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びおら弾きの哀愁 2

前の記事で、ビオラが受け持つのはほとんどリズムや和音作りと書いたが、実際は作曲家によってビオラの扱い方は月とスッポンぐらい違う。

シューベルト
たとえば「未完成交響曲」。おいしいメロディがバイオリンとチェロの間を言ったり来たりするのを、あたかも焼きたてのパイが右から左、左から右へと行き来するのを眺める気分でリズムを刻み、和音を作らなくてはいけない。あるいは金管楽器が悲壮なテーマをキメている時に裏側でアルペジオの嵐と戦う。ただ、シューベルトは曲の構成がシンプルなので、少し弾き慣れてメロディを聞く余裕が出てくると楽しい。

☆ワーグナー
なかなかあこぎな扱いを受ける。バイオリンが主題を奏でている裏で、CDで聞いてもほとんど聞き取れないような小難しい高音域のアルペジオをやらされたり、ようやくメロディが弾けるかと思うと、金管楽器とユニゾンで、結果としてビオラの音がまったく聞こえなかったり。以前に「パルシファル」前奏曲を演奏したとき、曲は好きだったが、あまりにめんどくさいパート譜に泣かされた記憶がある。

☆ベートーベン
ビオラの役割を完璧に理解して使いこなしている大天才。やっていることは他の作曲家と同じようにリズムを刻んだり和音を作ったりしているのだが、曲の中での重要性をいやというほど思い知らせてくれる。メロディパートに「リズムの基準を提供してあげる」優越感、和音を支えつつ音楽の中に溶け込む喜び。「運命」の第2楽章で、チェロとコントラバスが主旋律を弾き、ビオラが和音を作りながらリズムを刻む場所があるがそこはもう、メロディとか伴奏とか関係なくすべてが渾然一体となって美しい世界に酔うことができる。もちろん、ベートーベンはビオラに限らず、すべての楽器を見事に使いこなしている巨匠である。

☆ブラームス
ビオラの扱いはなかなか良い。それどころかほとんどのびおら弾きがブラームスを弾くのが好きだ。主旋律でなくても、対旋律という形でバイオリンやチェロと張り合えるからである。交響曲第4番の第1楽章の冒頭など、バイオリンとビオラ&チェロの絡みは最高。ただし、高レベルの基礎力が要求される。すなわち一分の狂いもない音程と鉄壁のリズム感。びおら弾きにとって永遠の課題曲。

☆ドボルザーク
自身がビオラ弾きだったこと、ブラームスから大きく影響を受けたせいもあって、なかなか悪くない待遇である。が、やたらと刻みが多い。あたかも「びおら弾きはめんどくさいのが嫌いだからね」と言われているようだし、事実当たっているので悔しい。また、時おり伴奏と称して祭ばやしを弾かされるので要注意。交響曲8番の第4楽章に、リズムもメロディラインもお祭りの太鼓そっくりの部分があったりする。日本人とスラブ人(ドボルザークはチェコの出身)は絶対どこかでつながっていると思う一瞬である。

他にもシベリウスが鬼のようなシンコペーションをビオラに振ってくるとかモーツァルトの神業的転調のトリガーを担当している話など、引き合いに出したい作曲家は多くいるが、これくらいにしておく。ひとつ言えるのは、優れた作曲家はビオラを使いこなせるし、ビオラの扱いを見れば作曲家の技量がわかる。存在は地味だが、結構食えない楽器なのである。

実は3に続きます

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