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2020年のチャレンジまとめ

 久しぶりにノートを更新しました。前回の最終更新は2月、教務主任が忙しくなり、新型コロナウイルス流行の兆しが見え始めた時期にストップしていました。今年は新型コロナウイルス流行のため様々な予定を変更し、イレギュラーな対応も数多くこなしました。世の先生方、子ども達、そして皆さまに刻まれた1年だったと思います。
 さて、そんな中ではありますが今年も日体大の雲財先生の方より「理科教育 Advent Calendar 2020」の原稿のお誘いが来ました。ほんの少しですが、私も理科教育に携わっている身として何か残せたらと思い引き受けさせていただきました。拙筆ながら、皆さまの「何か」に引っ掛かり、そして残ったら幸いです。

2020年は新型コロナ対応の追われながら、新しい取り組みも行いました。具体的には
①新しい実験教材
②実験の時間の取り方
③内容の進め方
④評価方法
⑤オンライン授業  等です。
下3つは大したこと無くて、
③減単位でも、頑張って全範囲終わらせる(当たり前のことと思いきや、実は結構意識しないといけない)
④観点別評価の練習(高校は2022年度から本格実施です)
⑤校内のオンライン授業の整備(自身の授業も含めて)
といったものなので、ここでは①、②の実験に関する記述を中心に書かせて頂こうと思います。後半、溶解度積の計算式などが入りますが、あまり気にせず読んでいただいても大丈夫です(気にして頂けた方は間違っていないか見てください...笑)。

2020年に行った実験・実習

今年行った実験・実習は
化学
1.カルシウム化合物を用いた簡易熱測定 (新規)
2.時計反応を利用した反応速度解析 (踏襲)
3.モール法による塩分濃度定量 (新規)
4.アルコール、カルボニル、カルボン酸の性質 (改変)
生物
1.校内散策(春) (踏襲)
2.イシクラゲの観察 (踏襲)
3.マウスの解剖 (踏襲)
4.校内散策(秋) (踏襲)
5.花粉の観察 (新規)
6.アルコール発酵 (新規)

(新規)は今年度初めて行ったもの・・・4つ
(改良)は昨年度までの行っていたものでやり方を大きく変えたもの・・・1つ(踏襲)は昨年度まで行っていたものをほぼそのまま実施したもの・・・5つ

 あまり意識していませんでしたが、数は生物の方が多いようです。今回紹介するのは化学実験ですが、紹介していない化学実験や生物の行った内容、あるいは上述の評価や別途取り組み③~⑤に興味のおありの方はご連絡いただけると幸いです。(Twitter:@nachu_science)

実験の時間の取り方について

 上述の通り、今年度は実験の時間をかなり確保しました。化学実験ではすべての実験において
理論&仮説設定 1h → 実験1h~2h  → 解析1h → 考察・課題1h 
と、1週間くらい時間を取りました(本校は、基礎無し5単位です)。実験の日は予告し、どのような内容かを告知します。告知することで、予習する生徒が現れます。
 詳細は省きますが、この時間の取り方はとても良いと感じました。生徒たちは「何のために」「何を」「考えればいいか」を明確にできていました。今までは(時間配分上)実験そのものに重きを置いている向きもありましたが、今年度のやり方に変えることでより自然現象を一連の流れの中で理解できているように思えました。

モール法の実践

 今回紹介させていただくのはモール法を用いた塩化物イオンの定量についてです。モール法を用いた塩化物イオンの定量は、やや難しい滴定実験として大学入試の問題に用いられることもあります。

モール法の考え方はざっと以下のような感じです。
・Cl-とCrO42-が共存する溶液に、Ag+を滴下していくと先にAgClが沈殿する(溶解度積の違いより)。
・銀イオンの濃度がある濃度に達した時、AgCrO4も沈殿する。
・AgCrO4が沈殿した時には、ほぼすべての塩化物イオンが沈殿しており、加えた銀イオンの物質量 ≒ 存在していた塩化物イオンの物質量 と近似できるため、溶液中の塩化物イオンの濃度を決定できる。
 ここで行ったのは身近な素材である薄口しょうゆの塩分濃度定量です。 既製品は滴定をするのに非常に優れています。いくつかその点を挙げておくと
○身の回りの製品を用いると、学んだことがより現実に近づく(テストのための勉強からの脱却)
○調整の必要が無く、答えがついている(濃度が記載されている)
○安全なものが多い
などです。しょう油以外の素材では、食酢の定量やうがい薬の定量でも同じことが言えます。
 用いた試薬は0.10 mol/L 硝酸銀水溶液、クロム酸カリウム少量、淡口醤油です。クロム酸カリウムは劇薬で、環境負荷も高いので取り扱いには注意しましょう。処理するときは還元剤でCr3+に還元してから廃液へ。
 滴定は生徒たちもだいぶ慣れています。中和滴定、酸化還元滴定と数をこなしてきただけあります。記載値(2.3 g/15 mL )に近しい値が返ってきます。

