「抱かれたい男No.1の王子様が恋をしたのは、美姫と名高いウサギ獣人の隣にいたグリーンイグアナ獣人でした」二話 キラキラしたTHE王子様
【本文】
それからバーナビーは忙しく動いた。
まずは彼女に贈るドレスの発注だ。
一から作るのでは間に合わないので、衣装室にあるドレスの中から、彼女のサイズに近い青いドレスを選ぶ。
サイズがどうして分かるのかって?
そんなの見れば分かるだろう?
バーナビーはお針子さんに彼女の詳細なサイズを伝え、目一杯の笑顔を振りまいて仕立て直しをお願いした。
バーナビーの笑顔はお針子さんたちのエナジードリンクなのだそうだ。
彼女のために振る舞うのなら、バーナビーも出し惜しみしない。
次はドレスに合うアクセサリーだ。
バーナビーは宝物庫の鍵を持って、国宝などが保管してある地下へと向かう。
火事があっても大丈夫なように、本当に大事なものはだいたい地下にある。
(ああ、彼女を地下に閉じ込めたい)
閉じ込めた檻の中から彼女に見つめられたら、何だって願いを叶えてしまう自信がある。
また立ち上がってきたバーナビーの息子を大人しくさせ、宝物庫の中から彼女の瞳に似た色の宝石を探す。
思う相手の瞳の色をした宝石を贈る意味は、「あなたの瞳しか見えない」だ。
ラブコールとして熱烈でいいだろう?
彼女はキレイな金色の瞳をしていた。
これなんてどうだろう?
初代女王の戴冠式に使われた、イエローダイヤのネックレスとイヤリング。
大ぶりで重たそうだが、体幹のしっかり彼女はうまく付けこなせるだろう。
うんうん、良いものがあってよかった。
ドレスと一緒に届けてもらうように手配をしたら、最後の仕上げをしなくては。
そう、バーナビーの寝室の改装だ。
彼女が思わずその気になってしまうような、ムーディな仕様にしたい。
ロマンス小説好きな婆やに案を出してもらい、ベッドにバラの花びらをまいたり、キャンドルで間接灯を増やしたりする。
もちろん本番は明日の夜だ。
バーナビーはそれから自分の体を磨いた。
爪を切りそろえ、彼女にわずかな傷もつけないよう丸く整える。
イグアナ獣人は草食だと聞いたので、バーナビーも今夜から肉断ちをする。
体臭が彼女の気に触ってはいけない。
他に今のうちから出来ることはないかな?
そうだ!
肝心なことを忘れていた!
まだエスコートの誘いをしていないじゃないか!
とんだ間抜けになるところだった。
ああ、彼女に名前を尋ねてもいいかな……。
バーナビーは獣人国の賓客が滞在している離宮へ、ふわふわした足取りで向かったのだった。
◇◆◇
離宮にやってきた第二王子バーナビーを出迎えた獣人国側は、戸惑った。
てっきり美姫レオノールを訪ねてきたと思ったが、まさかのご指名がレオノールの護衛をしていた騎士隊長だったからだ。
門番をしていた騎士は、はっきりと第二王子から「グリーンイグアナ獣人の彼女に会いたい」と言われた。
今回の旅に同行しているグリーンイグアナ獣人は、隊長しかいない。
ざわつく騎士らとともに、門番から呼ばれた隊長本人も、訳が分からない顔をした。
それでも呼び出しに応じて、第二王子を待たせている応接室に顔を出す。
第二王子の匂いを嗅ぎつけて、走り出そうとするレオノールを抑える役目は部下に任せてきた。
本来ならば、レオノールは旅についてくるはずではなかった。
しかし、抱かれたい男No.1のバーナビーをどうしても一目見たくて、我がままを通したのだ。
いなくても何も困らないどころか、いられるとたいへん困る。
主に押さえつける役を担う女性騎士たちが。
そういう意味で、隊長はやや疲れていた。
(これ以上、疲れの原因は持ち込んでくれるなよ)
そう願いながら応接室に入ると、キラキラしたTHE王子様バーナビーが隊長を待っていた。
圧倒的な王族オーラと輝くスマイルに、隊長は目をくらませる。
(眩しい……まるで太陽だな)
起立したまま要件を尋ねると、手を引かれて席にエスコートされる。
(なんだ? 何が起きている?)
