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ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(2)
2話 初めてのお友だち
それは、白くて細いガブリエルの指だった。
爪先がまるく整えられていて、ロニーの仕事の丁寧さを表している。
「シル……よろしく」
ぜいぜいと苦しそうな息の下から、ガブリエルの挨拶が聞こえる。
シルヴェーヌの長い名前を発声するのがつらかったのか、愛称のように縮められていた。
友だちのひとりもいなかったシルヴェーヌにとって、それは初めての体験だ。
嬉しく
ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(3)
3話 きっかけはりんご飴
「姫りんごが食べてみたい」
ガブリエルが、食に関する要望を口に出すのは珍しい。
これもシルヴェーヌの影響だろう。
もちろんロニーは喜んだ。
「さっそく、擦りおろしてきましょう」
「シルと同じ食べ方がしたい」
「同じ食べ方というと……」
「分かったわ! この間のりんご飴ね?」
シルヴェーヌはぽんと手を打ち、数日前にした話を思い出す。
たわわにな
ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(4)
4話 僕だけのお姫さま
「これには、私が育てたニンジンが入っているの。おろし金で擦り下ろすのも、厨房で手伝ったんだから」
シルヴェーヌの手元にあるのは、大きく切り分けられたキャロットケーキだ。
たっぷりニンジンが含まれているため、断面は鮮やかな橙色をしている。
料理長から栄養価の高い食材として、いろいろな緑黄色野菜を教えてもらったシルヴェーヌは、ガブリエルに食べてもらおうと離宮の庭の
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5話 バラ園に漂う香り
「とろっと柔らかい果肉、舌で潰すと迸る果汁、鼻へ抜ける甘い芳香……やっぱり桃は最高よね」
頬をピンク色に染めて、シルヴェーヌが桃のタルトを咀嚼する。
もくもくと動く産毛の生えたほっぺこそ、桃のようだとガブリエルは思った。
「腕利きの菓子職人を雇ったと、料理長が自慢していました。またシルヴェーヌさまに、厨房へ遊びに来て欲しいそうですよ」
ロニーがシルヴェ
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6話 水面下での攻防
シルヴェーヌを労わるガブリエルの声に、おずおずと姿勢を戻す。
「びっくりしたわ。いきなり王妃さまが登場するなんて」
「何がしたかったんだろうね、あの人」
ガブリエルは顔をしかめる。
嫌味ばかりぶちまけていた王妃の目的は、シルヴェーヌにも定かではない。
ただロニーには、なんとなく考えが読めた。
(役に立たないと切り捨てたはずの殿下が、こうして元気になってい
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7話 王子さまとのダンス
ガブリエルが16歳になった年、完全に体は快調であると医師からお墨付きをもらう。
国王はこれを歓び、大々的なお披露目のパーティを開くと宣言する。
立役者であるシルヴェーヌにも、もちろん招待状が届けられた。
パーティという言葉に目を輝かせるシルヴェーヌのために、ガブリエルは自分の正装とおそろいになるドレスを誂える。
そんな高価なプレゼントは受け取れないと恐
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8話 剝き出しの悪意
「あなたがどれだけ場違いか、分かっていらっしゃる?」
ダンスホールから出て、薄暗がりに連れて来られたシルヴェーヌは、一定の距離を保つ令嬢たちに取り囲まれていた。
いつの日か、バラ園で王妃とその取り巻きたちに、体質について罵られたのを彷彿とさせる。
あのときはガブリエルが、相手を言い負かしてしまったが、今はシルヴェーヌ以外の令嬢とダンス中だ。
こういうときにど
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9話 決められた婚約者
「シル? どこにいるの?」
ガブリエルは、真っ暗なシルヴェーヌの部屋へ足を踏み入れる。
ロニーから渡されたランプの灯りを頼りに、奥へ奥へと進むと、寝室へ続く扉が半開きになっていた。
「シル、僕だよ。入ってもいい?」
中から返事がない。
騒ぐ心のままに、ガブリエルは扉を押し開いた。
わずかな光にもきらめきを放つ金色のレースのおかげで、シルヴェーヌの居場
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10話 絡まらない二人
(バラの精みたいに可愛いわ。あの人が、ガブのお姫さまなのね)
バラの生け垣の隙間から、ピンク色の髪が見え隠れしている。
それはバラの花びらに負けず劣らず、華やかで美しかった。
昔から憧れていたお姫さまの真似事ができて、舞い上がっていたシルヴェーヌが地へ叩き落とされた日に、令嬢たちが教えてくれた通りだった。
ガブリエルと隣国の皇女の間に、婚約の話が持ち上がっ
ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(11)
11話 新天地へ羽ばたく決意
離宮から帰ってきたシルヴェーヌを待っていたのは、他人の住処のようなジュネ伯爵家だった。
(優しかった、ばあやがいない。この10年で辞めていたなんて……知らなかった)
先ぶれもなく戻ったシルヴェーヌのために、見覚えのない使用人たちが慌ただしく客間を整えている。
その間、小さな鞄ひとつを持ち、玄関にぽつんと立ち尽くすシルヴェーヌを寂しさが襲う。
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ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(12)
12話 金と赤の贈り物
コンスタンスは包み隠さず、ジュネ伯爵夫妻の腹積もりを、ガブリエルへの手紙にしたためた。
そして最後に、姉を救って欲しい、と切なる願いを書く。
そもそも、伯爵令嬢が思い付きで出した手紙が、第二王子のガブリエルに読んでもらえる保証はない。
だが、現状でコンスタンスが頼れる相手は、ガブリエルしかいなかったのだ。
「お願いします。どうかお姉さまに、手を差し伸べてく
ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(13)
13話 運命が決まる夜
「いよいよ、今夜だ」
決行を前に、ガブリエルの表情が引き締まる。
大国におもねる貴族たちを支配下に置いた、王妃との衝突が迫る。
「大国に囲まれているからと言って、いつまでも迎合するばかりでは、ゲラン王国の成長は望めない。祖国の威を借る王妃の出鼻を挫き、ゲラン王国を食いものにする大国とは袂を分かつ」
「殿下の仰る通り、現状では王妃殿下の祖国に甘い法律ばかり
ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(14)
14話 思いがけぬ凶報
シルヴェーヌは、テラスに長椅子を持ち出して、そこから打ち上げ花火を観ていた。
隣には、コンスタンスが座っている。
「これが、カッター帝国特製の打ち上げ花火なんですね。なんて見事なんでしょう」
「ゲラン王国では、あまり花火は打ち上げないし、あっても単色だものね」
すっかり仲良くなった姉妹の間には、ゆったりした空気が流れている。
毎日、ぼーっと過ごしていたシ
ドクダミ令嬢の恋は後ろ向き〜悪臭を放つ私が、王子さまの話し相手に選ばれてしまいました~(15)
15話 火傷に効く水
ガブリエルの火傷は、首から上に集中していた。
爆ぜた花火から飛んだ火花を受けて、全身が炎に飲まれたように周囲からは見えただろうが、ガブリエルは正装の下に防火布を仕込んでいたのだ。
だから服は黒焦げに燃えたが、その下の体は赤らむ程度で済んだ。
しかし、無防備だった顔と頭部は――。
「ガブ、痛むでしょう?」
菌が入らないよう、頭と顔全体をガーゼと包帯で覆われ