見出し画像

9/5 夏は少女

夏がなんとなく、背中を向け始めたのが分かる。
季節の話をしようか。

高校生の頃、春が嫌いだった。
人に好きな季節を聞くことが、そして人の嫌いな季節を聞くことが好きだった。

春が嫌いだ、とわたしが言うと、
「なんで?」と優しく聞いてくれた人がいた。
「いや…花粉が、めちゃくちゃしんどいんです。」
と大真面目な顔をして言ったわたしに、彼女は
「おつぶのことやけん、別れの悲しみとかの話かと思った!」と言って笑った。
わたしは、好きなひとたちの話を、永遠に覚えている。

今でも、春は嫌い。
だから4月になると、kojikojiの愛のままにをYouTubeで流して、上京したときの思い出を、抱きしめている。
憧れと緊張と、これから手にする自由を思って、6畳1間のワンルーム(湯船はなくて、シャワールームだけ)で、少し泣いた夜。大都会と、小さなわたし。
わたしの阿波弁は、なかなか東京には馴染まない。

世田谷駅、世田谷線の路面電車。
二両編成の小さい電車は、わたしをどこまでも運んでくれる気がしていた。
春は線路に花が咲いていて、徳島っぽいな、とつい最近別れたばかりの故郷をひどく懐かしく思った。

春が嫌いなことと、東京を好きなことは似ている。
東京は、冬が一番綺麗だった。
電車の窓に、雪が当たって溶けて、わたしは踊ってばかりの国の「サリンジャー」を聴いていた、12月。
コンビニの深夜バイトへ向かう時、自転車のハンドルを握る手は赤くて、幸せそうな家の窓を追い越しながら、クリスマス・ソングを歌った。

東京にいると、人はどこまでもひとつであることを考えてしまう。
そんなことを考えていると、つい眠れなくなって、24時間営業のスーパーで、スーパーカップバニラ味を買う。
真ん中だけくり抜いて、その穴にウィスキーを垂らして、食べた。ブラックニッカは好きじゃないから、ジムビーム。

冬の寒さは、人の孤独を助長させる。
ねぇ、あの時のわたしは、きっと今救われているよ。
ひとりで生きていける強さと、それでも悲しい心を引っさげて、銀色の羽毛ぶとんに包まれて眠る夜を、いつまでも愛している。

夏はポニーテールを揺らす少女みたいなもの。
9/5、台風前夜から、おやすみなさい。愛をこめて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?