騎士となってからこれまで、女性としてエスコートなどされたことがない。
むしろする側だった隊長は、思わず挙動不審になる。
しかも鱗がついている手の甲に、ハンドキスまでされてしまう。
人族というのは、鱗を忌み嫌うと思っていたのに。
「美しい人……どうか私に、あなたの名前を教えてください」
隊長の脳はエラーを連発していた。
バーナビーが跪いて、恋する愛でこちらを見上げてくるのだ。
さきほどレオノールがそういう目をしていたから、よく分かる。
もう隊長は何も考えられず、素直に名前を口にしていた。
「アドリアナ」
「素敵です! 完璧な美を誇るあなたに相応しい名前です! アドリアナ、と呼んでもよいでしょうか?」
「ええ」
すでにアドリアナは、言われたことに応じるだけの反射作用しか機能していない。
そんなアドリアナをさらに混乱させるように、バーナビーは追い打ちをかけてくる。
ハンドキスをしただけでなく、アドリアナの手を親指でするする撫で始めた。
「私は、グリーンイグアナ獣人を見たのはアドリアナが初めてです。なまめかしく並んだ翡翠色の鱗が、こんなにキレイだとは知りませんでした。見たところ、手の甲と頬骨にあるようですが、他の場所にもあるのですか?」
「そうですね、腕や脚、腰と背中などに部分的に鱗があります」
「ああ、全てに口づけをさせてください! いや、舐めるのも許されるでしょうか……?」
不穏な言葉が聞こえだした。
アドリアナが手を引っ込めようとしたのを察知したのか、バーナビーはしっかりとそれを握り直した。
「アドリアナ、私はこの国の第二王子でバーナビーと申します。どうか、バーニーと呼んでください」
「バーニー? いや、それはちょっと……」
「私もアドリアナのことを、アナと呼びたいのです」
「アナ? そんな可愛らしい愛称は、私には……」
だんだん正常に働くようになってきた脳だが、バーナビーの攻勢は止まない。
ちゅっちゅと手の甲の鱗のひとつひとつに、リップ音をさせて口づけている。
変温動物系なので体温はそんなに上がらないはずのアドリアナだが、なんだか血が沸く感覚がした。
「アナ、実はお願いに来たのです。どうしても、あなたをエスコートさせて欲しくて。明日の祝宴に、私と一緒に参加してください」
まさかのお誘いだった。
アドリアナは、明日の自分の予定を思い出す。
明日は祝宴に参加するレオノールの後ろで、その護衛につかなくてはならない。
よし断ろう!
そう思ってバーナビーの方を向いたアドリアナは、応接室の扉が少し開いていて、そこから部下たちが鈴なりになってこちらを覗いている目と目が合ってしまう。
熊獣人、サイ獣人、山猫獣人、バッファロー獣人。
みんな、アドリアナが率いる女性騎士たちだ。
レオノールを託した狼獣人だけはいない。
いまだにレオノールを押さえつけているのだろう。
キラキラしいバーナビーを見たかったのかな? とアドリアナは思った。
だが、違うようだ。
部下たちはハンドサインで何かを伝えてくる。
『レオノールさまは』
『自分たちが』
『押さえる』
『隊長は』
『王子さまと』
『ダンスする』
どうやらお誘いを受けろと言っているらしい。
馬鹿なことを!
「残念ですが、私にはドレスの用意がなく……」
迷うことなく断りの台詞を選んだアドリアナだったが、バーナビーは一筋縄ではいかなかった。
「そうではないかと思って、すでに城のお針子たちにアナのドレスを発注してきました。オーダーメイドではなく仕立て直しで恐縮ですが、明日には宝飾品と一緒にお届けします」
「仕立て直し? いや、しかしサイズが……」
「大丈夫です。私の目であなたのサイズを測らせてもらいました。間違いは、ないはずです」
『怖っ!』
それまで賛成一辺倒だった部下たちの一部が、バーナビーの異常さに気づいた。
しかしもう手遅れだった。
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