その4

前回の最後に、アイヌ文化というものにとって鉄鍋に代表される鉄器というのは非常に重要な位置を占めた、と言いました。

しかし、アイヌは鉄器を作る技術を持っていなかったのです。

鉄器の製造工程はいくつかに細分することができますが、大きく分けると「製錬」と「鍛冶」になります。

「製錬」は砂鉄や鉄鉱石、つまり酸化鉄として自然界に存在する鉄を、加熱して還元しつつ溶かし、加工可能な鉄塊を作る工程です。つまるところ「もののけ姫」に出てきたたたら場のような施設で行われるものです。

「鍛冶」は製錬によってできた鉄塊を加熱して伸ばし、純度を高めつつ武器や鍋などに変えていく工程を言います。真っ赤になった鉄をハンマーでぶっ叩くアレですね。

アイヌが鉄器を作れなかった、というのは、多くの場合において、この製錬の技術を持たなかった、ということを意味します。

鍛冶はできましたが、鍋釜を作る程度がせいぜいで、鋭利な刃物は作れなかったと言います。

実はこれが、アイヌが「先住民族」ではなかったことの証拠の一つになってしまうのです。

アイヌ「先住民族」説では、日本の古い記録に登場する「蝦夷」というのはアイヌのことだとしています。

「蝦夷」の代表としてヤマト王権と戦った「アテルイ」の名前で画像検索をかけると、アイヌ風の衣装を着たたくましい男性の画像が多数ヒットします。「アテルイ」という名前が「日本的」ではなく感じられるのも相まって、「アイヌっぽい」イメージが形成されたのだと思います。

しかし、実際はそんなことではなかったろう、と言えてしまうのです。高校生に毛が生えた程度の知識で。

アテルイなどに率いられた蝦夷は、ヤマト王権に対して頑強に抵抗したわけですが、彼らは馬に乗り、「蕨手刀」と呼ばれる刀を使っていました。

このことは東北地方の各種遺跡の出土物からある程度裏付けられています。蕨手刀は、北海道の遺跡からも見つかっています。

歴史にちょっと興味がある、という程度の人の「蝦夷の戦士」のイメージも、だいたいこれに合致しますよね。

蕨手刀はそのうち刃物としての精度を高め、全長が長くなり、毛抜形太刀と呼ばれる形態を経て日本刀へと進化します。

蕨手刀は、その初期においては刃の部分だけは直刀でしたが、柄の部分が曲がっていて、馬に乗って敵を斬り下げるのに適していました。

やがてさらに騎馬戦に有利になるように、刃の方も湾曲するようになっていくのです。

ヤマト王権の軍隊はこの蝦夷の騎馬斬撃兵の突撃戦術にさんざん悩まされました。普通にやったらまず勝てないのです。

最終的には降伏した蝦夷を傭兵として雇い、蝦夷の戦法を学ぶことにより、ようやく対等に戦えるようになりました。

蝦夷の騎馬兵は、湾曲した長刀を持って突撃する前に、馬に乗ったまま弓を射て敵を牽制していたのですが、この戦法はそっくりそのまま「武士」に取り入れられ、日本の伝統的な戦闘法として洗練されていきます。

それぐらい有効性があり、なおかつ汎用性もあったということなのです。

これほど大きな影響を、隣接する文化圏に与えた戦法なのですが、一部の人が蝦夷の後裔だと主張するアイヌには、全く受け継がれていないのです。

彼らは、蕨手刀のような刀を自作することすらできません。

また、馬が北海道に持ち込まれたのは17世紀に、和人の手によってなされた、と言います。アイヌは狩猟民ですが、彼らの狩りは馬に乗って行うものではなかったのです。

このように、アイヌと蝦夷ではその文化の根幹に関わる部分で、決定的な相違が見られます。

百歩譲って血統的に蝦夷とアイヌがつながっていたとしても、これだけ生活習慣が違うと、歴史学的には「完全に別種の集団だ」と言うしかありません。

実は古代の記録には、北方の異種族については、「複数種いる」と書かれています。時期によって別種族であると思われるものに同じ「蝦夷」の語を当てていることもあるのでややこしいのですが、少なくとも「アテルイ」などが所属していた蝦夷族とアイヌは別種族です。

蕨手刀が北海道の遺跡から出土するということは、アイヌよりも蝦夷族とのつながりが深い種族が、北海道の地にいたということになります。蝦夷族そのものだ、と言わないのは、蝦夷族のもうひとつの特徴である、「馬に乗っていた」ということが確認できないからです。

なお、アイヌが刀を使っていなかったかというとそんなことはないのですが、彼らが使った刀の刀身は和人から買った日本刀であることがわかっています。彼らはそれに彼ら好みの装飾を施して「アイヌ刀」として使っていたのです。

アイヌの代表的な叙事詩である「虎杖丸の曲」には、虎杖丸ことクトネシリカという宝刀が登場します。しかし、叙事詩において語られるのはこの刀の装飾部分だけで、刀身についての説明はほとんどありません。中身が日本刀だったからでしょう。

次回はこの「虎杖丸の曲」を少し掘り下げます。

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