モール法の実践の前に、試したこと

 モール法の実践は以上です。めちゃくちゃあっさり書きました。実践内容(実験ノートなど)をお知りになりたい方は、(Twitter:@nachu_science)までご連絡ください。
 実は、私が今年の記事にモール法を選んだ理由は別の視点があったからです。これが実験教材を作っていくうえでの醍醐味と言えると思います。何を行ったかを少し述べさせていただきます。

鉛(II)イオンを用いた硫酸イオンの定量

 私は実験が好きですが、そこにさらに自分のアイデアを入れると面白くなると信じていますので、今回もモール法ができるなら...という考えで鉛(II)イオンを用いた硫酸イオンの定量法を考えました。モール法は難溶性の2種類の塩を用いて、その溶解度の差を利用して定量を行います。つまり、難溶性の塩を2種類組み合わせれば(片方の沈殿が有色であれば)、似たようなことをできるのでは、というのが私の考えでした。溶解度積はそれぞれの以下の通りです。
 硫酸鉛:[Pb2+][SO42-] = 7.2*10^(-8) (mol/L)^2
 ヨウ化鉛:[Pb2+][I-]^2 = 3*10^(-8) (mol/L)^3
共に水には難溶性の塩で、溶解度積の違いは濃度を調整すればいいと思って行いましたが...

ビックリするくらい全然うまくいきません。笑

 とりあえず、終点がめちゃくちゃ見にくい。黄色沈殿は少量生成した時、薄まってオフホワイトみたいな色になるためです。これは無理か...。とあきらめました。これで終われば記事にもしていなかったのですが、実は後からここに帰ってきます。

モール法をもう少し考えて

 さて、鉛(II)イオンを用いる方法は失敗に終わりましたのでおとなしくモール法に着手しました。実験自体はうまくいくのですが、ここで1つ疑問が。それはクロム酸カリウムの濃度って適当でもいいんか?ということでした。
 多くの実践例では、指示薬として○ mol/Lのクロム酸カリウム水溶液を数滴加える。と書いています。しかしながら、系中のクロム酸銀の沈殿生成はクロム酸カリウム濃度が関わってきます。もう少し深く考えて、濃度を濃くした場合と薄くした場合の結果を考えました。(以下の濃度は、滴下した溶液の体積を考慮していません)。

 濃度を濃くした場合、どのようなことが考えられるか。濃度を濃くした場合は、クロム酸銀が沈殿しやすくなるので、塩化物イオンがほぼ沈殿していない状態でもクロム酸銀が沈殿する(終点を迎える)可能性があります。一方、薄くした場合は塩化銀がほぼ沈殿しきっているのに、クロム酸銀の沈殿ができない可能性があります。このような可能性があるのに、なぜ適当でもいいのか。それぞれの溶解度積から考えました。
 塩化銀:[Ag+][Cl-] = 1.8*10^(-10) (mol/L)^2
 クロム酸銀:[Ag+]^2[CrO42-] = 3.6*10^(-12) (mol/L)^3
です。


指示薬が濃すぎる場合

 まず、ちょうどよいクロム酸イオンの100倍の濃度、つまり濃すぎる場合で考えました。クロム酸銀の沈殿ができるときは
[Ag+] = √3.6*10^(-12)/[CrO42-] ですので、クロム酸イオンが100倍でしたら、沈殿するときの銀イオン濃度は1/10になります。この時、塩化物イオンは[Ag+][Cl-] = 1.8*10^(-10) の式から、10倍濃い状態になっている、つまり適切な指示薬濃度の時より、10倍の塩化物イオンが残っている状態で終点を迎えます。これは良いのか?もう少し考えましょう。
 実際、適切な指示薬濃度の場合、終点の[Cl-]は2*10^(-7) mol/L程でした。つまり、指示薬濃度を100倍にした場合、クロム酸銀が沈殿する頃は溶液中に残っている[Cl-]は2*10^(-6) mol/L程ということになります。一方、はじめから存在している[Cl-]は0.026 mol/Lほどです。つまり、元の[Cl-]の大きさからすると、残存している[Cl-]は10倍濃くなっても微量なのには変わりない、ということです。

