできた胚は一つで、それが両親の遺伝子を受け継いでいて、その「胚」が成長していくわけですが、柑橘などの「多胚性」の種子は、「胚」がたくさんできます。それを蒔くと一つのタネからいくつも芽が出てくるのです。そしてそのほとんどの胚は母親のクローンなのです。受精して得られた杯もあるのですが、それよりも母親のクローンの胚の方が強くて生存競争で負けてしまい、結局受精によって得られたタネを蒔いても、ほとんどが母親と同じ遺伝子を持った個体しか得られないのです。
 このため、温州みかんの育種は、①の「枝変わり」を探し、それを選抜するという方法をとってきました。

 しかし、②の方法における困難な問題を解決し、その後の柑橘の育種を加速化させたのが“清見”という品種の登場でした。
 “清見”は「温州みかん」の“宮川早生”とオレンジの品種“トロビタオレンジ”の掛け合わせでできた品種で、交配によりタネができ、そのタネが「単胚性」、つまり多胚性ではなかったのです。
 この“清見”ができたことで、②の方法による育種が可能となり、これを親として「ぽんかん」などとの掛け合わせにより“はるみ”、“不知火(=デコポン)”、“せとか”、“はれひめ”などが次々と誕生しました。

 近年の中晩柑、ほんとにおいしいです。

 植物って、いや生物って複雑な仕組みを持っていて、不思議ですねー。


参考文献

「果実学」八田洋章 大村三男 編 東海大学出版会
「高品質・単胚性カンキツ品種「清見」の育成」吉田俊男 育種学研究
「我が国における柑橘の品種育成」長谷川美典 シリーズ研究小集会果汁部会

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