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「幻の」愛知県博物館とは

最近、美術館へ行くのは取材ばかりになってしまい、なかなかここで紹介する余裕がないのだが、先日、スケジュールの隙をついて愛知県美術館の展示を見てきた。どんな内容かというと「幻の愛知県博物館」。過去に実在した「愛知県博物館」や当時の博物館事情を紹介するという、ニッチな需要を見込んだ展覧会だ。

正直なところ、このテーマで喜んで足を運ぶのは、街歩きのプロか、学芸員資格を取ろうと勉強しているうちに、明治時代の日本の展覧会事情にハマってしまったある意味マニアックな層ぐらいではないかと思うのだ(最初からヒドい言いよう)。でも……というか、だからこそ自分の興味のツボのど真ん中を行く展示だった。

江戸時代から明治時代にかけて、日本は世界に向けて必死でセルフプロデュースをしている。パリ万国博覧会に日本のブースを出して特産品を出したり、文化を紹介したり。とにかく「日本は文化的な国」ということをヨーロッパに示さないことには、たちまち植民地化されてしまうという世界情勢だったのは確かだ。

明治政府は、海外に向けて「ジャポニズム」をアピールする一方で、国内では世界に通用しそうな産業製品を発掘していた。それが内国勧業博覧会だったりする。

その流れで、名古屋にも愛知県博物館という名のイベント会場が誕生する。場所は大須の商店街があるあたり。大須には観音様があって人が集まる上、江戸時代から遊郭があったりして人やモノの流れは多かった(今も名古屋圏内では最強の商店街かもしれない)。そこに、珍しいものは何でも集めて公開するという施設ができた。当然の流れかもしれない。

1878(明治11)年に県が民間からの寄附金を集めて建てた博物館は、古く貴重な文物から味噌や醤油、酒、木材、織物、陶磁器、絵画、機械、動植物等々、国内外のあらゆる物産を集め、人々の知識を増やして技術の発展を促そうとしました。

愛知県美術館HPより

実際、江戸から明治に移り変わった頃は、まだ「文化財」という概念もなく、文化財級の事物が破壊されたり海外へ持ち出されたり。それを象徴するものとして、かつて天守閣から降ろされ世界一周の旅に出された名古屋城の金のシャチホコが取り上げられており、ナイスだった。さすがに尾張名古屋を象徴するものだけあって、見世物化に耐えられなくなった名古屋の有志たちが「お金は工面するから金鯱を戻してほしい」と運動を起こした結果、金鯱は無事に戻ってきた。(残念なことに戦時中の空襲で焼けてしまうのだが)

空襲で焼け落ちた金鯱の鱗。
実は焼け残ったパーツを再利用して火箸やミニシャチが作られています。

いっぽう、大須の博物館は、名古屋商工会議所の強力な後押しの元「愛知県商品陳列館」という、殖産興業を推し進めるための総合的な産業技術博物館として生まれ変わった。先進的な商品見本を展示・販売して県下の産業を刺激するのが目的だった。なお、大須の建物は昭和9年(1934)に取り壊しののち、移転。愛知県商工館、愛知県中小企業センター、愛知県中小企業振興公社、あいち産業振興機構と名称を変えて現在にいたる。

壮観な愛知県商品陳列館の記録写真

実際に展示されていたものや、当時開催された博覧会などの記録を見ると、何でもアリの世界(商機につながりそうなものはとにかく紹介する)ではあるが、もちろん優れた技術や見本も混じっており、強烈なエネルギーを感じて「ものづくり愛知」の出発点を見る思いがする。

商品陳列館で展示されていた布地サンプル
陶器デザインの紹介も!

そして、明治~対象~戦前の昭和にかけての名古屋の様子も写真などの資料で残されており、特にイベント時に作られた絵葉書が興味深い。たとえば、名古屋の中心にある鶴舞公園。ここは、第10回関西府県連合共進会という名の全国規模の博覧会会場として作られたが、当時の絵葉書が残っており、多数展示されている。今も残っているあの大噴水や奏楽堂はこのときに作られたのだ(ただし、奏楽堂は復元)

手前真ん中の写真に写っている建造物、見覚えありませんか…?
造られて間もない噴水塔です。

では、現代の概念に照らし合わせた「博物館」はどうであったか。現在、愛知県立の施設としては、愛知県美術館(美術)や陶磁美術館(陶磁器)、あいち朝日遺跡ミュージアム(考古)など、専門的施設はあるが総合博物館はないまま現在に至る。

そんなわけで、今も愛知県博物館があったとしたら、どんな展示内容になっていたか、という興味深いコーナーが最後に登場する。改めてみると、「ものづくり愛知」を標榜するだけあって、愛知には宣伝したい産業、宣伝すべきテクノロジーがたくさんあることに気づく。もちろん、愛知の産業を紹介している博物館相当施設はすでにいくつかあって、それぞれに良いと思う。ただ、ここはひとつ、県立の施設があっても良いのではないかという担当者の思惑が透けて見える気がするのだけど、勘ぐりすぎだろうか。




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