指示薬が薄すぎる場合

 逆に、ちょうどよいクロム酸イオンの1/100倍の濃度、つまり薄すぎる場合で考えました。クロム酸銀の沈殿ができるときは濃すぎるときとは逆に、存在している銀イオンは適正な指示薬濃度の時の10倍必要です。では、この場合滴下量は10倍になるのか?というとそうではありません。実際に、適正な指示薬濃度の際の終点における銀イオン濃度は2.7*10^(-5) mol/Lほどですので、必要な銀イオン濃度は2.7*10^(-4) mol/Lほどになります。滴下する銀イオンの溶液は0.10 mol/Lです。つまり、滴下する銀溶液が必要な銀イオン濃度より圧倒的に大きいので、滴下量はほぼ増えません。
 
具体的な数値を当てはめても、すぐにわかります。試料溶液の体積を10 mLとしたとき、必要な銀イオンの物質量の差分は
(2.7*10^(-4) - 2.7*10^(-5) )*0.010 = 2.4*10^(-6) mol
これを0.10 mol/Lの銀溶液の滴下で補うので、
2.4*10^(-6) ÷0.01*1000 = 0.024 mL
つまり、適正な指示薬濃度の時より0.024 mL滴下量が増えます。
1滴が0.050 mLと言われていますので、半滴分です。厳密な定量なら問題ですが、高校生の生徒実験レベルなら許容範囲です。

 以上の検証より、クロム酸カリウム濃度はある程度の濃度範囲なら深刻な問題にならないということが分かりました。ここで、先ほどの鉛(II)イオンを用いた硫酸イオンの定量に戻ります。

鉛(II)イオンを用いた硫酸イオンの定量の欠点

 この考え方を自身の考えた鉛(II)イオンを用いた硫酸イオンの定量に適用すると、より考えた定量法の欠点がより浮き彫りになりました。

硫酸鉛:[Pb2+][SO42-] = 7.2*10^(-8) (mol/L)^2
ヨウ化鉛:[Pb2+][I-]^2 = 3*10^(-8) (mol/L)^2
ですが、ここで指示薬濃度が100倍変わったらどのようになるでしょうか。指示薬はこの場合KIですのでヨウ化鉛の式の値が変わります。
 お気づきの通り、この式からは沈殿が生成する鉛イオンの濃度が10000倍違うということが分かります。
 つまり、モール法では銀イオンは指示薬濃度の1/2乗に比例しますが、ヨウ化鉛の場合、鉛イオンは指示薬濃度の2乗に比例します。これでは適切に定量を行うのが難しくなります(実際に、適切な指示薬濃度範囲がとても狭くなります)。改めて、モール法の優秀さと、自身の考えた方法の甘さを痛感しました。

知っているようで、知らなかった事

 以上が私がこの実験を通じて、新たに知ったことです。もちろん、モール法の計算方法や原理は実践するまでに理解していましたが、ここまで深く考えたのは初めてでした。これが実験の醍醐味、つまり「頭では分かっているが、手を動かすとそこにはまだ未知が残っている」ということです。私はバキの範馬勇次郎の言葉「百見は一触にしかず」という言葉を信じています。「1回の本物の体験が重要である。」と思っています。
 そして、それは教員にも言えることだと思います。つまり、生徒が体験するのも重要だが、教員がまずは触れてみる必要があるという事です。今回紹介した例もそうでしたが、このように教員が1回体験することで、教員自身がその素材について考えうる機会を得ることができます。定番の生徒実験でも結構難しかったりするんですよね...^^;
 実験は本当に不思議で、紙の上で当たり前と思っていたことをいとも簡単に打ち崩してくれます。それを共有したくて、今回は実践例も踏まえながら紹介させていただきました。

終わりに

 ここまで読んでいただきありがとうございます。この他にも、様々な実験も紹介しております。実験内容ははっきり言って地味です。有名どころの実験もあります。しかしながら、教育的な視点に重きを置くように努めていますので、見ていただいた方はぜひ使って頂けると幸いです。興味のおありの方はTwitter @nachu_scienceにも紹介していますのでよろしければ覗いてみてください^^(理科や教務のことについて書いてあることが多いです)
 2020年は上述の通り、期間が短い中でも実験・実習をできるだけ入れました。モール法もゆっくり考えてみれば、意外に知らないことがたくさんあると気付かせてくれます。記事を読んでいただいた皆様からも実験の報告をいただけることを楽しみにしております。皆様と色々な実験を共有するのが私のささやかな楽しみです。

 この前も後も理科教育 Advent Calendar 2020では様々な方の記事があると思います。ぜひ、見ていただいて理科教育について思いを馳せてください。
2020.12.15

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